どうもこんばんは。
彫金細工師の石逗です。
なんやかんやあって、私は金物や貴金属、宝石類の修理などを請け負う職人の一人として新益京の一角に店を構えることになりました。
今現在、都には私以上の腕を持つ職人さんがいないようなのです。
有力者であろうお偉いさんから依頼や注文を受けて以降、噂が噂を呼んで、引く手数多となったわけです、はい。
……うん、まあね。彫刻や彫金もね、一応嗜んでいたけどね。
そうじゃないんだな。私の目的は、そっち系統じゃないんだよな。
「石逗殿ー、この金具なのだがー、いらっしゃるかー?」
「はいはい、なんでしょ」
まぁ、うん。
市街地に溶け込むことには、これで成功したと言っても良いだろう。
相変わらず仮面を指さされて色々言われてしまうけれど、これまでの経験からすれば十二分に人々の暮らしに近づけたと言っても良いはずだ。
焦ることはない。少しずつ、本当に少しずつ、魔法を広めてゆけばいいのだから。
工房は常に一人だ。
他人を雇う必要は無いので、私一人でやりくりしている。
魔法を使えば圧倒的な早さで作業を終えることも可能だが、それは味気ないので全て手作業である。
工房は、現代的な目線で見れば非常に豪勢な――要するに無駄に原始的な――工法で建てられた家屋だ。
以前も似たような職人が住んでいたのだろう。それらしき痕跡や設備の跡は多い。
前の住人は生活苦か移住かで出払ったのだろうが、しかしその割には内装は比較的綺麗であった。
私だって掃除や建て替えは出来るが、一から作り直すのは面倒だし、周りの目を気にしてわざわざ他の店舗と同様に似た風に作るのも億劫だった。その点で言えば、多少の金を払ってでもこの土地を得て正解だったと思う。
一番最初、路上パフォーマンスする私に対して商談を持ちかけた男は、今でも常連だ。
支払いは遅いし、金にルーズな所は多いので若干信用ならないのだが、まぁ私はそれなりに気を長くして待てるし、そもそも金銭を必須とはしていないので、今のところは大目に見ている。
支払いが適当とはいえ、奴がいなければここに移住する金を工面できなかったのだから、まぁそこらへんは日本人特有のなあなあという奴だ。
魔法以外の商売とはいえ、取るべき金はきちんと取る。それが私の流儀だ。
というより私の技術力はこの国の水準を遥かに上回っているので、相応の金を取らなければ他の職人が潰れてしまうのだ。
魔法関係だったら布教目的もあるので割安にしても良いのだが、ただの彫金や加工であれば容赦はしない。技術に見合った金を出してもらうだけである。
「ここの鋲なのだが、幾つか内側に埋まっていてな。前の職人がヘマをしたのだろうが……どうにかできないだろうか。このままでは道具が痛むと、たらい回しにされていてな」
「ふむ。できなくはないですが、時間は少し頂きますし、相応の代金もいただきます。それでよろしければ」
「ありがたい。具体的には、どれほどで?」
「二日ほど見ていただきましょうか。お代はこちらで」
「……ふむ、ふむ……わかった。是非とも、お願いしたい」
とまぁ、こんな具合である。
これがマジックアイテムの修理なら粗品まで付けちゃうのだが、訪れる客は専ら修理やら再加工ばかり。なんとも張り合いのない職人生活だ。
順調に商談は取り付けられても、私の乾いた心は満たされることはない……。
「ところで、あの棚にある彫刻。あれは私の新作で、枕元に置けば悪しき夢妖怪から守ってくれるという……」
「ああ、そういうものはまた今度見させてもらうとしよう。今は少し立て込んでいてな、申し訳ない」
「アッハイ」
また今日も駄目でした。
「む、手紙か」
適当な職人生活を送っている最中、私の頭上に一枚の便箋が舞い降りた。
それを手に取って裏を見ると、送り主は小悪魔とある。
「おお、小悪魔ちゃんか。どれどれ」
サリエルが送りつけるものは簡潔な業務連絡なので味気ないが、小悪魔ちゃんは結構雑談をメインに送ってくれるので結構楽しみなのだ。
本来、この手紙はまぁ異常発生時や緊急時などに書くようにと言ってあるのだが、まぁそこはそれ、さじ加減というやつである。
会社のパソコンでほんの一瞬でさえ息抜きをしない人などいないのと同じようなものだろう。
「……ふむ」
封を開けて中を見ると、そこには近況報告が書いてあった。
最近は悪魔として召喚されることが少なく暇なこと。
パンデモニウムは近頃落ち着いてきたということ。
悪名高き双子悪魔がまた何やら奇妙な異空間工事を行っているということ……って、あの二人また何か企んでいるのか。
そして、時々らしいのだが、
「呼び出しというわけではないか。なら、返信だけに留めておくとしよう」
気になる話題は多い。
再発したという双子の悪行に興味はあるし、紅が報告する法界の新入りさんというのもちょっと見てみたい。
が、わざわざ魔界に帰ってまで、という程度なのだろう。
小悪魔ちゃんはこちらを急かすような書き方をしていないし、何か困っている風でもなかった。
ならば、私がするべきはただ淡々と返信することのみだ。
「季節の木の葉を同封して送ってあげようかな。花の栞でも作ってあげれば、喜ぶだろうか。ふむ、となると神綺とサリエルにも作ってやるべきだろうか」
サリエルはそういった趣味はないかもしれないが、まぁよしみというやつだ。
多めに摘んで、ぐいぐい圧して量産してしまおう。職人作業しか回ってこない私の、ちょっとした癒やしになってくれることだろう。
「おーい、石逗殿ー!」
「……ハァ」
「おられるかー!? 今度生まれる子供の道具で、用立ててもらいたい品があってなぁー!」
「……ハイハイ、わかりましたよ」
やれやれ。またあのルーズなお客さんか。
息抜きの押し花くらい、ゆっくり作らせて欲しいんだけどな……。