東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 アリスは無事だった。

 自爆人形の爆発を人形による簡易結界で防御し、事無きを得たそうである。

 その防御魔法が気になったので“ちょっとやってみせて”と言ってみたのだが、ただ一言“嫌い”と言われてしまった。

 私は深く傷つき、三十分ほど山菜を摘みに出かけ、話はそれからのことである。

 

「ごめんなさいね、ライオネル」

 

 戻ってきて最初に謝ってきたのは、ルイズだった。

 その様子はうちの子がすみませんと恐縮するしかない母親のような表情である。

 

「……ごめんなさい」

 

 次にアリス。こちらは不承不承といった感じで、謝れない男の子のような態度だった。

 

 保護者と、小さな男子。

 そんな二人の姿に、正直な所あんまり傷ついていたわけでもなかった私は暫し考え込み、首を傾げる。

 

 ……アリスの性格、子供っぽいなぁ……と。

 

「なによ、あの魔法……あのゴーレム……魔界の扉みたいに、また変なの使ったんじゃないの……」

「こらっ」

 

 一度謝っているのに、未だ決着がついたはずの闘いに文句があるようだ。

 ルイズもさすがにちょっとだけ、……ほんのちょっとだけ強くたしなめている。

 

 しかし、ふむ。変なの使ったんじゃないの、か。

 確かに私の使うゴーレムは、今現在のアリスの魔法と比べてみれば大きく違うところもあるだろう。

 あまりにも常識から外れた魔法を見て、それはおかしいと言いたくなる気持ちはわかるかもしれない。

 調子に乗りすぎた科学は魔法よりもパないみたいな感じのアレである。

 

「でも、本当になんであんなの使えるかわからないんだもの! ねえライオネル、さん! あれって本当に魔法なの!? ズルしてないの!?」

「してないよ。あ、私の使った魔法に興味ある?」

「ちょっと二人とも! その話は後! 歩きながら! 歩きながらにしてちょうだい!」

 

 私としては熱心に食らいついてくるアリスに色々みっしり教えたいことがあったのだが、ルイズとしてはあまり乗り気でないらしい。

 

「ふむ、では仕方ない。歩きながら魔法について話すことにしようか」

「嘘ついたら許さないわよ」

「つかんて」

 

 私は魔法に関してはとても公平だし、厳正だ。

 知らない魔法理論があるというのなら、たとえそれが魔法歴百年の若造であっても発表を聞きに飛んでゆくだろう。

 もしも誰かが月を冒涜しようと宣うのであれば、それがたとえ人だろうが神だろうが妖だろうが関係なく裁きにゆくだろう。

 安心したまえ、アリス・マーガトロイド。

 私は貴女に魔法の真実を語るだろう。

 

 

 

「あの……私から聞いておいてちょっと申し訳なくも思うんだけど、そろそろ魔法の話はやめましょ……?」

「そ、そうね。これからの話をしたほうが良いかもしれないわね」

 

 私が魔法理論について語り始めてから三十分後のことであった。

 これから“自動修繕ゴーレムの魔力枯渇による科学的放電の発生及びノイズの解消法”に入ってエキサイトしようってところで、心底申し訳無さそうな顔をした二人から直々の待ったが入ったのである。

 

「……え、でもゴーレム……」

「あの。ごめんなさいライオネル、さん。……やっぱりその話は、大丈夫だから……」

「まだアリスには……というか私にも少し早い内容だったかもしれないわ。私も、まだ頭に入らない分野だったみたい」

「……そうか」

 

 これは私が大型ゴーレムを動かす上で避けられないいくつかの些細な問題に対する個人的に天才なんじゃねって思った発見だったのだが……。

 まあ、大きな視点から見ればガシャガシャドクロの修復と行動がちょっとスムーズになるという程度の話ではあるけれども……魔法使い二人のあまりの食いつきの悪さにちょっと心がやられそうだ……。

 

「……けど、ライオネルさん。貴方が凄腕の魔法使いだってことはなんとなく……わかったわ」

「おお、そこは解ってくれるのか」

「まあ……私、負けちゃったもの」

 

 夕暮れの中、アリスの横顔は照れているためか、紅潮しているように見えなくもない。

 

「けど、ルイズさんは本当に凄い魔法使いなのよ。ルイズさんなら……」

「あのね、アリス。期待されるのは嬉しいけれど、私よりもきっと、ライオネルの方が魔法は得意だと思うわよ」

「……そんなことないわ」

「そんなものよ」

 

 アリスはルイズに、大きな憧れ、いや、幻想を抱いているのかもしれない。

 その幻想を私が不用意にチョップしたのが、気に食わなかったのだろう。

 

「……ルイズさんだったら、絶対にあの骸骨を壊せてたもの」

 

