「あー、悪の組織が蔓延る町を一瞬のうちに焦土に変えたい」
ごきげんよう。
時々意味のない独り言が溢れることのある偉大なる魔法使いライオネル・ブラックモアです。
現在、私は人気の少ない川辺にて、静かに釣り糸を垂らしている。
手入れもされていない雑木林から適当に伐採した細竹で作った、即席釣り竿。糸は魔力でも良かったのだが、せっかくなので市場で適当に買った絹の端材から作ってみた。
絹糸なら結構細めだし、擦れても多少は持つだろう……とは思っていたのだが。
「むっちゃ切れおるわ」
そんなことはなかった。
作りが弱かったのだろうか。それとも中古の端材であったためだろうか。
絹糸がブチブチ切れて仕方がない。軽い根掛かりをしただけで簡単にブツンといった時は思わず“マジか”と呟いてしまったほどだ。
「まぁ、これも釣りの醍醐味というやつだろう」
一体どこらへんが醍醐味なのかは知らないが。
あ、ちなみに醍醐味の醍醐って、前に神綺へのおみやげにしたソとかいうあの乳製品のことらしいです。
まあ、醍醐のことはどうでもいいのだ。もっといえば、釣りだって本当はどうでも良かったりする。
今の私は、ただ時間を潰すためだけにここにいるのだ。
もちろん、私は自ら非効率な暇つぶしをするような人間ではない。
こうして非効率な竿と糸を使っているのには、ちゃんとした理由がある。
その理由の主は、もうそろそろこの川辺にやってくるはずなのだが。
「釣りか、石逗殿」
心の中で噂をすればなんとやらである。
だがいくら未だに時計がない時代とはいえ、自分で指定したおおまかな時刻より二時間近くも遅れての第一声が“釣りか”ってのはかなり頭に来るものだぞ。
いくら身分が上だろうと、その時間にルーズすぎる性格は褒められたものではない。
……と、怒ってやりたいのだが、私が言うのもどうなんだろうな。
そう思ってしまうと、内心で怒るわけにもいかないのだが。
「ようやく来ましたか、ふ……」
「
「……そうか。そういうことなら」
私が振り向いたそこにいたのは、端正な顔立ちの男であった。
年の頃は三十ちょっとだろうか。この時代でみればそこそこの年齢であるが、見た目は若々しく、未だ活力に溢れているように見える。
彼は事あるごとに私に注文をぶん投げてくる上に、自分で指定した時間も守れない御仁ではあるのだが、実のところこの都においては屈指の要人であったりする。
実際、私の店に訪れる際には何人ものお付の者がいるくらいだ。今は長閑な川辺で一対一で会っているかのように見えるが、注意深く探れば茂みの向こう側に武器を携えた兵士が潜んでいることだろう。
そしてこの男、車持が来る際には、大抵厄介事が舞い込んで来るのである。
「で、車持殿。わざわざこのような所に呼び出しておいて、何用かな」
「ふ……なに、いつものことさ。ちょっとばかし、用立ててもらいたい品があってね」
まぁ、それはなんとなく予想はしていたが。
「詳しい話を聞かせてもらおう」
「悪い話でないことを前置きしておこう。石逗殿、今回の注文は……これまでより遥かにでかいぞ」
ニヤリと笑われても、私としては手がかかるだけでアレなんだけどもね。
話をすると言った割には、車持は未だにもったいぶっている。
私が作った竹製の竿を手に、小川に絹糸を落とし、長閑な釣りを楽しんでいた。
彼の内心では、きっと私が儲け話に食いついてそわそわしているように映っているのだろう。
実のところはさっさと本題に入って欲しいのだが、まぁ、彼は一応貴人であるからして、言わぬがなんぞであるのだが。
「
「いいや?」
「……そうか」
おっと。知らなかったので正直に即答したのだが、前提として知っていなければならなかった知識だったらしい。
いや、いや、待てよ。なんだ。姫……?
