東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「どーん!」

「ッ……この、なんて力……!」

 

 私が拳を振り下ろす動作をすると同時に、ガシャガシャドクロも連動する。

 上半身だけの巨大なドクロは私の動きを忠実にトレースし、莫大なエネルギーでもって現実をより強く震撼させるのだ。

 

 今もまた、勇敢なるローマ兵五体が故郷の土に還った。

 残るは二十体だが、陣形はそれまでよりも著しく後退しており、戦意の低下が見て取れる。

 

 ……まぁ、士気低下などは冗談だ。

 人形を操るのは、最奥に控えるアリス・マーガトロイド。

 彼女の鋭い目は未だ戦意を失っておらず、さながら戦を差配する将軍の如く、活路を探しているようだった。

 

「……陣形整列」

「ふむ?」

 

 アリスの正面に展開された指揮官人形が動き、兵士達が大きく陣形を変えた。

 整えられたそれは、二列縦隊。十体と十体で綺麗に分けた形である。

 操作性か、実用性か。彼女なりに、都合の良い形を選択したということなのだろう。

 

 ならば当然、私の攻撃を防げるはずだな!

 

「はい、チョーップ」

 

 準備が出来たなら、受けるのが礼儀だ。

 まずは小手調べ、上から振り下ろされる超重量の手刀に耐えてみるが良い。

 

「! 今よ、カタパルト、撃てッ!」

 

 手刀が振り下ろされる瞬間、二列縦隊が大きく蠢き、変形し、それが一瞬のうちに完了した直後には、なんとガシャガシャドクロの手刀は肘先から粉々に砕け散っていた。

 

「おお?」

 

 思わず自分の腕を見てしまうほど、一瞬のことである。ガシャガシャドクロの腕は木っ端微塵に破砕され、瓦礫と土煙になって散らばっていた。

 それを成したのは、ローマ兵三体を材料に構築された、左右合わせて二台の、大きな投石機(カタパルト)

 どうやら寸前で攻城兵器を作り出し、腕を迎撃したようである。

 

「今よ、第二射! 撃て!」

「わお」

 

 そしてローマ兵は慣れた動きでカタパルトを再装填し、スプーンを引き、息をつく間もない機敏さで二発目を打ち出してきた。

 さすがの私もこれには驚き、咄嗟に左手でガード。

 すると左腕までもが投石によって砕かれ、二の腕からズシンと脱落する。

 

 調子に乗ったは良いものの、ほんの一瞬のうちにこの有様である。

 なるほど、ローマ兵はこのような遠距離攻撃手段を持っていたか。

 威力も高いし出も早い。おそらくカタパルトを構築するための陣形は限定されるのだろうが、優秀な攻撃手段であると評価できよう。

 

「第三射……!」

「しかし、ガシャーン」

「撃……ぅぇええ!?」

 

 ところがどっこい、ガシャガシャドクロは再生する!

 地に落ちた骨が何事もなかったかのように浮かび上がり、腕に接着!

 粉々になってもハイ元通りだ!

 再生して早々に三射目の投石を受けてすぐさま両腕が破壊されてしまったが、防御は成功した! 何も問題はない!

 

「ガシャーン!」

 

 壊されても、はい再生!

 

「イェイイェイ」

 

 すごいぞつよいぞ、ガシャガシャドクロ!

 壊されたって、踊りもこんなに滑らかだ!

 

「で、デタラメなゴーレムばっかり……! 魔法変形、“トレビュシェット”!」

「ほほう、カタパルトを更に変形させて強化か! 面白い!」

「撃てぇ!」

「はっはー、防御!」

 

 先程の投石機形態よりも一回り大きくなったカタパルトが、長いスプーンからより大きな石を、より力強く放り投げる。

 しかし所詮は攻城兵器だ。どこへ投げるかなど本体を見れば予想するのは容易く、そこに腕を向けてやれば多少の威力の上乗せなど誤差でしか無かった。

 手のひらから肘まで貫通した投石の威力こそなかなか目を瞠るものがあったが、こちらに届かない限りには意味がない。

 両腕を粉微塵に砕かれたガシャガシャドクロはすぐさま腕を再生し、それは相手のカタパルトの装填速度を上回っていた。

 

 もしもあの投石によってガシャガシャドクロの肋骨や背骨を破壊できていれば、話は変わっていたかもしれぬ。

 ガシャガシャドクロは両腕の再生こそ非常に早いが、肋骨や背骨などに限っては再生が三倍以上遅くなるのだ。投石のタイミングをずらして防御を追いつかせない工夫ができていれば少しずつ崩すことも可能だったのだが、アリスはそこに至らなかった。

