東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 メルランから私への質問。

 それは驚くべきことに、十三冊の魔導書に言及するものであった。

 

 ……ふむ。

 ドラゴンに使った魔法が、虹色の書のどこらへんに書いてあるか……。

 つまり、メルランは虹色の書の存在を知っているということか。

 それだけではない。虹色の書がどのような魔法を扱っているかも把握しているのだろう。

 

 その上、先程はアリスの持つグリモワールを“書”であると推察してみせた。

 存在だけでなく、書そのものを見たことがある。

 いや、きっと読んでいるのだろう。でなければ、ここまで踏み込んでくるはずもない。

 

「……虹色の書?」

「アリスの本と同じ……?」

 

 アリスとルイズは質問の固有名詞をまだ咀嚼しきれていないが、私への質問だ。早めに答えてしまおうか。

 

「良い質問だ。いかにも、先程発動した“離岩竜”は土魔法。虹色の書においては上級魔法に分類され……書で言えば、そうだな……二万ページ以降になるかな。読者の予備知識によってページ数が若干変わるから、なんとも言えないが」

 

 私がそう言うと、メルランは“あはは”と笑い、口元をおさえた。

 

「二万か。それは大変そうねぇ」

「……どんな本よ」

 

 ああ、アリスはまだ十三冊の魔導書を読んだことがなかったか。

 ふむ。そういえば、機能停止した生命の書しかないからなぁ。他の書は“慧智”以外は全て、大改稿の後に地球にばらまいてしまったし……。

 

「ありがとう。まぁ、ほどほどに参考になったわ」

「うむ、それなら良かった」

 

 顔では笑っているが、どうもメルランは心の底から嬉しく思っているようではないらしい。

 

「じゃ、次は私への質問ね? またアリスの番かな?」

 

 アリスが無言でこちらを見たので、私とルイズもまた、黙って頷いた。

 二人の許可を受け、アリスは姿勢を正し、再びメルランへと向き直る。

 

「次の質問よ、メルラン」

「はいはい、どうぞー」

「ここにはあの赤いドラゴンが棲みついていたはずよね。なのに貴女は、この砦に居を構えている。それはどうして? 貴女が……腕の立つ魔法使いであるということは、なんとなくわかるけど。あまりにも危険すぎないかしら」

「んー。そうだねえ、別に危険……って思ったことはないかなぁ? 最初はびっくりしたけど、距離感をわきまえていれば襲われることはないし、逆に妖魔が近づいてこないから楽でいいのよ。この湖は魔力も豊富だしね?」

 

 確かに、立地条件は非常に良い湖である。だからこそ我々もここにやってきたのだから。

 アリスは納得したように、黙々と頷いている。少しはメルランとのわだかまりが解消されただろうか。

 

「じゃ、次は私の番ね。まずはー……アリス」

「ええ」

「アリス、馬と羊だったらどっちが好き?」

「……」

 

 アリスへの質問、好きな動物シリーズまさかの第二弾である。

 さすがに二度目が来るとは思わなかったのか、アリスは少しだけ目つきを険しくしている。

 

「……羊よ。羊毛が取れるし、無駄がないから」

「なるほど? ああ、人形を扱っていたものねえ。なるほど、羊が好きかー。……じゃあ次、ルイズさん」

 

 もうほとんど流すように次にいってしまった。

 

「ルイズさん。貴女達がここにきた目的は何かしら?」

「んー……」

 

 ルイズが答えに窮したまま、私を見た。

 ああ、目的は私が設定したから、私の許可が必要だと思ったのか。

 

「別に言っても構わないよ。隠すことでもないし。魔法使いならばむしろ知っていたほうが良い」

「そう。……私達は、現世と魔界を恒久的に繋ぐために、魔力の豊富な土地を探していたの。この湖にやってきたのも、ライオネルがドラゴンを追い払ったのも、両方そのためよ」

「ふーん……? 現世と魔界を……へえ。悪魔の召喚でしかつながらないと思ったけど……そういうわけでもないのねぇ……」

 

 いい加減、魔界も玄関を広くしなければならないからね。

 

「うむ、まぁそういうこともあって……ああ、これは質問に答えるわけでもなく私が勝手に言う事なのだが。この湖において魔界と現世の接続が完了すれば、湖底にある魔力流が減少するのは間違いない。だから大量の魔力を扱う実験を行っている場合、それが続けられなくなる可能性がある。それだけは先に言っておくよ」

「あらら。ふふ……それってつまり、私も立ち退き対象ってことかしら」

 

 メルランはニヤリと笑うが、魔法使いに対してはそこまで横暴ではない。

 

「今すぐ出て行け、とは言わないよ。準備もあるだろうし、荷運びする必要もあるだろう。それだけのことを済ませる猶予期間を百年までなら作ってもいいし、私が手伝っても良い。便宜は図るとも」

