東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 私は日本に戻ってきた。

 発展途上もいいところ、魔界都市と比べればまだまだド田舎な島国であるが、ここに来ると懐かしい気持ちに浸れる。

 

 現代日本の面影があるわけではない。

 だからこれは、そう……気分なんだろう。

 

 現れた場所は、人気のない低めの山中。

 柔らかな木漏れ日を見上げれば、一匹の揚羽蝶がコガネグモの巣に絡め取られていた。

 

「ともあれ、河勝を探してみるか」

 

 何百年と放置していたわけでもない。また、相手は常人というわけでもない。

 まぁ大和も様変わりはしているだろうが、すぐに見つかることだろう。

 私はそんな軽い気持ちで、都市を目指したのだが。

 

 

 

「どうしてそうなった」

 

 河勝いなかったわ。

 というより、河勝は何やらひどい事をやらかしたせいで、流刑だか極刑だかになったそうである。意味がわからない。

 

 大和の町人達から聞くところによると、様々な借金やら土地の問題を放置したりしっちゃかめっちゃかに掻き回したりしていた。らしい……のだが。

 正直、河勝がそんなみみっちい犯罪をするとは思えない。

 

 そもそも河勝が金に困るという状況が謎だ。横領する意味もない。

 彼ならば適当な国に攻め入って、食料と金銀をたっぷり風呂敷に包んで持って帰ればそれで済むことだ。そもそも、大和の手練れが十人掛かりで拘束しようとしても捕まえられないだろう。

 

 ……罪を犯したかどうかはともかくとして。

 河勝は罪人になった。それは間違いないらしい。

 で、どうやら河勝の噂話なども流れていないようなので、おそらく彼自身もそれに従ったのかもしれない。

 彼は真面目というか……上からの命令に殉ずるところがあった。あの性格を考えれば、自分に不利な事が言い渡されたとしても、粛々と従いそうである。

 ……うん、自分で考えててしっくりきた。河勝ならやりかねん。

 

「あと三百年くらいは生きると思ったんだけどな」

 

 河勝に着せられた罪も、その罰も不明瞭だった。

 だがこの時代、いや、これから数百年、下手すれば千年以上はその程度の司法が続くのだろう。

 河勝の行方は知れないし、生死も定かでない。

 

 ただ私は、限定的な格闘戦とはいえ、人の身にして私を打ち倒した彼と再び会えなかったことが……とても惜しかった。

 

 

 

 それから数年間ほど都市を巡って観光ついでに探してはみたものの、手がかりの一つも見つからない。

 さすがの私も、いるかどうかわからない、ひょっとしたら死んでるかもしれない人間を長々と探していたくはない。忘れがちだが、時間は有限なのだ。

 飛鳥時代? では私の魔法布教活動も上手くいかなかったが、これから再び始めていかなくてはならない。

 

 触媒を探し、材料を探し。

 前と同じように、人の生活に役立つマジックアイテムから攻め……段々とディープな領域に引き込むのだ。

 気がつけば農民も商人も役人も豪族も、揃って魔法使いである。

 

「素晴らしい」

 

 というわけで、まず私は手始めに、山にこもることにした。

 

 何故かって?

 河勝を探していたら不審者として指名手配されていたからだ。

 ほとぼりを覚まさなければならぬ。

 

 

 

「しかしこう怪しまれてばかりでは、啓蒙活動もままならないなぁ」

 

 竹炭を石鍋に放り投げ、糞抜きしたミミズと桑の根の粉末を混ぜながら、ひとりごちる。

 今私は、奥深い山の中で布教用の触媒を作っている。

 テーマはズバリ妖怪退治。今から街に出てはまた騒ぎになりそうなので、しばらくはこうして商売用の材料を揃えている最中なのだ。

 

 研究作業用の寸胴なゴーレムが鍋を抱え、のっしのっしと竈へと運んでゆく。

 仮住居兼アトリエはデザイン含め一ヶ月ほどで完了し、今ではかなり高度な研究施設になっている。

 とはいえダクトやらパイプやらが張り巡らされている近未来的なものではない。

 棚に所狭しと並べられた竹筒の容器に様々な触媒が入れられており、それらが魔力的な操作で効率よく手元に引き寄せられたりといった、魔法の仕掛けが沢山施されているのだ。

 

 いちいち山菜を摘みに出かけては日の終りに調合、なんて原始的なことをしてもいいのだが、もはやそんな作業も面倒なのだ。効率的にできる部分は、どんどん魔法化してゆく。

 

 ……まぁ、これも突き詰めていくと“自動触媒生成機動城”みたいなことになってしまうので、やりすぎないように注意は必要だ。

 以前、破壊困難な堅牢な外壁を有した施設が宙に浮かび、地上の様々な“材料”を鹵獲しては調合と保管を繰り返していく、ほとんどUFOみたいな施設だかゴーレムみたいなものが出来上がったことがあるのだ。

 ありとあらゆるものを研究資材に変えてゆくあの機動ラボは、頼もしくもあったが恐ろしかった……というより放置したら絶対に不味いタイプの奴だった。

 一ヶ月放置したせいで、しばらくは広大な砂漠が数百年に及び残ったものである。

 

「ほどほどだな、ほどほど」

 

 利便性を追求しつつも、環境にも配慮する。

 それが地域密着型の魔法使いというものだ。

 

 日本の魔法使いもそんなモデルケースを参考にしてほしいものだが……はてさて、魔法使いが生まれるのは、そもそもいつになることやら。

 

 

 


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