東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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優しすぎる泥濘

 ――良かったね、アリス。いつでも強い人が貴女を守ってくれて

 

 ――これからも、誰かが守ってくれる日々がずっと続くと良いわね?

 

 

 

 メルランは、おどけるような笑みを浮かべて、私にそう言った。

 私は弱く、そしていつも誰かが守ってくれている。メルランは私のことなんて何も知らないはずなのに、けれどその抉るような言葉は、正確に私の心を突き刺していた。

 

「……っ」

 

 唇を噛みしめる。

 涙は流さない。けれど自分の無力さ加減に、どうしようもないほど悔しく、情けなくなってしまう。

 

「アリス、ライオネルさんが呼んでいるみたい。私、魔力の測量なんて初めてだわ。慣れないけれど、頑張りましょう?」

「……はい」

 

 今も私は、ルイズさんに導かれるようにして歩みを進めている。

 魔法が上手で、頭が良くて、尊敬できて……思い起こしてみれば、私はそんな人達のあとにくっついて、今まで生きてきた。それが当たり前だと思って過ごしてきた。

 

 ……けれど、メルランはそんな私をせせら笑った。

 メルランは嫌な魔女だ。失礼だし、少し話しただけではあるけど、性格だって最悪だと思う。

 

 でも、私を皮肉ったあの言葉は、メルランだけのものなのだろうか。

 

 私は……私は、まだまだ半端者な魔法使いなのだろうか。

 

 

 

 

「……というわけで、ここの湖底にゲートが設置されることになる。“恒久的な魔界との扉”自体は私が発動するが、二人にはその補助をやってもらいたい」

 

 ライオネルさんは説明がものすごく下手だし、骸骨だし、なんだか時々ボケているような事を言ったりもする。

 でもこの人は魔界の……たぶん、凄いお偉いさんで、彼の扱う魔法は、私でも理解しきれない程に難解で、高度なものだ。

 個人的に苦手な人だけど、あの恐ろしいドラゴンのブレスを簡単に凌ぎきって、追い払ってしまう実力の持ち主だ。

 最初は胡散臭い人だなって思っていたけれど、“偉大なる魔法使い”を自称するだけのことはあると思うし……メルランやルイズさんも、とても高く評価している。

 

「ライオネルさん、魔線の引き方はこう? 家と工房の縄張りはやったことあるけど、これはちょっと自信が無いわね……」

「ああ、そんな感じで大丈夫。最大輝点が湖底の魔力流の直上にあれば問題ないよ」

「良かった。それじゃこのまま固定しておくわ」

 

 ルイズさんは言わずもがな、まだまだ魔法使い見習いだった私に魔法を教えてくれた人だ。

 おっとりしてて、とっても優しい人だけど、魔法の扱いでは魔界にいた魔人の中でもかなり凄いんじゃないかと思う。旅の合間に書いている魔界旅行記も、非常に魅力的な読み物として有名だ。

 さっきも、メルランに……何かで掴まれていた私を助けてくれたのもルイズさんだった。

 私が困っているとすぐに助けてくれる……本当に優しくて、凄い人。

 

 そして……ブクレシュティの……私が、魔法使いになるきっかけになった……。

 ……ウントインゲさん。ウントインゲさんだって、今思い返してみれば凄腕の魔法使いだった。

 あの時は手伝いをするのに大忙しだったし、知識もなかったけれど……ウントインゲさんが生活の中で軽々と使っていた魔法や、売り出していた商品は、今の私でも再現できないものが多い。

 ……あの人に魔法を教わって、本当に良かったと思う。

 

 ……今、私の周りにいる人も、過去に触れ合った人も、偉大な魔法使いばかりだ。

 

 私も何百年も魔法を研鑽してきた自負はあるけれど、まだまだ至らない所は多いし、不勉強だし……何より、私はいつだって、凄い人達のあとにくっつくように生きてきた。

 

 ……それでいいのかな。

 

 いいえ。

 ……きっと、駄目なのよね。

 

 ウントインゲさんに守られて、ルイズさんに守られて……。

 このままじゃきっと、駄目なんだわ。

 

 今のままでいたら、私はいつまでも未熟者のまま。

 魔法の腕前がどうこうだけじゃない。私はいつか、これから……あるいはすぐにでも。

 一人の魔法使いとして、自立していかなければならないんだと、思う。

 

 ……一人。

 

 一人になって、生きていく……暮らしていく……。

 

 ……怖いわ。

 

 

 

「アリス。アリス?」

「! な、なに?」

 

 気がつけば、ライオネルさんに声をかけられていた。

 彼は既に目の前にいて、生気のない眼窩で私を見下ろしている。

 

「返事がなくて心配したよ。立ちくらみかい」

「……いえ、ちょっと考え事をしていただけ。ごめんなさい」

「なら良かった。じゃあ、今からゴーレムを出してもらえるかな。せっかくだし、作業の一部をアリスのゴーレムにやってもらおうと思ってね」

「私が……えっと。私でも、できるかしら」

「できるとも。魔界の門を水中に敷設するなど、滅多にない機会だ。とりあえず体験してみるといい。きっといつか役に立つはずだ」

「……わかったわ。私に出来ることなら、任せて頂戴」

「うむ」

 

 やったこともない魔法の運用に、聞いたこともないような作業。

 色々と悩むことはあったけれど、私はモヤモヤした気持ちをひとまず脇に置いて、目の前の複雑な作業に打ち込むことにした。

 

「アリス、顔色が少し優れないようだけど……大丈夫?」

「はい、ルイズさん。平気です」

「……そう。無理はしないでね」

「はい」

 

 白っぽい崖に、青い湖。辺りに人はおらず、動物もいない。

 

「……“リトル・レギオン”!」

 

 いるのは何人かの魔法使いと、忠実な兵士ゴーレムだけ。

 

 泥濘の多いブリテンの荒野には、寒い風が吹いていた。

 

 




諸事情により、パチュリー・ノーレッジの年齢を変更した。
変更された主な箇所は「未熟者と田舎者」である。

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