塔の内部を、成体になった翼竜達が歩いている。
腕と足を使い、時々翼を用いた独特な歩行法は、私が教えたわけではない。彼ら人造ドラゴン達が自ら編み出したのだ。
まぁ、新しい腕が更に二本生えてたら、移動用に使い始めてもおかしくはないよね。
正直、翼をどこぞの忍者竜みたいに歩行用に使っているところを初めて見た時にはがっかりしたけれど、今ではこれもドラゴンらしい生態の一つなんだろうと思うようにしてる。
昆虫だって脚は六本なのだ。六本足なら仕方ない。
人造ドラゴンの成体は、全長五メートルほどだ。
基本となる種族によって多少のばらつきはあるが、だいたいがこのくらいである。
欲張って大きい種族から作ったとしても、肝心の“飛行”がおぼつかないだろうという不安もあって、このサイズで妥協したのだ。
私の妥協点が高かったのか低かったのか、彼らは未だ塔の中をうろつくばかりで飛翔をしないために、わからない。
だが私が彼らに施した“不蝕の呪い”は、対象者の代謝を止め、劣化を防ぐ。魔力による延命が生み出す時間が、彼らに“飛行”を学ばせてくれることを祈るとしよう。
五十匹ほどの人造ドラゴンが成体となったので、竜骨の塔は増築せざるを得なくなった。
巨大な竜がひしめき合ってるのだ。とてもではないが、彼らの食糧事情を安定させるビオトープを保つためには、今までの塔では間に合わないのである。
塔の表面積を増やすに従って、環境魔力の収集率は上がってゆくが、魔力を分配する内部面積にも限りはあるし、塔の強度と内部敷設の魔力供給を保つには、どうあがいても今の状態が最大。これ以上の増築は不可能だろう。
故に、成体のドラゴンが四十匹。この数に留める他なかったのだ。
……塔内部の食糧事情が改善されれば、もっと上手くいく気もするんだけどね。
生憎とこの時代の植物や虫などでは限界があるらしい。
こうして竜の形が揃った今でも、まだドラゴンに知能を植え付けるには至っていない。
翼を付け加えたからといって、頭が良くなるわけでもないから当然なのだが、こうも見た目がドラゴンそっくりになってしまうと、あと一歩勉強して賢くなりなさいと気持ちが急いでしまうのは、無理もないことだろう。だよね?
色々と急いでしまって、成体を一匹死なせてしまってから、私の行動は慎重になっている。
ドラゴンを殺すわけにはいかない。しかし、“慧智の書”無しには、知能を発達させるなど……。
“慧智の書”を簡略化し、軽めに抑えた代用品などを使ってもみたが、そちらの方も結果は芳しくない。
ドラゴン自体は完成しても、肝心要の中身が備わっていないのが、私のここ数千から数万年にも続く悩みの種である。
「お……」
ある日、塔の最上階で慧智の書の書き替えを行っていると、強烈な揺れが私を襲った。
地震である。
高い建造物などでは、小さな揺れほど上層階に大きな揺れとして伝わりやすい。
しかし私が立てた建造物は、特別製の骨の塔。塔自体が撓むことなど有り得ないはずなのだが。
「うっ」
なんて呑気に思っている間に、今度は強烈な空震が襲い掛かってきた。
読んで字のごとく、空中を伝わる震れだ。噴火や爆発などによって引き起こされる現象である。
しかしこれは揺れというよりも、衝撃波に近い。
間近にあった骨の瓶に深いヒビが走っている。
「なんだなんだ、何が起きた」
ただ事ではない。
何が起きたのか。それはさておきだ。
気の長い私が感じる異変など、ろくなものでないことはわかりきっている。
ふと見れば、見晴らしのいい外の景色の向こう側で、赤い輝きが見えている。
うむ、原因は知らん。
だが、間違いなくまずい事態が起こったのは、確定だ。
恐るべきイベントがついにやってきてしまった。
大規模災害である。
私は平穏な空間に永くいたせいで鈍らせきっていた危機感を叩き起こし、部屋の中心へと駆け寄った。
そこに一本伸びたポールに手を置いて、骨の塔全体に魔力を注ぎ込んでゆく。
「“越冬計画”」
術の発動は、私自身の魔力はあまり必要としない。
使うのは、骨の塔が溜め込み、蓄積した膨大な魔力である。
“越冬計画”。骨の塔にのみ使える複合魔術。
あらゆる災害を想定して作られたこの術は、発動と共に塔の外壁をより強固な格子状の骨格で覆い尽くし、更に表面を風、水、土魔術によって強堅に塗り固める。
同時に塔の魔力供給が、塔の保護とビオトープの維持へと最優先で回され、私の研究施設への魔力供給が完全にストップされる。
中生代に何度か起こるであろう、原因の定かでない大規模災害。
恐竜達を絶滅寸前まで追いやったこの脅威を乗り越えるために選んだものが、この“骨の塔徹底強化計画”であった。
巨大隕石、大噴火、津波、地震、雷、火事、おじや。
なんでも来るがいいだろう。私が作り上げたこの“骨の塔”は、それら全ての災害を乗り越え、何万年もの時をやりすごし方舟とするだけの力を備えている。
例え粉塵によって太陽光を隠そうとも、月の魔力までは隠せまい。
この世に魔力がある限り、塔内部で回り続ける大骨車輪がある限り、一日のうちの半分が月のある夜である限り、骨の塔は不滅なのだ。
「……でも、研究がストップしちゃうんだよなぁ」
瞬く間に外壁を覆い尽くした格子状の強化骨格が、普段は見晴らしのいい最上階の景色を覆い尽くす。
代わりに天井で輝く“月の蛍”だけが、“越冬計画”中の唯一の光源となる。
植物園ではより強い光を放つようにしてはいるが、はてさて。実際にこの機能を使うのは初めてなので、生物たちの環境は、これから果たして、どうなることやら。
「いい機会だ。私も久々に、魔界に帰るとしよう」
ドラゴンたちのことは気になるが、理論上、ビオトープほど安全で、彼らの育成に適した環境は他にない。
彼らはここに残すとして、私は一人、魔界に戻ることに決めた。
魔界でしか出来ないことも、沢山あるしね。