謎の飢饉を調査するために、私は大和方面へと歩みを進めていた。
馬は無かったが、走ればそれなりの速度は出る。少々目立つ勢いではあろうが……事は急を要するかもしれない。
私は己の力を出し惜しみすること無く、日夜を通して駆け続ける。
その甲斐があったかはわからないが、私は何日目かにひとつの集落へとたどり着いた。
そこは大和と淡海の中間に存在する宿場町のようなものであり、豊かな農地も多いことから、比較的人口の多い地域でもあった。
「ふむ……人は、多いが」
いくつかの家屋が集まる場所や川辺には、人の姿が見られる。誰も、特別飢えているというわけでもないようだ。
農地もざっと見渡してみたが、不作などという様子は無い。収穫を終えた後の藁束が堆く積まれているのを、私はこの目で確認している。
……だからこそ、奇妙であった。
「足りないねぇ、何もかも……近頃は本当に、困ったもんだよ……」
「ここはまだ凶作というほどでもないけどな……他はどうしたものか……」
「ここじゃあ、私達のお祈りが、神様に届いたのかもしれんねぇ」
確かに、ここの者は特別飢えてはいない。
だが、物資の減少や物の値上がりなどは真実であり、ここ以外の場所での凶作、不作などは本当かもしれない、とのことであった。
……奇妙な話だ。
不作が事実だとすれば、それは限定された地域に留まるはずがない。
雨にせよ寒気にせよ必ず大規模な範囲に広がるであろうし、となればここだってその影響は免れないはずなのだ。
……聞き込み相手が嘘を言っているとは思えない。
だが、私は相手が皆、真実を語っているようにも思えなかった。
「父様、父様ー」
私が下流の川辺で足を洗いでいると、小さな子供があぜ道を走っていくのが見えた。
その手には何かを大事そうに包み持っており、表情は喜色に満ちている。
「ふっ」
何か、蛙か……いや、珍しい小蛇などでも見つけたのかもしれん。それを親に見せて、驚かすなりしようというのだろう。
……子供は、いつの時代も変わらぬものだ。
まぁ、大抵ああいった手合の“捕り物”は、父であれ母であれ、喜ばぬものと相場は決まっているのだが……。
そんなことを考えているうちに、子供は父親の下に辿り着いたらしい。
父親はこのあたりで朽ち木を拾い集め、ゆるりと冬備えをしている最中であったようだ。
私は薄布で濡れた足を拭きつつも、その団欒の様子を密かに見つめていた。
「なんだ、どうした? そんなに急いで……細い枝を拾ってこいと言っただろう」
「これだよこれ! 見ておくれよ!」
「これって……うお!」
はてさて。
子供が持ってきたものは、どんなゲテモノやら。
「……良くやった! おお、良くやったぞ!」
「へへ……!」
……ん?
……なんだ、あの父親の喜びようは。
まるで、子供が砂金でも拾ってきたかのような、大げさなものだが……。
「間違いない……これこそ
……常世の、神……?
神、とは一体なんだ? 何の話だ?
いや、そもそも一般には仏教が広まりつつあり、それまでの神は廃れているのではなかったか……。
確かに、この島国から既存の全ての神を消すことなどは不可能だし、我々も特別、仏教を推し進めるために暴力的な排斥行為には乗り出さなかったが……。
しかし、あの父親の熱狂ぶりは一体……。
「おーい! お前たちー! さっさと祠の前に集まらんかぁー!」
私が不思議に思っていると、村の方から親子に向けて、大きな声がかけられた。
声をかけたのは草染めの服を着た、年老いた男である。そいつは両手に素焼きの食器類を持ち、皺だらけの顔にいっぱいの喜色を表している。
「祈りが通じたのだ! 我らの祠に、また新たな財が入ってきたぞぉ!」
……。
歓喜する老人。それに同調するように飛び跳ねる親子。
一見すると幸福で、希望に満ちたやり取りではあるが……。
私は彼らのその反応に、一抹の不気味さを覚えずにはいられなかった。
「なんだ……これは」
私が急いで履き物を整え、彼らの集落へ戻ってゆくと……集落の中央にあった粗末な木製の祠の前では、既に宴が始まっていた。
大量の酒。大量の食材。そして、真新しい生地の山。
祠の前には一目見て“財”とわかるものが多量に積まれ、この宴においては、その一部が惜しげもなく使われているようだった。
「いやぁめでたい! いや、これでこそ
「最初は皆、渋ったものだが……こうしてやってくる財を見れば、誰もが信じようというもの! めでたいな!」
「次は更に倍は喜捨せねばならんな!」
「おお、まさに! それは良い!」
どこにでもあるような平凡な集落に、突如現れた財の数々。
その豊富な食材によって催される、季節外れの宴会。
「しかし今こうして財がやってきたのも……
「えへへ……そんな、偶然だよ……おいらが見つけたのは、たまたまで……」
そして宴の中心にある小さな祠の中には……ニワトコの枝葉にしがみつく、小さな……そう、それこそどこにでもいるような……極々平凡な、芋虫の姿があった。
「――ォオ、ォオオ――」
私はその一瞬、芋虫と視線が交わったような錯覚と……。
……芋虫の無機質な唸り声を聞いたような、そんな気がしたのだった。