東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「さあさ、皆様お立ち会い。ここにありますのは私が作り上げた魔除けの輪」

 

 多めの試作品を木箱に納めた私は、広場へとやってきた。

 そこには朝方の仕事を終えて一息つこうと集まる町人達が井戸端会議のようなものを行っており、商売を行うにも噂を広めるにも、絶好の機会だったのである。

 

 実際、私が声を上げれば、暇そうな男や女がなんだなんだとゾロゾロやってきた。

 今日の私は親しみ深いシーラカンス仮面を装着しているし、背丈を考えてもそれほどの威圧感はないはずだ。

 

「おいおいじいさん、魔除けの輪ってのはなんだい」

「札でも玉でも針でもないなんて、あまり聞かないんだがねえ」

 

 お客さんたちは、私が掲げる青銅製の輪を見て、訝しげな声を上げている。

 

 ふむ。慣れた文化でなければ親しみは沸かないか。

 しかし、そんなものは杞憂だ。これから私がこの魔除けの輪の説明をすれば、このマジックアイテムの高性能ぶりにたちまち心酔することだろう。

 

「見たことがないのは当然のこと。これは……魔法彫金師である私、石逗(いしず)が開発した、新商品なのですから」

 

 偽名は石逗(いしず)。これは今日の朝に考えた。

 魔法彫金師という肩書はたった今考えたものである。行き当たりばったりだが、まぁ別に大丈夫だろう。

 

「魔法……彫金師……?」

石逗(いしず)……? 聞いたことあるか?」

「さあ……」

 

 おっと、なんだか大丈夫そうじゃない空気が漂い始めたぞ。

 軌道修正してやらねば。

 

「この輪はなんと。我々人が持つ魔力を注ぎ込んでやることによって、妖魔の類を懲らしめることができるのです」

 

 そう、大事なのはここだ。

 この魔道具は魔力を注ぐだけで内蔵された魔法が瞬時に発動するという、ものっそいシンプルな効果を持っている。

 しかし威力は高効率で、河勝が六十六人斬りを果たした妖怪たち程度なら、一撃で地面に這いつくばって呻きをあげる程の衝撃波を発生させることができるのだ。

 だというのに、これは周りの動植物や人間には一切危害を加えない。素人さんが使っても安心。子供のお守りにもどうぞ。

 そして今なら、なんと魔力を上手く注ぎ込めるかどうかをテストできる魔力測定キットまでお付けしてお値段変わらず……!

 

「本当かいー?」

「へえ、じゃあやってみろよ」

「いや、今はその。近くに妖怪もいないようですし……妖怪がいないとちょっと」

「話にならんぞ」

「結局何にもならんのだろ! いいから使ってみんか!」

「え、ええー……い、いいでしょう。そこまでいうなら」

 

 疑う人たちだな……発動させるだけなら、もちろん構わないが。

 

「まず、これをこうして……」

 

 輪を手首に通し、そのまま手に魔力を注いで……。

 

「こんな感じ。あ、今来てる。今来てますよ! わかりますか!」

 

 そう、こうしてやると、どうだ! 一見目には見えないものの、私達の周囲を飛び回るように魔力のうねりが……!

 

「帰ろ」

「飯食わんとな」

「あほらしい」

「ああっ、何故!?」

 

 実演してみせたのにお客さんが帰ってゆく!

 お願いだからもうちょっと待って!

 

「そ、そうだこれ! これを使えば! これで修練を積むことで、魔力をしっかりと目にすることが!」

「じいさん」

 

 皆がゾロゾロ散ってゆく中で、一人の青年が私の肩に手を置いた。

 そして真摯な瞳で、こちらを見て……。

 

「人を騙して金を得ても、いつか自分にそっくり帰ってくるもんだぜ……?」

 

 諭された。

 

 

 

「ッハァアアアアアァァ……」

 

 やっぱり商売は駄目だったよ……。

 

「シンプルなのに……色々配慮してるのに……」

 

 もはや私の周囲に集まっていた人は散り散りになり、いるのは遠巻きにこちらを見て指差し笑っている子供だけだ。

 小さな子供は教育を施すに都合がいいけれども、私がこの魔除けの輪を渡したところで、使い道は川に流されるまでのフリスビーにしかならないだろう。

 

 ……うーむ。やはり、実演しても、目に見えて何か変化が出たり、効果が出なければ信じてはもらえないのだろうか。

 しかし無駄に派手にする意味もほとんど無いし……いや、だが……。

 

「失礼。石逗(いしず)殿、といったかな」

「うん?」

 

 俯いたまま次の魔道具作成を画策していると、いつの間にか目の前に人が立っていた。

 歳はそこそこ若い風に見える、身なりの綺麗な男だった。

 ぱっと見ただけで、ただの町人でないことはわかる。

 

「その、魔除けの輪。見せてもらっても」

「お、おお。ぜひぜひ。なんなら魔力を注いでもらっても」

「ふむ……」

 

 私が魔除けの輪を渡すと、男はそれをじっくりと観察し始めた。

 

 材質は青銅。薄いドーナツのような円盤型で、平面にはちょっとした植物の紋様が彫り込んである。

 

「これは、石逗(いしず)殿が?」

「ええ」

「他にもあるのか?」

「もちろんです。今日は売れませんでしたが、こちらにも」

「ほお。凄いな……これを、全て手作りか……」

 

 私が木箱から十数枚の魔除けの輪を出して見せると、男はそれらにも興味を惹かれたらしい。

 一枚一枚じっくりと確認するように、丹念に観察している。

 

 ……もしや、こういったマジックアイテムに興味がある?

 ふむ、だとすればこれは……良い出会いなのやもしれぬ。

 この機を逃す手は無いな。

 

「こちらにあるものだけでなく、製作依頼はいつでも受け付けておりますよ。もちろん、相応のお代は頂きますが」

「……いや、腕の良い職人であれば、当然のことだろう。うむ、気に入った。石逗(いしず)殿、早速だが、私からの注文を聞き入れてくれるだろうか」

「おお、なんなりと!」

 

 よしヒットした!

 さっきの実演販売は無駄ではなかったのだ!

 

「実は、うちで保管している仏像の台座がな、金具が傷んで困っていたのだ。緻密な彫り物ゆえ、それをどうにか修繕していただきたい」

 

 あああああああー、そういうのかああああ。

 

 


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