食堂では、見たことのない魔法植物を使った料理であったり、何故か希釈したポーションが飲み物として売っている。
わたしとエレンさんは適当に腹ごなしをしつつ、話の通じそうな相手を選んで声をかけていった。
そこで得られた情報は、魔導書の類は高価すぎて、持っている者は限られるのではないかという極々真っ当なもの。
魔導書を持っている者として、この街の有力者の名前が何人か挙がったが、その人達は魔法使いというよりは出資者といった向きが強いようで、少なくともわたしが求める魔導書を持っているようには思えなかった。
街にも高度な技術を持った魔法使いは何人もおり、これまで何体もの妖魔を討ち倒して実績があるということだったけれど、別に彼らに師事したいというわけでもない。そもそもわたしにはエレンさんがいるし……。
「ふーむ。魔導書を持ってそうな人ねえ……」
「ご存じありませんか?」
ハーブティーを嗜んでいるおばあさんが、眠そうな目を虚空に向けて悩んでいる。
もう何人目となるかもわからない質問で、既に夕暮れ空になりつつある時間だけれど、わたしとしてはここで挫けるわけにはいかなかった。
「おお、そうじゃ。そういえば、あの子はいつもグリモワールを肌身離さず持っていたな」
「! 誰でしょう」
「三年くらい前からここにやってきた魔法使いでな。まぁ、研究内容も性格もちと変わっとるんじゃが、魔法にはなかなか詳しいし……彼女ならば何か知っているのかもしれんなあ」
おばあさんは手慣れた様子で、大きな葉っぱに炭で簡単な地図を描いてくれた。
いくつかの建物、通り、いくつか目立っているのであろう店の名前も記されてゆく。
「行ってみると良い。望むものがあるかはわからないが」
「ありがとうございます!」
親切に地図までもらってしまった。
よし、一歩前進ね。次はそこを訪ねてみないと。
エレンさんは……うん。男の人と話してるわね。それも、すごく楽しそうに。
……男の人の方は、小さな子供を相手にしているみたいだけど……。
「先生、わたしちょっと他の店に行ってみますので、ここで待っていてください」
「はーい♪ いってらっしゃーい♪」
うん、とっても楽しそう。
邪魔しちゃ悪いから、わたしだけで訪ねてみましょ。
地図に記された場所は、大きな通りを何度か曲がった先の、比較的静かな場所にあった。
向かい側に特徴的な看板の古着屋があるので間違いはない。
慎ましい一階建ての小屋のような館が、わたしの目的地らしい。
玄関前には薬草として使えそうないくつかの植物が鉢に植えられ、扉には“服の修理やってます”という看板が掛けられている。
……魔法使いではないのかしら?
疑問には思うものの、とりあえず見てみないことには……。
「ごめんくださーい」
「はーい、どうぞー」
扉越しに、返事はすぐに返ってきた。私よりは年下であろう女の子の声である。
「失礼しまーす……」
「奥へどうぞー」
とりあえずお客として扱ってもらえているようだ。
残念なことに、わたしの服は全くほつれてもいないから、冷やかしみたいになっちゃうけれど……。
うん、詳しく教えてくれたら、情報料を渡さないといけないわね。
「わあ……」
長くもない廊下の先には、圧倒的な光景が広がっていた。
リビングの棚には反物や毛糸、様々な生地が置かれ、それだけを見るとまるで服屋さんのよう。
けれど、テーブルの上や窓際など、部屋のあちこちに人形が配置されていて、それはおとぎ話の世界のようでもある。
そして部屋の中央で揺り椅子に座りながら編み物をしているのは……これもまた人形のような風体の、可憐な少女だった。
「ご用件は? 今日は人形修理の割引をやってますよー」
少女はこちらに視線も向けず、編み物を続けたままだ。
「お尋ねしたいことがありまして。飯場で聞き回っていたところ、貴方ならばという話を耳にしたものですから……」
「はあ。靴はやってないですけど……ベルトも……皮は加工済みのを自前で持ってきてくれるなら、簡単なものなら……」
「いえ、お仕事と関係のない話で恐縮なのですが。実はわたし、あるものを探していまして」
「うんー……?」
そこで初めて、ここの小さな店主さんはわたしの方に目をやった。
薄色の金髪。青い瞳。整った顔の作りもまるでとても高価な人形のよう……。
けれどその表情は、わたしを見てどこか固まっているように見える。
「あの?」
「……あ。いえ。その。うそ……いえ、でも……?」
子供相手とはいえ、じっと見られると恥ずかしいのだけど……。
いや、この子は魔法使いだといっていた。だとすると、わたしよりもずっと年上なのかもしれないわ。
「……失礼。あの……貴女の、名前は?」
「パドマと申します」
唐突な名前の要求に対し、偽名はさっと口から出た。
「パド、マ。そう……パドマさん。……三年も一人だったからかしら……弱気、になってるの、かな……」
少女は私から視線を逸して窓に向け、茜色に染まりつつある空を見上げた。
編み物を繰る手も止まり、何か考え事に耽っているらしい。
私はしばらく、その画になる姿を見て黙っていたが、少女は思い出したように再び顔をこちらに向けた。
「……ごめんなさい、今のは忘れてください。それで、探しものとは?」
「魔導書を探しているのです」
「魔導書……グリモワール?」
「はい。聞いた話では、貴女は魔法に通じていて、グリモワールも所有されているとか……」
「あら? ……困ったわね、もう私の才能が認められ始めたのかしら……この街の人もまあまあ見る目があるってことね……」
ちょっとだけ褒めてみたつもりだったけれど、彼女はわたしの予想以上に上機嫌になってくれた。
……扱いやすくて助かるけど、彼女の得意げな顔を見ていると呆れるやら、心配になってしまうわね……。
「あー……で、その。わたし、ライオネルという方が書いた十三冊のグリモワールという物を――」
私が本題を語ると、その途中で明らかに彼女の表情は強張った。
「――探しているのですけど」
言い終えてから、ちょっとだけ後悔した。
軽率だったかしら。あるいは、この魔導書って危険なものなのかしら。
……高価そうではある。安いはずはない。……変なトラブルにでも巻き込まれないといいけれど。
「……それって、誰から聞いたの? ライオネル……の、魔導書について」
「知り合いの魔法使いから聞きました。本当かどうかは、定かでないのですが……」
そう、おとぎ話かもしれない。先程まではわたしも、少なからずそう思っていた。
「……そう。パドマさん。ちなみに、その人の名前は……」
「それは、すみませんが」
「ええ、そうね。詮索して悪かったわ。ごめんなさい」
けれど……彼女の反応を見る限り、どうやら……荒唐無稽なだけの話というわけでも、なさそうである。