「おー、良いわねぇ。……ま、でも平気よ。そこまで大掛かりな実験をしているわけでもないし、そろそろ砦を離れようかなーって思ってたしねぇ。湖の魔力はお好きにどうぞ? あは」

 

 む? そうか。

 何か実験があるなら一緒にやりたかったんだけども……。

 

「じゃあライオネルさん、あなたに質問してもいいかしら?」

「どうぞ」

「うん。それじゃ遠慮なく。……この書に関わることなんだけど」

「!」

 

 メルランが指を鳴らすと、崩れたレンガの隙間から一冊の本がふわりと浮かび、飛んできた。

 分厚い一冊の魔導書。紫色の表紙が特徴的な“虹色の書”、その本物である。

 

「……グリモワール……それが、虹色の書……」

 

 飛来した魔導書を見て、アリスは身体を大きく震わせ、身構えた。

 

「ライオネルさん。これを書いた人の、最も有名なフルネームを教えていただけるかしら」

 

 ふむ、なるほど。

 これはほとんど、メルランの中で答えが出ていたのかもしれないな。

 

「虹色の書。十三冊の魔導書の内の一つにして、属性魔法の秘伝書。著者は、ライオネル・ブラックモア。私だよ」

「……へえ、そうなんだ。やっぱりね。だろうと思ったわ」

 

 私の答えに満足……いいや。不満でもあるかのように、メルランはどこか邪悪にほくそ笑んだ。

 

「メルラン、今度はこちらの番よ」

「どうぞー?」

「……そう」

 

 メルランはアリスに顔を向けず、私の頭蓋を眺めたまま答えた。

 

「私から貴女に聞きたいのは、これが最後よ。……メルラン、貴女、私の事馬鹿にしてないかしら?」

「んー? ああー……」

 

 静かに怒るアリスを横目に、メルランは気だるそうに唸っている。

 

「さっきから私への質問が適当だわ」

「あはは。私は相手の程度に合わせた質問をしているだけよ?」

「……侮辱ね。それは侮辱というものよ、メルラン」

「侮辱だなんて、心外だなぁ。大人が子供を見下すのは、当然のことじゃあないの。ねぇ?」

 

 メルランは私とルイズに同意を求めるように笑いかけるが、そう軽く同意できる言い方ではない。

 ここまでくると、ルイズなどはさすがに眉をひそめているようだった。

 

「大人の前じゃ、所詮子供なんてオモチャ。貴女の好きなお人形と同じなのよ。ほら、次はこっちの質問よ? アリス。貴女は羊と両親ならどっちが好き?」

「……! 貴女ね……! 両親よ! お父さんとお母さん! ……親は、かけがえのないものだわ。馬鹿にしないで」

「あ、そう? 偉いわねぇ……ふふふっ」

 

 メルランはニヤニヤと笑い、アリスの怒る様子を楽しんでいる。

 ……彼女の笑みの理由が、段々と理解できた気がするな。

 

「じゃ次、ルイズさんね。ルイズさんはさっきから見ている感じだと、アリスの保護者のように振る舞ってるようだけど。ルイズさんって、アリスの実の親なのかしら?」

「え? いえ、違うわよ」

 

 アリスとルイズ。もちろん血縁関係はない。

 人間と魔人。過去と未来。髪の色など似通ったものはあるが、あくまでも他人だ。

 

「あ、やっぱりそうなの。まあ、確かに全然似てないものねぇ。あははっ」

「……だったら、聞かなければ良いのに」

「ごめんごめん、二人ともまるで親子になりきっていたようだったから」

 

 “なりきっていた”。

 その言葉が衝撃的だったのか、アリスとルイズが硬直する。

 

「最後、ライオネル・ブラックモアさんへの質問よ」

「ああ、どうぞ」

「楽しい?」

「うん?」

 

 あまりにも短い質問に、私は軽く首をひねった。

 

「だから。こういう本を作って、ばらまいて。自分より知能の劣る数多の子供や生物を見下して、神様のように偉そうにしているのがそんなに楽しいのかしらって。私は、そう聞いているのよ」

 

 虹色の書の表紙を爪で小突き、メルランが静かに語気を強めた。

 口元は笑っていたが、目は笑っていない。

 

「この本を見るたびに思う。私は偉大と持て囃されるけれど、いつまで学んでも、研究しても、この終わらない本の果ては見えてこない。……私だってね。頂点を目指したいの。でも、その頂点には、絶対に動くことがないってわかりきっている、気持ちの悪い何かが居座り続けているの。あなたにわかる、この気持ちが。雑多な魔法使いたちの、みじめさが」

 

 


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