東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 遺品は守られたが、賊であろう邪仙はどこかへと消えた。

 あの女がどのような企みを持ってあれらを盗もうとしたのかは……謎である。

 結果として斑鳩宮に残されたのは、太子様含む三人の遺骸のみ。

 

 ……私はこの日、またもや、自らの主君を失ったのだ。

 

 太子様の死は、私のような近い人間達に伝えられた。しかし、それはいずれも太子様の“事情”を知る、有力な豪族や冠位持ちにだけである。

 死は影武者の“男の”太子様へも伝えられたが、太子様が遺された文には影武者を立てたまま、表向きには存命という形で対処された。

 これは、太子様が存命中に遺された命令を忠実に守った形である。あの方は自らの死でさえも、何らかの好機として活用されるのだ。影武者が表向きの死体を見せるために命を断つのは、その後になるだろう。

 

 ……邪仙の零した言葉の多くは、一顧だにしていない。

 当然のことだ。心が堕落した仙人の言うことなど、一体誰が信じられようか。

 斑鳩宮には三人の死体が遺されていたが、邪仙が潜んでいた、あるいは逃げていた時の痕跡は全く見つからなかったのだ。あれを見ては……さすがの私も、何か悪い夢でも見た気分になってしまったが……。

 

 ……結局、太子様の死因は……闇の中である。

 

 

 

 邪仙が現場に残した品々……壷、大皿、そして七星剣は、影武者が死ぬよりも先に蜂岡寺の廟堂へと納められた。

 蜂岡寺の一角を占める、質素ではあるが立派な廟堂である。

 この寺の中の中であれば多少は護りもあるだろうし……何よりもこの廟堂に限っては地中深くに存在する上、幾つかの仏の品で固めてある。

 いくらあの邪仙が強い力を持っていようとも、地獄を司る霊験に守られては手出しはできまい。

 太子様縁の品々の殆どは地上からも、そして地下からも決して盗み出せないよう厳重に埋葬されたのだ。

 

 ……邪仙は、時に遺骸に偽りの命を吹き込むのだという。

 ……もし、万が一。太子様がそのようなことになれば……これは、大和にとって悪夢以外の何者でもない。

 

 太子様。貴女は真によく働かれた。

 やや急すぎる別れではありましたが……どうか、安らかにお眠りいただければと思います。

 ……貴女であれば、“悟り”とやらもひらけるやもしれませんな。

 

 

 

 ……大切な人を失い。

 

 居場所が狭まり。

 

 だがそれでも、私は生きている。

 

 気心知れた同僚がまた一人、この世を去ろうとも。

 政変の予感が次々に押し寄せようとも。

 新たに飼い始めた馬が、老衰によって倒れようとも。

 ……太子様の影武者が亡くなり、都が季節外れの悲しみに包まれようとも。

 

 私は生きている。

 死ぬことはない。

 私の寿命は、まだまだ訪れることはない。

 

 ……僅かずつ、己の身が老いている……という、実感はある。

 だがそれは、あくまで年若い男が一年を過ごした後のような、その程度の微々たる変化でしかなく……。

 それはつまり……その遅々として進まぬ老い方は、周囲に“不死”を連想させる程のものであった。

 一時期は面を取り払った私であったが、老いることのない姿は再びの迫害を招く。私は再び木工に傾注し、黙々と……もしくは、太子様を失った悲しみでも紛らわすかのように、作り続けた。

 

 猿の面。男の面。女の面。翁の面。妖怪の面……。

 宮廷では一線を退き、財務から離れている。私はどこか上の空な気持ちで、面を作り続けた。

 

 何故作り続けているのかは、わからない。

 かつて、太子様が面を彫っていた私に冗談めかして“私のためにも一つ作ってもらいましょうか”と言っていた言葉でも、想い続けているのだろうか。

 

 ……まぁ、もう、どうだって良いことだ。

 私はもう、仕えるべき人を失ったのだ。

 

 太子様の遺された言葉は、全て忠実に果たしたはずである。

 後はこの私が……素顔を知られれば“妖怪”と罵られても可笑しくはないこの私が、機を見て大和を離れるのみ。

 既に秦氏もそれなりの地盤を得た。現状、私に出来ることなどそう多くはない。

 

 ……大和は、順調だ。

 様々なものを失い、感傷的になった私がそう胸を張って言えるのだ。間違いはあるまい。

 

「……また、どこかへ……往かなければな」

 

 紫色の蝶が庇の下で舞い踊り、山を目指して去っていった。

 

 


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