 あるいは、実際にルイズの実力を鑑みた上で、私の出したガシャガシャドクロを突破することが可能だと踏んでいるのかもしれない。

 先程の闘いが、私の実力の全てだと仮定した上で……。

 

 

 

 ドラゴン。

 ルイズとアリスは魔力が豊富な場所を求める旅を続けていくうちに、彼らの内の一体と遭遇したのだという。

 

 場所は人気もほとんどない鬱屈としたド田舎らしく、うんざりするような泥濘の平原を通り過ぎ、妖魔がひしめく山々を越えた先の湖だとか。

 莫大な魔力はその湖の底に通っており、ルイズ曰く地脈に関わる魔力であろうとのことだった。

 実際にその魔力を直視したり、検査したわけではないとのことだが、周辺地域に漂う精霊やら妖精を見れば、まず間違いないだろうとのこと。

 

 そして詳しく調査できなかった原因というのは、その湖を縄張りとしているらしいドラゴンにあるとのことであった。

 

「魔界でもセムテリアで見たことはあったけど、あれほど獰猛な生き物だとは思わなかったわ。不用意に手を出して消し炭になったという悪魔の話は枚挙に暇がないけれど、まさか自分がそうなりかけるだなんてね」

 

 その時のことを冗談交じりに話しながら、ルイズが笑う。

 辺りは既に夜闇の中に沈んでおり、私たちは焚き火を囲んで休んでいる所であった。

 

「地上のドラゴンは凶暴な連中も多いからねえ」

「噂自体は、周辺国家でもよくされていたのよ。飛竜(ワイバーン)やらドラゴンやらね。けどまさか、本当にいるものだとは思わなかったし」

「私も驚いたわ。真っ赤なドラゴンで……最初見た時は凄く感動したけど、近づこうとすると炎吐いてきて……」

「それでアリスの人形が幾つか燃えちゃったのよ」

「酷い生き物だわ」

 

 あらら、アリスが不機嫌だったのはそのせいか。

 でもドラゴンに襲われて生きているというのは、魔法使いとしては結構筋が良い方だと誇るべきなのだが。

 

 ……ともあれ、赤いドラゴンで気性が荒いか。それはちょっと意外だなぁ。

 

「赤いドラゴンは、それほど凶暴な印象は無かったのだが」

「……色によって違うの?」

「多少ね。赤いのは大抵、ものすごく真面目って印象があるよ。緑は不真面目、青は不遜、白は凶暴……」

「やっぱりろくな生き物じゃないわね」

「いやいや、例え方が悪かった。根っこから悪い生き物ではないんだよ、本当に」

 

 アリスは訝しげだが、そこはフォローせねばなるまい。

 ……いや、うん。確かに白いやつは“こいつ穢れに毒されすぎてるな”って感じだとは思うけれども、他のはある程度……大丈夫だから。

 

「……ねえライオネル。ドラゴンって、どういう生き物なの?」

「うん?」

 

 私がアリスにドラゴンの素晴らしさを説いていると、どこか真剣味を帯びたルイズが控えめに訊ねてきた。

 

「私、ドラゴンって昔から知ってはいたけど、その来歴が全くわからなくて。そもそも彼らの居るセムテリア一帯の生態系からして謎ではあるけど、特に謎が深いというか……」

「ああ」

 

 ドラゴンの来歴か。

 それを語ると……ふむ。なかなか懐かしい記憶を掘り出す必要が出てくるな。

 しかし、悪くない。

 私は彼らを、ドラゴンや恐竜たちの生き方をとても好ましく思っているのだ。

 彼女ら魔法使いに語るのも吝かではない。

 

「良いだろう、私からの仕事を請け負ってくれた二人のためだ。未来ある魔法使いのために、特別に聞かせてあげようではないか」

「えー……また長い話?」

「夜も遅いからね、もちろん全部は話さないよ。だからおとぎ話風に、ドラゴンたちが暮らしていた時代を語り聞かせてあげよう」

「ふふ、楽しみだわ」

 

 期待薄なアリスに、最初から楽しみそうなルイズ。

 観客は二人。充分だ。はてさて、何から話すべきか……。

 

「……よし。ではまず、ここからだ。昔々、大昔。この地球上の大陸がまだひとつだった時代のこと……その大きな大陸には、名も無き巨大な塔が聳え立っていました」

「一つしかないって、どこよそれ……」

「まあまあ。それで、その塔の下には……」

 

 物語として邪魔になるであろう私は排し、あくまで塔とドラゴンと竜に絞った古の物語を、彼女たちへと語り聞かせる。

 アリスはつんけんしつつも耳を傾け、ルイズは目を閉じて情景を思い浮かべながら聞き入り。

 

 そのようにして、我々魔法使いの夜はゆっくりと過ぎていったのだった。

 

 

 


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