東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 常世の神の本拠地を目指す旅が始まった。

 終着地は駿河。

 宗教の本拠地ともなれば、それは聖地扱いであろう。教祖がそこから逃げることは、有り得ないと考えて良いはずだ。

 

 不尽河にて、全てが決着する。

 手先である覡どもは私を狙っているようなので、この旅にはある程度の危険が伴うだろう。

 元より一人で解決するつもりだったが、同伴者は連れていけない。また、旅程も不安定なことから馬も難しい。……いざという時、犠牲にしたくはないという理由もある。

 

「……害虫、か」

 

 山裾の静かな川辺にて、グラディエーターサンダルの紐を強く結び直しながら、一人呟く。

 

「害とは甚だ心外だが……ふ。大和の枠組みに居座らなければ生きていけないことには、変わりないか」

 

 ここは、大和は私の流刑地のようなもの。

 淘汰され、淘汰され……最後にやってきた小さな箱の中だ。

 

 益をもたらすが、そこに寄り添ってしか生きることのできぬ脆弱な虫。

 ある意味私は、(かいこ)のような生き物なのかもしれん。

 

「っはは。揚羽(あげは)に、蚕か」

 

 ……なるほど。つまり多にとって、私は同じ葉についた虫けら同士というわけか。

 面白い。良いだろう。ならば虫同士、どちらが強いか決着を付けようではないか。

 

 

 

 野を駆け、山を駆け、不尽(ふじ)を目指す。

 

 だがそれも順調にはいかない。旅の最中には、常世の神を崇める覡たちが幾度も立ちはだかってきた。

 

 人を辞め、不死身の肉体を手に入れた愚かな覡の群れ。

 それは私にとって妖怪とは比較にならない程度の弱兵に過ぎなかった。

 だが、どうにも連中は私の行動や目的、闘い方などを……何らかの呪術によって共有しているらしく、闘う度に様々なものが対策され、鬱陶しさが高まっていった。

 

 まず、私の姿が割れた。仮面、服装、武器。それらがいつの間にか、連中に筒抜けとなった。

 次に闘い方だ。私が薙刀を主として闘っている事を見越してか、連中は長槍を持ち出してきたのである。……それらのほとんどは、問題なく両断してやったが。

 しかし最も問題なのは、とにかく数が多く、夜でさえ構わず襲い掛かってくることだろう。

 ただでさえ露営中は妖怪が邪魔をしてくるというのに、覡は妖怪に襲われないためか、構わず現れ寝首を掻こうとする。

 

 それ故、私は旅の途中までは律儀に街道を利用していたのだが、すぐに整備もなされていない野山を移動することになった。

 

 なに、自然豊かな大和の山だ。食うものには困らないし、私の身体能力であれば負担にもならぬ。

 

「ォオオ! どこだ! 奴はどこにいる!」

「醜い害虫共め! どこに隠れた!」

 

 ……たとえ、夜毎に麓から喚き声が聞こえてこようとも。

 以前は私が守るべきであった人々の、変わり果てた醜い姿を見ようとも。

 

 私は多を討伐するために、駿河を目指し続けたのであった。

 

 

 

「……ここ、だな」

 

 雄大な山を目指し、後は河を目指せば良い。

 大雑把な旅程ではあったが、私の想定を超えるほど簡単に、目的の場所は見つかった。

 

 街道沿いに無数に立ち並ぶ、粗末な祠。

 耕作が放棄され、畑の跡地に植えられた橘の樹林。

 

 そして……辺りに漂う、不穏な……不気味な気配。

 

 霊力ではない、妖怪が発するであろう邪悪なそれを感じ、私は仮面の奥で眉を顰めた。

 

「酷い、場所だ」

 

 地域全体が、神を篤く信仰している。

 ……そう言えば聞こえは良いだろう。

 だが私の目に映るのは、その全ては人のためでなく、神のために作られたものにしか見えないのだ。

 

 特に、畑でさえも橘に変えるなど、狂気の沙汰だ。

 食用として使えないこともないが、橘のみなど……有り得ない。

 

 それに、何よりも。

 

「この夥しい数の、空を覆わんとする蝶の群れ……」

 

 駿河の空に飛び交う、無数の蝶だ。

 淡黄色と黒に彩られた蝶たちが、まるで蝗害でも起こすかのように、空を支配していた。

 

 これだけいるのだ。奴らを好んで捕食する鳥の姿も多いだろうと探してみたが、しかし鳥は不自然なほど見られない。

 

「……ッ!」

 

 いや……いた。

 鳥が……橘の枝によって全身を串刺しにされたカラスが、路傍に遺棄されていた。

 

 ……常世の虫に害を成す鳥たちは、こうして狂信者達が駆逐しているのだろう。

 ……いよいよもって、まともではないな。

 

 家が立ち並び、栄えてはいるが……出歩く人の姿はほとんどない。

 鳥も、騒がしい虫もいないために、不気味なくらいに静かな町。

 

 幼虫の蠢きと、蝶のはばたきだけが支配する……沈黙と狂信の町。

 

「ォオオ……ォオオ……」

「!」

 

 ……そして、いざ人を見つけてみれば……そいつは既に、全身が爛れた人外……覡ときたものだ。

 私は寂れた民家の影へ咄嗟に身を隠し、仮面の中でため息をつく。

 

「……多め。一体、何を考えている」

 

 常世の神の信仰。

 それは、金儲け、または国家転覆を目論んでの宗教だと、私は想像していたのだが……この総本山の様子は、明らかに異常だ。

 私のやるべきことは変わらないが……どうも、嫌な予感がする。

 

 


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