国策による魔法は、マクロな視点から価値を見出そうとするものだ。
長期間のトータルで見て成果を生み、国の利益とする。
風水や地脈を研究して土地を開拓・開発することは、まぁその全てが正しいとは限らないけれども、幾つかはそれなりの成果を生むであろう。
全体としては、有意義な方針と言える。
逆に個人、市井に広まる魔法は、ミクロなもの。
妖怪退治、局地的な雨乞い、魔除け、厄除け、方位除け、虫除けなどなど。
とにかく目の前に現れた問題にすぐさま対処できる魔法こそが尊ばれている。
が、まぁそんなものは極々当然のことである。誰も役に立たない魔法など欲しくはないのだ。
そろそろ西暦も七百年に差し掛かろうとしている。あと千三百年もすれば、ひとつのゴールにたどり着くだろう。
しかし現在は妖怪達の影響により、未来では考えられないような非常に複雑な社会を形成しつつある。
もちろんそれは、魔法の存在と無縁ではない。
「どこも効きの悪い
ちょっとした町の広場で、何人かの男が声を上げている。
実演販売なのだろう。その手には歪な形状の線香のようなものがあった。
そして男の隣には、随分と歳を召している風な老人が、じっと黙って立っている。
「この
いやぁそうなのかなぁ。
と端から聞いてて思ってしまう私とは対照的に、周りで訊いている人々は“おおー”と関心している様子だ。
随分とチョロいな君たちは。私が色々売り出そうとしても食いつかないというのに。
「一本を部屋の炉で焚いてやれば、妖怪知らず! 十本一束からお売りいたしましょう!」
そうこうしているうちに、商人の周りにいた客達はこぞって香を買い始めた。
蚊。ふむ、確かに鬱陶しい生き物である。
私も生身だった頃は随分と悩まされたものだ。血液型のせいなのか、やけに私だけ狙われていたような気さえする。その恨みは五億年近く経った今でも色あせてはいない。
が、ここで蚊取り線香を買っている彼らにとって、防虫とは蚊取り線香に留まるものではなかったりする。
「おお、買えた買えた。これさえあれば……」
「一安心だな。川向うの芦屋も、虫妖怪にやられたというし……」
どうもこのご時世、現在の日本においては、虫妖怪がくっそ強くて大変なことになっているらしい。
人型や魚介類系の妖怪が理不尽なまでに強いという話はよく耳にするけども、虫系魔族が幅をきかせているというケースはなかなか珍しいのではないだろうか。
虫系の魔族は、とにかく多い。そのために一斉に来られると大変だというのはわかるのだ。
しかし魔族というものはちょっと種類が違うだけで他の派閥から袋叩きにされるものであり、個々の力が弱い虫は簡単に勢力図をひっくり返される傾向にある。
となると、こうして虫妖怪がウェイウェイしてる現状は、他の妖怪たちがあまり積極的に手出しをしていない……ということなのだろう。
別に他の妖怪の肩を持つわけでもないのだが、一体他の妖怪は何をしているのだろう。
もちろん他の妖怪の逸話を聞かないわけではないのだが、それにしたってらしくないように思えてしまう。
私が推測したところで連中の考えなど全くもってわからないのだが、ひょっとすると、他の派閥を震え上がらせるような強い虫妖怪でも現れていたのかもしれないな。
さて。
持って回ったが、要するに今は、虫妖怪の対策商品がブームであるということだ。
線香はもちろんのこと、炉で燃やすための簡単な粉末なんかも人気だし、虫退治に特化した剣なんていう眉唾なものまで出回っているほどである。
ここで私が防虫菊をこねくり回したうずまきや、棒の先に四角い網を貼り付けた最終兵器を作ってしまえば、きっとこの時代のヒーローになれるのだろう。
だが魔法使いとして、それはあまり望むところではない。
現に、既に市場においては用心棒も対策商品も飽和状態であるし、わざわざこちらが出る幕も無さそうなのだ。
であるならば、私は私で、この時代のもっと別の商機を狙い、魔法を広めてゆかねばなるまい。
何も妖怪は虫だけではない。
そもそも、特定の妖怪にだけ通用するなどというコンセプト自体がナンセンスなのだ。
魔法の利便性を喧伝するのであれば、ここは果敢にオールマイティーなポジションを狙っていくしかあるまいて。
「よし。魔力発動型の汎用魔族撃退アクセサリーショップを開くとしよう」
私の商いはこれからだ!