東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 ローマにはエレンの店がある。

 ふわふわエレン魔法のお店という、主に魔法薬品を取り扱う工房だ。

 当然、場所は今でも思い出せる。人に訊かずとも、二人の先導してエレンの店を訪ねることは容易だった。

 

 ……そこに、まだ店があったなら、なのだが。

 

「廃屋ね」

「何もないじゃない」

 

 私達がエレンの店を訪れると、なんとそこには店がなかった。

 あったのはレンガ造りの古びた廃屋。数少ない窓には板が打ち付けられ、僅かに開いた入り口からは、何らかを醸した際のものであろう異臭が漂っている。

 

「……無いな」

「見ればわかるわよ……まぁ、中で何か作ってるみたいではあるけど……」

 

 どうやらエレンは、既にこの場所を離れてしまったようである。

 私はそれでも諦めじと近隣の住人にエレンの店について尋ねてみたが、誰も彼も“知らない”と返すばかり。

 ……ううむ、当時のエレンの知名度が低いはずはないのだが……ということは、私がローマを去ってから百年以内には出ていってしまったのだろうか……?

 

 匂いの感じからわかってはいたが、付近の住民が言うには今あの建物の中では発酵食品か何かを作っているようだ。

 家屋として整えられてはいないところからして、完全に醸造用の建物として扱われているのだろう。

 

「すまないね、二人とも。どうやら引越したらしい……宛てが外れてしまったよ」

「気にしないで、ライオネル。残念だったわね」

 

 ルイズは慰めてくれたが、アリスの方はどうも逆の気持ちらしく、ちょっとむっとした顔だった。

 

「そのエレン……って人も、魔法使いなの?」

「ああ、そうだよ。少し……移り気なところはあるけども、とても優秀な魔法使いだった」

「む……」

 

 ほほう、彼女はエレンに対抗心でも燃やしているのだろうか?

 

「でも、ルイズさんよりも凄くは無いのでしょう?」

「ああ……」

「ちょっと、アリス」

 

 はは、なるほど。自分の師であるルイズの方がずっと優秀だと言いたいわけか。

 まぁ、気持ちはわかる。可愛いじゃないか。

 

 ……ふむ、しかしルイズとエレンのどちらが優秀か……ねえ。

 そう聞かれてみると、私はルイズの魔法技術について深く知っているわけではないから、ちょっと答えに詰まるな……。

 

「あっ、いたぞ! 変な質問をして回っている、仮面をつけた不審者だ!」

 

 そんなことを考えている間に、通りの向こうから穏やかでない声が聞こえてきた。

 そして私の見間違えで無ければ、今しがた声をあげた人物は兵士風の姿で、手には槍を持っている。

 

「あーもうほら! やっぱり変な風に見られてた!」

「うふふ、視線は感じてたけど、駄目だったみたいね。騒ぎにならないように、逃げちゃいましょうか」

「おかしいな、ローマでも人気のウツボの仮面にしたというのに」

「何で私達までー!」

 

 どうやら聞き込みする私の姿は、兵士にチクられる程度には怪しかったらしい。

 木箱を背負った長身のウツボ仮面が廃屋の由来を尋ねているだけでこの仕打ちである。

 という冗談はさておき、私たちは適当な魔法で追っ手を撹乱させながら、無事に警戒網を突破したのであった。

 

 

 

 今、私たちはほとんど人の通らないローマ郊外の橋の上にて、軽い昼食を摂っている。

 アリスは平たい丸パンを、ルイズは小ぶりのリンゴとオリーブを齧っているようだった。

 二人とも食事なども魔力で補うことができるタイプの延命魔術を習得しているのでほとんど食事を必要とはしていないのだが、それでも吸収できないというわけでもないし、現地の食事情は気になるらしく、旅の道中では頻繁に買い食いをしているのだとか。

 

「話を戻そうか。エレンとルイズ、どちらの魔法が優秀か、だったね」

「ええ……」

「ふむ、優秀と一口に言っても、色々な尺度があるからね。なんと説明したらいいものか……」

「強さ。魔法で戦った時の強さだったら、どうかしら」

 

 ほほう、アリスは魔法戦に興味がお有りか。

 

「私は、戦いのために魔法を使うことはそんなに無いけれど……?」

「でもでも、前に妖魔に襲われた時なんか、ルイズさん凄かったじゃないですか! 素早かったのに、全然避けきれないような光がバーって……」

「うーん、二人の戦意は置いておくとして、習得している魔法にもよるから一概には言えないけども……長期戦になれば、ルイズの勝ちの目は非常に高いと思う」

「あら、そうなの?」

 

 エレンはそもそも必要最低限の魔法しか使わないのだから、そもそも戦わないというのは無しにしてだ。

 それを差し置いて闘った場合、エレンには先天的な静電体質があるので、魔法を多用できないという致命的な欠点がある。

 なのでルイズは防御や回避に専念すれば、きっとエレンに打ち勝つことも可能だろう。

 

「ただ、エレンは魔法を使おうと思えば非常に高い次元で扱うことができる。それはきっとルイズよりも上だと思うよ」

「ええ、そうなの……? 本当?」

「嘘をついたってどうにもならないからね。早期決着がつくとすれば、それは間違いなくエレンの勝ちで終わるだろうさ」

 

 つまり短期決着ならエレン、長期戦なら確実にルイズに軍配があがるということだ。

 ただこの勝敗がほとんどエレンの体質に左右されているので、総合的に評するのであればエレンの方が魔法使いとしては優秀と言えるのかもしれない。

 

「……じゃあ、私だと全然駄目ってこと?」

 

 どこか探るような声色でアリスが訊ねる。

 

「ふむ、アリスの魔法……と言われても、ピンとこないのだが」

「じゃあ、だったら! 一度私と勝負してみましょう? ライオネル! あとルイズさんとも! そうすれば貴方もきっと、考え直すと思うわ!」

 

 なんだか凄く嬉しそうに提案してるけど、もしかしてアリス、それ言い出す機会をずっと待ってたりした?

 

「ごめんなさいね、ライオネル。クステイアの試合にどっぷりのめり込んでから、アリスってばこういう事が好きになっちゃって……」

「ああ、平気平気。……んー、まあそうだなぁ」

 

 どうやらアリスは、どうしても自分やルイズが強いことを私に認めさせたいらしい。

 かなり話が脱線しているし、私は自分の予想が正しいとは思っているのだが……しかし、悪い考えではないかもしれぬ。

 

「ふむ、良いだろう。……これからドラゴンと遭遇する危険性があるんだ。それを前に二人の力を見ておこうか」

「言ったわね。賽は投げられたわよ、ライオネル」

 

 いやしかしね、なんでそう常に攻撃的なのかなアリスは。

 

 


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