まず立ちはだかる問題が、建材である。建ってもいないのに立ちはだかるとはこれいかに。そんなことはどうでもいいや。
この時代、もはや樹木などは珍しくもなんともなく、どれもこれも使い放題なわけだが、しかしだからといって、私は木材を好んでいるわけでもない。
もちろん私は日本人なので、和の心とやらを持ってはいるのだが、しかし寿命が八十年ぽっちの日本人と同じ感覚を持っているかといえば話は違う。
私の視野は人間のそれより広く、実に超大だ。誇張しているわけではない。単純に寿命が長い故の影響である。
確かに木という素材は、魔術に適している。そも、生物の素材というものは、魔力を通しやすく出来ているのだ。魔法使いが木製の杖を携えている一般的なイメージは、あながち間違いでもない。
かといって丈夫かといえば別段そんなわけでもなく、木製それなりの強度であり、耐久性であり、デメリットを抱えている。
虫に食われたり、菌に侵されたり、脆くなったり。ある程度の保護をかけていたとしても、元が弱いだけにそういった問題には常に頭を悩まされてしまう。私が作った十三冊の不滅の魔導書並みの術が掛けてあれば話は別だが、あれはあのサイズだからこそ成せるものであって、巨大建造物には適さない。
多少魔力が通りにくくとも、岩。最低でも土。それが、私の思うところの、建築素材のベストであった。
土属性の魔法である程度の加工が効く所も、これらの利点である。
ならば私のすべきことは材料探しなのだが、これがまた悩むものだ。
「土ならいくらでもあるんだけど」
歩けど歩けど、陸地が続く。適度な石や岩はある。木材もある。
しかし何故だか、どれもこれもしっくりこない。
インスピレーションが沸かない、とでもいうのだろうか。
なんとなくの勘ではあるけど、これではない。そんな直感を掴んでしまうのだ。
「うーん」
私はしばらく自分の直感を信じ、この広大な大地を彷徨い歩くことにした。
まぁ、どうせどこにいったところで恐竜はいるのだ。
出会い頭に本を見せて撃退すれば、とりあえずはそれで良い。
材料を探す程度であれば、気長に決めても影響は出ないだろう。
足場の悪い高台を歩いているうちに、崖に出た。
久々に見た、この大陸の海岸である。それにしても随分と広かった。
懐かしの青い海はどこまでも続き、海岸線は遠くの方で白くぼけている。
そこに豊かな緑が加わっているともなれば、私が見慣れていたかつての地球を想起せずにはいられない。
これで更に植物が増えて、魚類が増えて、動物が増えて……そうなれば、きっと私の望む世界がやってくるのだ。
私自身が元々人間だっただけに、人間への思い入れは未だに深く残っている。
今のミイラな姿の私が人間達に受け入れられるとは思っていないが、それでもやはり、いつか未来の彼らの営みを見てみたいものである。
「お?」
崖から景色を見下ろしていると、眼下に見慣れない地形が飛び込んできた。
ここらでは珍しい、白い砂浜。いや、砂ではない。もっと別の、何かによって構成された地形である。
「あれはなんだろう」
私は“浮遊”によって宙に飛び、見慣れぬ場所を目指して舞い降りていった。
「おー」
私が着地した場所は、骨の塚であった。
当然、誰かが人為的に積み上げたものではない。潮流の関係か、海からこの岸に打ち上げられたものなのだろう。
白く大きな骨が無数に積み上げられ、海側を見てみれば、まだ肉のついた真新しい恐竜だか魚竜だかの死体も浮かんでいる。
竜の墓場。誰かが作ったわけではないにせよ。そんな言葉が最もしっくりきた。
「すごいな。これ全部、骨か」
海岸に貝殻が打ち上げられている光景はよく目にするが、今ここにある骨の量は、それの比ではない。
それ相応の年数が立っているのだろうが、それにしたって積み上がりすぎだ。ぱっと見た限りではまるで丘のようである。
しかし、これは好都合だ。
「建材になる」
神骨の杖でもそうだったが、骨という素材は実に多種多様な使い道がある。
魔力が非常に通しやすい上、材質それ本来の強度もなかなかのもの。魔術によって接着や接合ができるので、加工に関しても問題がない。
私にとって生物の骨とは、木材以上に使い勝手のいい万能素材なのだ。
「ふむ、結構でかい骨もある……」
見れば、首長竜なのかしっぽなのか知らないが、長い骨もかなり見受けられる。
長い骨はそれだけで強度があるので、大歓迎だ。柱を作る際にもきっと、大いに役立ってくれるだろう。
よし、決めた。
「骨の塔を作ろう」
石でも岩でも土でもない。恐竜の骨より作り上げる骨の塔。
何十年も材料集めに彷徨ったが、ここでようやく建築素材が見つかった。
膨大な素材が見つかったものの、次はそれの運びだしと、組み上げ、加工である。
私は魔法使いなので、魔力はあっても筋力はない。当然、肩に担いだとしても巨大な首長竜の骨を持ち上げることはできないので、作業は全て魔術で行われることになる。
私は生半可な魔法使いではない。それを今、ここで早々に説明してやろう。
私はおもむろに右腕を前に突き出し、呪文名を紡いだ。
「いでよ、“ロードエメス”」
ローブの右袖に編み込んだ魔術式が光り輝き、魔力が形を成して、線香花火のようにボトリと地面に落ちて、沈む。
すると土の地面は咳をしたように盛り上がり、人以上の高さまで隆起すると、手足の形を整え、体型を作ってゆく。
右腕の袖に仕込んだ、もう一つの魔術式。必要な時にいちいち思い出しながら生成するのが面倒なので作っておいた、“ゴーレム生成”の魔術である。
盛り上がった土の隆起は人型になり、仁王立ちの状態のまま私の正面に現れた。
シャープな鎧を纏った、体長四メートルの土の巨人。戦いに優れ、繊細な作業にも対応し、そしてなおかつ美しい。
このゴーレムの造形には、私と神綺による造形美の全てが込められていると言っても過言ではない。
「ま、やらせるのは土木工事なんだけどね」
私は続けざまに、もう一体のロードエメスを生成する。土と魔力さえあればできる魔術なので、使用を躊躇う理由はない。
ロードエメスは確かに美しいが、私にとっては便利な雑兵でしかない。
彼らにはとりあえず、ここらに流れ込んでいる骨を運んで、建材の骨組み造り方から始めてもらおう。
長い骨、大きい骨、とりあえずそれらを優先して運び、私のラボの土台を作るのだ。
「さらにいでよ、“ロードエメス”!」
昼間のうちにゴーレムを作れるだけ作っておかなければならない。
なにせ夜は、ゴーレムたちの本格的な稼働時間だ。月と星魔術によって稼働する彼らの作業が始まる前に、とにかく数を揃えなくては。