東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 ドラゴンは傾げた石塔の上にとまり、私を見つめている。

 青い湖は静かにさざなみを立てるばかりで、私とドラゴンの間に満ちた緊張感になど微塵も気付いていないかのようであった。

 

「さて、久しぶり。と言っても、どうせ覚えてはいないんだろうな」

 

 私はウツボの仮面を取り外し、背負った木箱の中に仕舞った。

 ついでに木箱にかけられた“所有権の主張”と“梱包”を起動し、そのまま近くの異界へと放り込む。

 これで、あとは呼び出し魔法を使えば簡単に戻ってくることだろう。

 今はまだ必要じゃない。

 

「この顔を見れば思い出してくれるかな」

 

 私は湖の手前に立ち、ドラゴンの目を見据えた。

 黄色く宝石のように煌めく眼。そして、そこに刻まれた古き魔法陣の跡。

 彼らの身体はほぼ私の趣味によって成り立っていると言っても過言ではない。それは“不蝕”のおかげもあり、今に至るまでほとんど変化していないようだった。

 

「ははは、思い出すわけもないか」

 

 私とドラゴンの関係は、非常にドライであった。

 私は様々な恐竜のパーツをつなぎ合わせ、時には魔法的な手術を施すことによってドラゴンを創り上げたが、その後は私とドラゴンが関わることはほとんどなく、アマノや神綺を介しての関係ばかりだったように思う。

 友達の友達といったところだろうか。それにしたって僅かな意思疎通なども無かったのだから、よく顔を見るけど話すことはない相手……そんなところか。

 

 とはいえ仕方ないことでもある。

 私にはドラゴンの心は読めないし、彼らの心を掴む神々しさも持ち合わせていないのだから。

 

「けどまあ、それで良いんだろう。その方が、今この一瞬だけは都合が良いのだからね」

 

 私は荒れ地から砂と石を巻き上げて、右手に杖を生成した。

 それを見てか、ドラゴンは再び翼を広げて準臨戦態勢になる。

 

 超大陸パンゲアの時代から生き続けてきた人造のドラゴン。

 気高き赤色の十一体目。

 

「さあ、ドラゴンよ。私からの用件は簡単だ」

「……」

「魔界のために、そこをどけ」

「グァアアアアアッ!」

「よろしい」

 

 力比べと、縄張り争い。

 それこそはるか昔から繰り広げられ、本能に刻まれてきた全生命達の言語だ。

 説得も要求も力を示すだけでいい。これほどわかりやすいやり取りもないだろう。

 

 ドラゴンが雄叫びを上げ、声に乗せられた魔力は霊魂を強く震わせる。

 彼らの声は、受け継がれし霊魂に刻まれた竜の歌への畏敬を呼び覚ますのであろう。

 それはきっと、ドラゴンを創り出した私でさえ例外ではないのだ。

 

「しかし、魔法使いは霊魂を守る術を知っている」

 

 言霊も脅しかけも私には通用しない。

 優秀な魔法使いは、己の霊魂の守り方を心得ているものなのだ。

 

「威嚇で終わりかね。“魔力の対流”」

 

 辺りには充分すぎるほどの魔力が漂っている。

 収奪するまでもなく、少し操作してやるだけで私の手元には豊富な武器が転がってきた。

 

「ガァアアッ!」

 

 それを感じてか、ドラゴンが翼を広げてまっすぐこちらに突っ込んできた。

 魔力によって動かされる人造の翼は、通常の鳥類とは全く異なった飛行性能をもっている。

 故にドラゴンは、適当に動かした翼の一搔きだけで、湖を瞬時に渡りきった。

 

「“隔壁”」

「ガッ」

 

 だが、防御魔法を突破するほどの力はない。

 半透明の壁に衝突したドラゴンは体勢を立て直すと、翻って上空へ浮かび、口元に魔力を溜め込んでゆく。

 

「竜の息吹か。おーい、二人ともー、真後ろにいるとちょっと危ないから、避けといてー」

「射線上にはいないわよー」

 

 私が大声を上げると、横からルイズの声が返ってきた。

 

「おっと、そっちか。あ、ルイズー、あとアリスー、いけると思ったらいつでもゴーレムとか魔法で加勢してもいいからー」

「遠慮しとくわー」

 

 いつの間にかルイズは側面にいたらしい。となると、おそらくアリスもそちらにいるのだろう。安全対策はバッチリだ。

 なんて考えている間にも、どうやらブレスは発射されそうだ。

 

 ドラゴンの口が大きく開き、魔法陣が不吉に瞬く。

 

 ドラゴンブレス。

 竜の息吹はあらゆるものを灼熱の中に沈めこむ……そんな、偏見に近い思いから魔法陣として追加した、ドラゴンの中でも最高峰の威力を持つであろう火属性魔法だ。

 

「“無限の土塁”」

 

 私は迫りくる青白い熱の柱を、土魔術によって防御した。

 地面をせり上げ、素早く循環させ続けるという、無駄に燃費の悪い防御魔法である。

 金切り音と共に放たれた白熱は土壁に衝突し、派手な音と土煙を立てた。

 

「おおお、これはなかなか」

 

 単純な熱の魔法などであれば、防ぐのは容易い。

 の、だが……どうやらドラゴンの放ったブレスはなかなか強烈らしく、土塁の循環が上手くいっていないようだ。

 また、魔力干渉が土魔法の操作に悪影響を与えてもいる。このままではあと十秒も立たずに防御魔法が機能不全を起こすだろう。

 良い威力だ。ドラゴン達も長い年月を経て、魔法の実力を上げているのやもしれぬ。

 ……それに、うむ。この威力は少し、他の魔法使いには厳しいかもわからんね。

 

