東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 その後、何百年かかけて地球を歩き回り、世界中の恐竜達と出会い、観察し続けた。

 さすが恐竜の時代なだけあって、どこをゆけども恐竜と鉢合わせる。

 

 これまでの時代では、地上に生物が存在していなかったり、いたとしても動きの鈍い虫などの巨大生物ばかりであったので、普通に歩いているだけでも何とか素通りできた。

 しかし、恐竜共の速いこと速いこと。

 その上、自らがこの世界で最強の存在だと自負しているためか、とにかく好戦的だ。

 

 当然だ。一回りも二回りも小さい細身の動物がもそもそ歩いているのだ。肉食の野生生物として、襲わない方がどうかしている。

 食らいついてきた連中は大抵、私の硬い身体に挑んで歯を折ったりしているので、こちらに直接の害はないのだが、慎重を期して調査をしている最中に限って襲い掛かってくるものだから、精神的にはたまったものではない。

 この数百年間で、一体どれほどギャアギャア叫んだことか。

 

 大型、小型と、様々な恐竜を見てきたが、“慧智の書”の読み聞かせは、何が相手でも成功していない。

 海を泳ぐ恐竜っぽいワニっぽい何かにも試してみたものの、結果は同じだ。本を見た生物の尽くが、勉強を拒否して死亡している。

 一度に読ませるのが悪いのか、と考えて、細かく区切りながら本を見せた事もあるが、そちらも段々と衰弱し、挙動不審になり、やはり最終的に死ぬところは同じであった。

 

 前々から考えていたことだが、やはり、恐竜の脳では限界があるのだろうか。

 一代で劇的な知能を発達させようなどとは、土台無理な話なのかもしれない。

 近頃の私は、恐竜に“慧智”を与える作戦を絶望視しつつある。

 

 

 

 まぁ、そんなこんなでドラゴンの研究は行き詰まっているのだが、だからといって暇というわけではない。

 むしろこの時代にやってきてからは、多忙の連続であると言ってもいいだろう。

 

 なにせ、私は小さくか弱い二足歩行生物。

 前述した通り、地上を歩けば地上の覇者からつねに狙われるのだ。

 少々過ぎた言い方をすれば、世界が敵に回っているようなものである。

 ゆく先々、出会う者全てが敵。会う者会う者、全てが狩人。

 目線を合わせなくてもこちらに向かって全力疾走する戦闘意欲は常磐の森の虫取り少年を遥かに凌駕し、一対一など糞食らえだと群れを成して襲いかかる様は、世紀末なアーケードモードである。

 

 そう、この数百年は、研究の日々ではない。

 戦いの日々。それでしかなかった。

 

 

 

「戦いとは、虚しいものだな……」

 

 私は小型竜の亡骸の山の上で、不滅の杖を肩に掛けて空を見上げた。

 

 今日もまた、大きな一戦が終わりを告げた。

 三日に一度はこういった戦いに遭遇し、恐竜たちと死闘を繰り広げている。

 死闘といっても死ぬのは必ず向こう側で、私の方に死ぬ要素は微塵もない。

 

 最初の頃こそは“劈く轟音”や“打ち据える風”などで効率良く意識だけを奪っていたが、段々と遊びが混じり、色々な術の実験相手にするようになってしまった。

 生き物相手に悪いとは思うが、こちらも行く先ややるべきことがある以上、穏便なだけの戦いをしてはいられない。

 

 今日は大魔術“土の針山”によって決着した。

 どう足掻いても殺しは殺しでしかないので、その点を言い逃れするつもりは一切ないが、地面から伸びる無数の土の針によって死んだ生物は、通常よりも早く土に還ってゆくことだろう。

 

 

 

「……そろそろ、安心して研究できる拠点が欲しいな」

 

 屍の上から降り、顎を撫でて思案する。

 

 まだここに来てから数百年ではあるが、時間は着々と進み、いつか必ず“絶滅”という名のその時がやってくるだろう。

 その時にまでドラゴンが作れなければ、作戦は失敗。魔界はイグアナとコモドオオトカゲとカナヘビで溢れかえって私は死ぬ。

 

 ドラゴンを完成させるために、私のやるべき事は多い。

 “慧智の書”の強制読み聞かせ旅行だけでなく、もっと他にも、解剖を含めた様々な研究が必要だ。

 そのためには、先ほどのようにすぐに襲われるような状態では都合が悪い。

 何週間と引きこもっていても揺るがないような、頑丈で、要塞のようなラボが必要になる。

 

 少なくとも、ティラノサウルスの群れをガッシリと受け止めることができ、スーパーサウルスの長い首でも届かないくらいの、難攻不落なものでなくては。

 

「うーん、大工事の予感……」

 

 予感も何も大工事を行うのだが。

 

 とにかくこの日、私はようやく、本格的な研究ができる地球上での拠点を作ることに決めたのだった。

 せっかくだから、良い建物を作りたいね。

 

 

 


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