魔法戦、と一口に言っても、文化によって様々な闘いがあるだろう。
ちょっと前は魔族同士による“どちらかが死ぬまで続けられる魔法を用いた決闘”を指していたし、在りし日のフォストリアでは飛距離を競うものであった。
より明文化、洗練されたもので言えばクステイアのゴーレムを用いた競技も魔法戦に当たるだろうが、ルールでガチガチに縛ったものだけに限っても、競技数は多岐に及ぶ。
果たしてどのような魔法比べが待っているのだろうか。
アリスはどのようにして私に迫ってくるのだろうか。
内心、そのような気持ちで彼女のルール説明を待っていたのだが……。
「え? 魔法で闘って、“参った”って言わせたほうが勝ちじゃないの?」
「いやいやいや」
飛び出してきたのは、ルールも何もない、降参があるだけのデスマッチであった。
当然、私はナイナイと手を横に振る。全力をぶつけ合う魔法戦は嫌いではないけども、もう少し公平感が出るようにひねってはもらえないだろうか。
「何よ。この辺りはほとんど人もいないみたいだし、平気でしょ? ルイズさんの“ぼかし”の結界だって張られてるし、気付かれることはないわ」
「うーむ、いや。それよりも競技自体がちょっと単純というか、面白みがなくてね」
「真剣勝負をするんだからシンプルに決まってるじゃない」
やー、まあ、仮定でした話がエレンとルイズの闘いだったし、ごもっともなんだけどね。
「心配しなくたって、寸止めくらいは心得てるわよ。私、魔法の制御は自信があるし」
「……ううむ。文化も何も無く、味気無さは否定できないが……目的のためにはこれが一番か」
今、私とアリスは人気のない平原で立ち会っている。
ローマから北西に続く道の、そこから少しだけ外れた空白地帯だ。
念のためにとルイズがかけてくれた結界もあり、これから私達三人が何をドンパチやろうとも、その騒ぎが大きく漏れることはないだろう。
……仕方ない。もうちょっと最近のクステイアっぽい気風が感じられるかとも思ったのだが、これもゲート設置の一環だ。
真面目にアリスと手合せすることにしよう。
「私は手加減しないし、貴方もしなくていいわ。ライオネル」
と、向かう合う彼女は言っているのだが、当然の事ながら手加減はする。
試合開始と同時に私が“異形の煙”を発動するだけで勝敗がほぼ決してしまうのだ。無味無臭な闘いを更にプレーンにした上、意識を失ったアリスを背負って旅をするつもりなど私にはないし、内心ではルイズだってそうだろう。
「アリスー、ふたりともー、怪我しないでねー」
遠くの方で、結界の番および観戦に回っているルイズが声を張った。
なんとなくだけど、彼女は私よりもアリスの方を心配しているように見える。それなりに魔法が使えるだけに、既に結果が見えているのかもしれない。
「じゃあ、いくわよー。試合開始ねー」
なんとも盛り上がるポイントのないルイズの宣言であったが、向かい合うアリスにとってはわかりやすい狼煙であったようだ。
素で“え? それ始まりなの?”な反応をしていた私とは違い、アリスは手早く魔力を練り、術を構築する。
煌めく魔光。浮かび上がる魔法陣。扱い慣れた魔法なのだろう。アリスは数秒もかけることなく、それを完成させてみせた。
ふむ、なかなか早い構築だ。これならばある程度距離が離れていれば、大多数の悪魔や妖怪を相手に先手を取れるだろう。
「さあ、本場の大地を踏みしめなさい! “リトル・レギオン”!」
メキメキと活きの良い音と共に地面から生えてきたのは、三体の土製ゴーレムだ。
身長は大体アリスと同じ程度ではあるが、それぞれが身の丈ほどもある剣を手にしている。身体も土そのものではなく、押し固められた硬質な、素焼きのような風合いに纏まっていた。
とはいえ、これだけならばただのゴーレム生成。見どころは……。
「ほほう、人形……」
「指揮官よ」
アリスと三体の兵隊ゴーレムの中間には、鉄製のミニチュア鎧を身に纏った可愛らしい人形が腕を組んで浮かんでいた。
サイズにして三十センチもない人形ではあるが、発せられる魔力はなかなかのもの。
どうやら、土製ゴーレムの操作はあの人形を介して行っているらしい。
「見ているだけでいいのかしら? 待ってあげるほど、私は甘くないわよ」
と、しげしげ見つめている間にも相手のゴーレムが動き出した。
アスリートの如く力強い、素早いダッシュである。機敏な始動からして、おそらくあの一体一体が人間の兵士の性能を遥かに上回っていると見ていいだろう。
お互いに距離はある。だがあと五秒もしないうちにゴーレムらが私を斬りかかることだろう。
「それは困るな」
なので、次は私の手番だ。