「“土の係留”」

「!」

 

 ドロドロに溶けた土から、硬質な一本の巨大鎖をドラゴンへと射出する。

 ジャラジャラとけたたましい音を立てて放たれた鎖は、ドラゴンを締め付けんと意志を持つかのように空を駆けた。

 ドラゴンは、可能であればそのままブレスによる力押しをしたかったのだろう。

 だがドラゴンの片翼と同じくらいはあろう巨大な鎖が迫ってきては、無視できるはずもない。

 

「さあ飛べ飛べ。“土の係留”はしつこいぞ」

 

 旋回するように高速で飛び周り、どうにか鎖から逃れようとしてはいるが、鎖の速度もなかなかのものだ。

 それにドラゴンが適当に飛べば飛ぶほど、鎖は空中を埋めてゆく。この鎖は一度通った空間からずれることなく、カテーテルのような正確さで伸び続けるのだ。

 あらかじめドラゴンが熱して溶かしてくれたことも功を奏し、ある程度はスルスルと生成できる。

 

「ガッ……!」

 

 やがてコーナリングを誤ったドラゴンの胴体に、土の鎖が勢い良く巻きついた。

 巻きついた鎖はドラゴンの身体を拘束するための最適な形となって固定され、破壊と脱出を困難にする。

 ブレスを吹きかけても、怒り狂って殴りつけようとしても無駄なことだ。

 

「その鎖には既に、充分な量の魔力を込めている」

 

 杖を掲げ、鎖の根本を叩く。

 すると土色の鎖は淡い輝きを放ち、その姿をぐねぐねと変え始めた。

 

「私からのお願いはたったひとつ。“扉を作るまで、ここに戻ってちょっかいをかけてこないこと”。たったのそれだけだ」

「ガァアアアアッ!」

「だからそれまでの間は、大空でコレと遊ぶがいいさ。……“離岩竜”」

 

 長い長い土の鎖が変形し、骨の蛇として生まれ変わった。

 ドラゴン以上に無感情な長大なるゴーレムは、その大きな口にドラゴンを咥えたまま空を飛び上がってゆく。

 

「あまり突き放す必要はないけど、五キロほどは遠ざけてくれると助かる」

 

 途中で何度か破壊されるだろうが、きっと離岩竜ならばドラゴンを遠方へと追いやってくれるだろう。

 何度も再生し、破壊される度に耐性を備え、強く速くなってゆくのだ。ドラゴンにだって限界は必ず訪れるに違いない。

 しかし、できることなら離岩竜と徹底抗戦し、月に居た神族を上回るスコアを叩き出して欲しいものである。

 

「よし」

 

 途中、青空に爆炎や土煙が上がったりはしたものの、少し眺めていればドラゴンの姿も遠ざかって見えなくなった。

 これでひとまずは安心である。

 あとは湖に魔界への扉を作れば、まぁそれで大丈夫……。

 

「“リトルレギオン”!」

「お?」

 

 私が杖を土に還してやりきった感を出していると、どこからかアリスの声が聞こえてきた。

 しかも、魔法の発動である。つい咄嗟に空を見たが、ドラゴンが帰ってきたというわけでもない。

 ではなぜ今、ゴーレムの魔法を……。

 

「逃げ、るなぁっ!」

「うわ」

 

 そうこうしている間に、私のすぐ近くにあった石塔が木っ端微塵に砕け散った。

 下手人は二十体にも及ぶローマ兵ゴーレムたち。すぐ後ろには、怒った様子のアリスまでいる。

 

「――あっはっは、短気な子供だ」

 

 アリスとゴーレム達が追いかけるその先には……特に見覚えのない、空飛ぶ小柄な女の子の姿であった。

 

 土や泥で薄汚れた、ある意味私の着用しているものにそっくりなみすぼらしいローブ。

 緩いウェーブのかかったセミロングのサイドポニー。

 そして、青い瞳はかなり殺気立って追いかけているアリスを見て、面白いものでも見るかのように細められていた。

 

「さっき、向こうの塔から私のこと、見ていたでしょう!」

「んー? かもねー?」

「このぉっ……!」

 

 謎の少女が扱っている魔法は“浮遊”だった。

 術の制御はかなり高度である。ひと目でかなり腕の立つ魔法使いだとわかる。

 

「ここで、何をしていたの!」

「あは、別にー? 何もー?」

「嘘おっしゃい!」

「アリス!」

 

 二人は、というよりアリスは言い争っていたが、異変に気付いたルイズがやってきたアリスを止めに入った。

 ……いや、というよりはアリスの前に出て、あの少女からアリスを守っているのかもしれない。

 

 実際、ルイズは薄く目を開き、正体不明の小さな魔法使いに警戒を露わにしていた。

 

「アリス、後ろに」

「……はい。ルイズさん、気をつけて。そいつ、廃屋の中でじっと何かを窺ってたの」

「わかったわ。危険だから、もう少し下がって」

「あっははは、初対面なのに随分嫌われちゃったなぁー。私悪い魔法使いじゃないよー」

 

 ケラケラと笑う少女に、アリスの表情は秒刻みで不機嫌そうになってゆく。

 柳に風というか、人を食ったような少女の態度が気に食わないのだろう。

 だが、今しがた聞きかじった状況を考えると問い詰めたくなる気持ちもわからないでもない。

 

「貴女、名前は!?」

 

 アリスは四体の指揮官人形を前方に構えながら、至って真面目に誰何した。

 

「んー……」

 

 少女は更にふわりと浮かび上がり、手近な廃塔に腰掛ける。

 

「あは」

 

 そしていたずらっぽく口元を歪め、言ったのだった。

 

「……私はメルラン。ただの魔法使いよ」

 

 

 


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