東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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魔法使いのゆりかご

 

 ライオネル・ブラックモアの書き記した十三冊の魔導書。

 それを読んだ者は、魔力の扱い方を知るのだという。

 

 詳しいことはわからない。わたしも、エレンさんに聞いただけだから。

 そのエレンさんも直接見てはおらず、本人からの話を聞いただけなので。現存しているかどうかも定かではない。

 

 けど、幸いなるかな。わたし達が今いる場所は、魔法先進国。

 ここならば様々な情報が集まることだろう。

 当然、情報は玉石混淆だ。こちらを騙そうとするやつもいるだろうし、気付きにくい場所に情報が潜んでいることもある。本を探すのは、きっと大変な作業になると思う。

 けれど、果ての見えない魔法の修行に打ち込み続けるよりは、精神的にもずっと楽だ。それに探しものや調べごとは、わたしの得意分野でもある。

 

 新たな目的を持ったわたしは、エレンさんと一緒に本を探す旅に出かけた。

 元々、エレンさんは旅する魔法屋さんでもある。わたしが魔導書を探したいと言えば、彼女も魔法の店のこともあるのでそればかりというわけにはいかないが、探し物に目処がつくまでの間は快くついてきてくれることになった。

 

「何百年でも付き合うわよー」

 

 ……まぁ、その。

 流石本物の魔法使いとでも言うべきなのでしょうか……。

 

 安心してください、エレンさん。

 どのみち、そこまでの時間はかからないでしょうから……。

 

 

 

 正直、人づてに尋ね歩くのは限度があるし、物が物だ。

 蛇の道は蛇に訊くしかないように、わたしは魔導書を探すにあたって、情報源を大きく絞り込むことにした。

 すなわち、エレンさんと同じ魔法使いだけを辿ってみようと考えたのである。

 

 魔法使いの住処というものは、どこも人里離れていたり、集団でひっそりと暮らしていたりするので、見つけるのは容易なことではない。

 その点で言えばエレンさんのようにおおっぴらに魔法の店の看板を掲げるのは珍しいのだが、私達が今いるこの国では、幸運なことに、さほど見つけにくい場所にあるわけでもなかった。

 結果的に、様々な地域を旅し、情報を求め続け、数年くらいで当たりを引けたのだと思う。

 

「すみません、魔法研究工房ってどちらにありますか?」

「ああ……あんなところに何か用でもあるのかい? 匂いがつくからやめたほうが良いよ。女子供が二人で行くにはちと……」

「いやあその。億劫ではあるのですが、配達しなきゃいけないものがあるんですよ」

 

 念のために硬貨を一枚握らせてあげれば、訊ねられた男性は意外そうにそれを見た後、やけに良い笑顔を浮かべてくれた。

 

「向こうの突き当たりにある大きな仕立て屋。そこの壁に、城壁の刺繍がされてる薄汚れたタペストリーがある。そいつをくぐれば、誰でも研究工房の敷地に出られるよ。だがまぁ、店主にも同じ額を渡してやったほうが、後々の諍いはない」

「紹介料ね? わかってるわよ、ありがと」

「ん。お嬢ちゃんたち、こいつはサービスだ。受け取りな」

「わ、どーも!」

「やったー、ありがとー!」

 

 小銭を少しずつばらまいて、噂単位の情報と確実な情報を並行して仕入れてゆく。

 旅人に、街の女性に、座り込んだ酔っぱらいに、道行くスープ売りに。

 

 そうして情報の確度と危険性を確かめながら歩いてゆけば、それまでの数年の旅があっけないと思えるほどに、わたし達は簡単に魔法使い達の研究施設へと辿り着けたのだった。

 

 何か異臭のする変なものを煮詰める老婆、羊皮紙をガリガリと削る青年、そして見たこともない植物に血のような水を与える老人……。

 タペストリーをくぐり抜けたその先に広がる街は、どこか古臭い造りの家々と、そして異様な雰囲気の人達で賑わっている。

 

「わあ、魔法使いがたくさんいるわねえ」

「……ようやく、着きましたねえ」

 

 長かったような、短かったような。

 わたしとエレンさんは、本探しの旅を初めてから数年を経て、どうにか魔法使いが固まって暮らす都市へとやってきた。

 

「偉大な魔法使いを目指すべく修練に励む、魔法使い達の研究都市……ここでは、外から来た多くの魔法使いや、それにまつわる品々が集まってくるそうですよ。国も裏側では、魔法使いたちを保護、支援しているみたいです。妖魔対策でもあるんでしょうね」

「へー、そうなのー……うん、うん……とっても賑やかで楽しそうね♪」

「だから詳しい人を見つければ……ああ……」

 

 色々説明している間にも、エレンさんの目は道を行き交う美青年の姿を追っている。

 ……人の多い場所に出ると、先生ったらすぐこうなっちゃうんだから……。

 

「ねえねえウントインゲ、あっちの食堂行きましょう! 美味しそうな香りがするのよー!」

「わかりました、わかりましたよー。あの男の人の入ったところですね……」

「そう!」

 

 魔法に関してはとっても優秀な先生も、格好いい男の人を見るとすぐにふらふらしてしまうのだから厄介だ。

 ただ、先生の恋がわたしの知る限り一度も実っていないことには……うん、同情してしまうところもあるけどねぇ……。

 

「……あと、先生。わたしの名前。ここではウントインゲじゃないです」

「はえ? そうだったかしら……? ええと、ごめんなさい。ウドンゲイン……?」

「そうじゃないです。ていうかなんですかそれ。……もうっ、悪い魔法使いに本当の名前が知られると危ないからって、ここへ来る前に提案したの先生じゃないですかっ」

「あ、あはは? そうだったかしら?」

「わたしのことはここではパドマって呼んでください。良いですね?」

「はーい」

 

 色々と不安の種はあるけれど……まぁ、先生の物忘れや男の人にふらふらしちゃう癖も、それを差し引いて尚、エレンさんは優秀で、頼もしい人なのだ。

 悪漢に襲われたり、そこらへんの魔法使いに狙われたとしても、エレンさんがいればどうにかなってしまうだろうという安心感がある。

 

「……エレンさんに守られている今のうちに、調べられるだけ調べておかないとね」

 

 けどエレンさんだって、ずっとわたしと一緒にいられるわけではない。

 何百年でも付き合ってくれるとは言ったけれど、彼女は旅をしながらも魔法のお店を開くべく様々な秘薬や薬草を調剤し、また素材を採集し続けているのだ。

 確かにわたしは魔法使いになりたいけれど、他の人を……エレンさんの作る品々で助かるはずだった人達を見捨ててまでなりたいとは思わない。

 

 エレンさんの足を引っ張りたくはない。

 時間は有限だ。

 ……あと一年も猶予がないくらいの気持ちで、全力でやっていかないと。

 

 わたしはぶかぶかの帽子を深く被り直し、長い銀髪をケープの中に隠して、エレンさんの後を追いかけた。

 

 


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