地面の土から一瞬にして“不蝕不滅の杖”を生成し、それを大地に差し向ける。
「“ロードエメス”」
わざわざ杖からでなくともローブに起動用魔法陣が縫い付けてあるのだが、そこはそれ、なるべくフェアを心がけて一から発動する。
同時に、ほとんどタイムラグもなく作業用土製ゴーレムがニョキリと生えてきた。
「ッ!」
アリスが息を呑む音が聞こえた。それとほぼ間を開けない直後に、私のロードエメスと三体のリトル・レギオンが衝突する音が轟いた。
お互いに土とはいえど、硬化・凝集させた立派な装甲だ。響いた音はそれなりに大きく、向こうの丘に反響するほどであった。
「と、止められた?」
リトル・レギオン達の斬りかかりは見事だった。それぞれが剣を用いてロードエメスの胴と首を的確に狙い、命中していた。
しかしあと一歩だったのだろう。切創はロードエメスを切断することはなく、刃は半ばで食い止められていた。
その上、ロードエメスは三体の突撃の衝撃を、両の足でしっかりと受け止めている。多少ざりざりと土を食いしばり、力負けしそうではあるが……時間稼ぎの盾役としては、“防御成功”と言っても過言ではない結果だろう。
そして、わかったことがひとつ。アリスのリトル・レギオンは、ほぼ自動操縦のようだ。
その自動操縦を成しているのが、アリスの正面にいるあの指揮官人形。
ちっぽけな指揮官人形が行っている身振り手振りが、どうやらこの三体の兵士達を円滑に動かしているらしい。
なるほど、ゴーレム操作の段階的な簡略化か。大局的な立ち位置から集団戦を行うには、なかなか良い操作法かも知れぬ。
「だが、力不足ではないかな?」
「ぐっ……!」
アリスも魔力を注いで食いしばってはいるのだろう。刃を食い込ませたリトル・レギオン達はロードエメスを押し返そうと必死そうに震えている。
だが、こちらには一億夕以上の長があるのだ。加減はするが、このままロードエメスで押し切り相撲をさせてもらうぞ。
「ふはは、さあさあ、一体のゴーレムに力負けしているようだが……」
と、私が若き魔法使いにいじわるしていると、遠くの方で指揮官人形が手を掲げ、振り下ろしたのが見え――。
「撃破」
その瞬間、三体のうち中央の兵士がドロリと溶けて破城槌へと変形し――。
他二体のゴーレムがその巨大な杭を振り切って、ロードエメスを胴から見事に粉砕してのけたのだった。
「――お見事、と言いたいが」
「!」
しかし、残る二体のリトル・レギオンはたちまち崩れ、土へと還ってゆく。
「私はちょっと、ことゴーレムに関しては厳しいぞ?」
破城槌を振り切った二体のリトル・レギオンを倒したのは、なんてことない。
私が新たに生成した、二体のロードエメスであった。ただそれだけのことである。
「……なんで音もなく、そんな頑丈な奴を生成できるのよ」
「さて、今度はこちらの攻城戦かな」
「!」
二体のロードエメスが、敵の取り落とした破城槌を拾い上げる。
急造かつ土製ではあるが、元がゴーレムからの転用なので頑丈さはそこそこだ。使えないこともないだろう。
「さあ、いざ出撃」
「ちょっと、私の戦法を真似しないでくれる!?」
「ふはははは、敵に武器を送るとは愚かなり。我が覇道の前に潰えるが良い」
敵から奪い取った破城槌を腰辺りで抱え、二体のロードエメスがアリスへと突撃する。
アリスはたいそう悔しがっていたが、もちろんこの程度で終わるほど半端な魔法使いではないのだろう。
「怒ったわよ! ここはクステイアじゃないものね……! 限界を超えた人形の軍団、見せてあげる!」
「お?」
アリスの怒気と共に、これまで抑えてきたであろう魔力が迸る。
唸るような魔力は土属性の魔力を刺激しながら地面へと潜り、草のない平原をボコボコと隆起させてゆく。
次々の形作られるゴーレムの兵士達。そしてアリスの目の前に浮かぶ、五体の指揮官人形……。
これは、そうか。なるほど。
「さあ、“リトル・レギオン”! クステイア最強の実力を、今ここに証明してみせなさい!」
「……確かに、軍らしくなってきた」
アリスから発せられる魔力を、五体の指揮官人形が受け止め。
五体の指揮官人形は、それぞれが“十体ずつ”の兵士を擬似操作する。
複雑な戦術を可能とするであろう、指揮官含め五十五体のゴーレムが、私の前に立ちはだかったのであった。
「さあみんな!“道は見つけるか、それとも作るか”よ!」
「ん?」
「全軍突撃ー!」
「その名言ってハンニバルじゃ?」
「突撃ー!」
私がどこかで聞いた名言に気を取られているうちに、破城槌を運んでいたロードエメス達がリンチにあって破壊されてしまった。
どうやらこの闘い、無駄に形式張った上、否応なく長引きそうである。
……楽しそうだから良いけどね!