「ああ、ひょっとするとあれかな。最近ここいらに現れたという。美しい女の子」
「そうだ。なんだ、知っているではないか」
噂話でならば何度か聞いている。
なんでも、美しすぎて随分と色々な男から貢物を受け取っているという、罪な子がいるらしい。
姫、姫とはよく聞いていたが、なよたけなんたらというのは初めて聞いた。
「私は今度、その姫に求婚をと思っていてな。正妻にと」
「は?」
「どうした? 何がおかしい」
「いやいや」
おかしいもなにも、おかしいことしか無いでしょうよ。
「確か車持殿は、既に奥方がいるのでは? 子も多かったと聞いている」
「いるが? しかし問題なかろう、やり方はどうにでもなる」
うわぁ、なんてこと無いかのように言い放ちおったな。
だが事実、彼の手にかかれば妾だけでなく正妻として据える事すら容易なのだろう。
とはいえ、子供としては複雑だろうなぁ。
「まぁ、そのような些細なことなどはいいのだ、石逗殿。問題は、姫が私に靡くか否か。それが全てだろう?」
他にも色々と障害はありそうなものだが、言ってるとキリがないので頷いておく。
「しかし、困ったことに今回は、ちと競争相手がいてな」
「競争相手。ほう。つまり、言い寄る男が他にいると?」
「いかにもその通りだ。そして姫は、その中で最も早く至宝を見つけた者の妻になると言い出しおった。この至宝というのがまた、実に希少かつ……とにかく難題でな」
「ほうほう……なんかどこかで聞いたことのあるような話だが、なるほど」
「ここまでくれば、お主もわかっているだろう。私が用立てねばならぬ品というのは……その至宝だということだ」
なるほどなるほど。
つまり、車持は私に素晴らしい芸術品を作って欲しいと。そう言っているわけだな。
……いや、面倒だ。
別に芸術品を作るのが嫌いというわけではないが、今はあまりそういうことに時間をかけたくない気分だ。
彼には悪いが、ここは丁重にお断りさせていただこう。
「これは前金だ」
「いや、車持殿――」
「受け取れ」
私の言葉を奪うように、車持は扁平な金貨を押し付けてきた。
こちらに有無を言わせぬような、鋭く強い視線と共に。
おそらく、本気なのだろう。
この金は前金だ。彼はどうしてもこれを渡し、何が何でも注文を押し付けるつもりらしい。
「……やれやれ。わかった、作れば良いんだな、車持殿」
「おお、受けてくれるか。それは僥倖」
ほぼ強制だったけどもな。
まぁ、彼らの押しが強いのはいつものことだ。適正かどうかは定かではないが、大げさなほどの前金も渡されたし、これはそれほど大事な仕事なのだろう。
「で、私は何を作れば? 設計図はあるのかね」
「……さてな。いや、おそらくはない。だが石逗殿であれば、上手く作れるであろう。今までの仕事を見てきた私は確信しているぞ」
具体的な指示無しかい。
正直後から“想像していたものと違った”と返されるのが一番迷惑だから、そこのところビジョンをはっきりさせてほしかったんだけど……。
「大きさはこの程度だ。私の胴の、このくらいまであればいい」
「ふむ」
「本体は枝状でな、それに色とりどりの、様々な美しい玉がついているのだ」
「ふむ?」
あれ、そんなものどこかで見たな。
「この世のものとは思えぬほど美しい……そういった枝だ。どうだ、わかるか」
「えー……まぁ、どうだろう。それはつまり、こう……」
私は近くに落ちていた枝を拾い、土の上にガリガリと枝の絵を描いてゆく。
葉のない枯れ枝に、玉がついているようなもの。それはまさに、私が以前サリエルとともに研究していたヤゴコロ発案の枝そのものであった。
「おお、そうだ。まさにそのような見た目だろう。蓬莱の玉の枝というのだがな。それを用立てていただきたい。なるべく、早めにな? 金子は、材料の調達費も兼ねている。とにかく早さだ。遅れを取りたくはないのでな……」
「ふーん」
「作り上げた暁には……この金子を山と積み上げてもなお足らぬほどの財を。そして地位を与えよう」
ちょいワルそうな顔でそんなこと言われても、あんまり興味はないんだけどもね。
金は作れるし、私は既に偉大なる魔法使いだ。
「まぁ、楽しみにしているよ。五日以内には形にしてみせるとも」
「おお、やけに早いな? 頼もしい限りだが……ああそうだ、作業はくれぐれも秘匿した上で、頼むぞ。何者にも、その蓬莱の玉の枝を作っていると悟られてはならん。無論、完成品もだ」
「厳しいね? まぁ企業秘密ということか。わかったよ」
「き……? ああ、まあそのようなものだ」
色々と面倒な指示を出されたが、まぁ特に問題はないだろう。
普段ならもうちょっと渋るのだが、車持が求める品の全容を聞いて、そんな気持ちも晴れてしまった。
蓬莱の玉の枝。
これ、別にわざわざ作らなくても私は最初から持ってるじゃないか。
私が作ったことにして、さっさと車持に渡してしまえば万事解決だ。なんて楽な仕事なのだろう。
「では、頼んだぞ」
「うむうむ。任されよ。対価を貰うからには、それなりの結果を出して見せるさ」
金にはあまり興味がないけども、これで発言力が得られるのであればまぁ、良しといったところだろう。
ちょっとした補助系マジックアイテムの布教の足がかりとするには、大きな一歩となりうるかもしれん。
実に楽しみだ。