 また、頭蓋骨に至っては修復速度が百倍は違うので、そこを破壊すれば完全撃破もできるのだが、悲しいかなノーヒントである。アリスを責めることはできないだろう。

 

「なによ、この修復速度……ていうか魔力……いや、それどころか……!」

「どーん!」

「わっ……!」

 

 何度か投石による攻防があったものの、相手の装填作業の隙を突いてガシャガシャドクロの手刀が炸裂した。

 二台の攻城兵器は装填作業中の兵士共々粉砕され、跡形もなく土へと還る。

 

「この……!」

 

 破片と土煙の余波はアリスにまで及んでいたようだが、彼女は未だ戦意を湛えた目でこちらを睨んでいた。

 

「絶対負けないッ!」

 

 残るは奇跡的に生き残ったローマ兵二体だけであったが、アリスはその二体の操作を破棄。

 なんと彼女は目の前に展開していた五体の指揮官人形を伴って、勇敢なことに直接ガシャガシャドクロへと飛び掛かってきたのであった。

 

「ほほう! 直接打って出るか!」

「競技場じゃないもの! 私が直々に相手してあげる!」

 

 “浮遊”に似た飛行魔法によってガシャガシャドクロの目線に並んだアリスが、五体の人形に多量の魔力を注いでいた。

 それは見覚えのある魔法。生命の書に記された、明瞭にして高威力の汎用攻撃魔法。

 すなわち……。

 

「いっけぇ! “ファランクス人形”!」

 

 自爆である。

 

「えーそう使う!?」

 

 あまりにも意外すぎてちょっと反応が遅れてしまった。

 アリスの放った魔法は、ゴーレムを激しく自壊させるいわば自爆魔法である。

 だが、それを小奇麗な指揮官人形に使うとは全く思わなかったので驚いた。

 大事に扱っている可愛い人形かと思いきや、いざとなれば爆弾にして全力投球。あどけない少女のバイオレンスな一面。

 

 いやそれどころではない。たった一体のゴーレム爆弾だというのに、腕が二本と胸骨の半分近くが持って行かれてしまった。

 凄まじい爆発力だ。このままでは……。

 

「もういっかい……!」

「させぬわ」

「えっ!?」

 

 二投目の人形爆弾を放たんと振りかぶったアリスに、両腕を失ったガシャガシャドクロが“噛み付いた”。

 背筋を伸ばして“あーん”して“ぱくり”である。

 もちろん歯で噛み締めてはいない。頭蓋骨の後頭部の中にアリスを封じ込めた形だ。

 しかし、それで充分。

 

「ちょっ、これっ、やだ爆発止めっ……!」

 

 アリスが手に持ったファランクス人形は既に起爆状態に入っている。

 巨人とはいえ密室である頭蓋骨のドーム内では、爆弾を遠くに投げることも叶うまい。

 

「いやー間に合わ……きゃーっ!?」

 

 そうして慌てているうちに、頭蓋骨の中で大きな爆発音が轟いた。

 巨大なガシャガシャドクロの目と鼻と顎から爆風がブシューっと漏れ出る姿は、なんともシュールな光景である。

 

「勝負ありー。勝者、ライオネルー……というより、アリスー、大丈夫ー?」

 

 ルイズからの判定が出た。どうやらこの勝負、私の勝ちのようだ。まぁ文句無しの判定であろう。

 まぁ、中にいたアリスは咄嗟に防御魔法くらい展開しているだろうし、きっと無事だろうとは思う。

 

「うわー! くやしいーっ!」

 

 ほれ元気そうな声が聞こえてきた。

 悔しいか。本当に負けん気の強い魔法使いだなぁ。

 

 ……ちなみに答え合わせをしておくとするならば、最後の爆弾は眼窩から放り投げていればなんとか自爆に巻き込まれずに済んでいた可能性が高い。

 咄嗟に飲み込まれてパニックになったのはいただけないな。魔法使いは常に冷静でなくては。

 

 それに、もしガシャガシャドクロの頭蓋骨を一度で完全に破壊しようというのであれば、ファランクス人形の場合……二発か三発同時でなければ難しいだろう。

 最初のロードエメス・アダマンもそうだし、トレビュシェットでもそうだったが、相手の魔法的な強度を推測し、有効な力を選択するための観察眼を養うことも、アリスのこれからの課題かもしれない。

 

 少なくとも、ドラゴンの力量を図る程度の観察眼を備えるのは、急務と言える。

 

 

 


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