東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 蓬莱山の姫。……と名乗って通じる相手は、もはやこの地にはいない。

 

 今の私は、輝夜(かぐや)姫。あるいは、弱竹の姫と呼ばれている。

 由来は、刑によって縮小された私の降り立った場所が、竹の中であったせいなのだろう。

 これまで蓬莱山で通してきた私としては、私=竹のイメージが定着しつつあることには違和感しかないのだけれど、竹林を眺めながら暮らしているうちに、段々と竹というのも悪くはないように思えてきた。

 この地上には様々な植物があるので、着物に意匠を加えてみるのも悪くないかもしれないわね。

 

 ……私が蓬莱の薬を飲んでから、それはもう、大変だった。

 何が大変って、月の民がうるさいのなんの。

 穢れだの恐ろしいだの、逆に恐れを知らぬだの、皆して好き勝手なことばかり言うのだ。

 まぁ、蓬莱山の薬を飲むことは極刑に値する重罪だとは知っているので、そんな反応も仕方のないことなのかもしれないけれど……。

 

 ともかく、極刑である。

 けれど、月の都でいう極刑とは、死刑ではない。

 永琳の頑張りもあって、今では穢土(地上)への追放こそが最も重い罰と定められているのだ。

 穢れに満ちた青い星へと放逐する……なるほど確かに、地球を嫌う月の民にとっては、これぞ極刑と呼べるものなのかもしれないわね。

 

 まぁ、私はそんな刑罰を利用して、こうやって地上で過ごしているのだけれど。

 

 

 

「輝夜、これこれ。裾を踏んでおるよ」

「せっかくの貰い物なのですから、乱暴な着付けをするものじゃないですよ」

「はいはい、わかりました。二人共、最近は厳しいんだから」

「当然ですとも。これも輝夜のためなのですからね」

「またそんなことを言って」

 

 私を拾った地上の人間は、質素な生活を送る老夫婦だった。

 見た目は随分と老けているのだけれど、それでもまだ五十年程度も生きていないというのだから、年齢を聞いたときには随分と驚かされたものだ。

 地上の穢れによる短すぎる寿命は、月で聞いていた通り、かなり深刻なものだったみたい。

 

 ……蓬莱の薬によって、私は老化の影響など受けないけれど……それでも、肌を撫ぜるような、そわそわする穢れの気配には、未だ慣れずにいる。

 

「……はあ。また今日も、面会なのね」

 

 私は屋敷から月を見上げ、思わずため息をついた。

 これで一体何日連続となるのだろうか。

 私に求婚する男のわがままによって、宴はもう十何日にも連なっていた。

 

「良かったねえ、輝夜。今日お会いになる方は……」

「結構よ、爺」

「輝夜……しかし、車持殿は本物の蓬莱の玉の枝を手に入れてきたと……」

「結構と言ってるの。どうせ今日のもまがい物に決まっているわよ」

「そんな、見もせずに言うことはないだろう……」

 

 地上に落とされ、人間に拾われ、育てられ……あれよあれよというまに、月の都でもそうだったように、私はここでも姫となってしまった。

 自覚はしているけれど、私はこの地上においても図抜けた美貌を有しているらしく、見た目がそれなりの大きさに戻った昨今では、求婚を申し出てくる男どもが後を絶たない。

 爺と婆は日々のそんな波乱に“輝夜がここまで立派になってくれて嬉しい”と嬉しそうな悲鳴をあげているけれど、私本人からしてみればただ鬱陶しいだけである。

 

 私はただ、永琳が“迎えに”来てくれるまで普通に過ごしているだけで良かったのだけれど……。

 

 ……ま、別に良いわ。

 有力者だか要人だか知らないけれど、愚かな男たちが手に入れようもない至宝をどのように工面したのかを小耳に挟むのも、それはそれで暇が潰れるものね。

 

「……わかったわ。一目見れば、本物かどうかはわかるもの。偽物だったら、さっさと車持殿にはお帰りいただくわ。こうも続けて酒を飲んでは、爺の身体に障るものね」

「おお、輝夜がわしの身体をいたってくれるとは……!」

「老い先短いのだから、大事にしなさいよね」

「うっ、ううっ、輝夜は優しいなぁ。優しく育ってくれたなぁ……!」

 

 やれやれ。まったく、もう。

 私よりもずっと年下だっていうのに、調子が狂っちゃうわね。

 

「輝夜、車持殿の牛車が……」

「ええ、わかったわ、婆。すぐ、部屋を移ります」

 

 なんてことを話している間に、時間がやってきたようだ。

 婆も屋敷に客人を迎え入れる準備を整えたようなので、そろそろ私も配置につくとしましょうか。

 

「輝夜、くれぐれも、くれぐれも失礼のないようになっ」

「はいはぁい。爺こそ、変に興奮して失礼のないようにね」

「なっ、わ、ワシはそんな」

「輝夜の言うとおりですよ、貴方」

「むうっ」

 

 さて。今宵の客人は、どのような紛い物を用意してきたのかしらね。

 

 

 

 


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