ルイズの屋敷に入り、廊下を進む。
屋敷はそう広いものではない。調度品を三つほど眺めているうちに奥まった部屋へと辿り着いた。
「アリス、ライオネルが来たわよ」
「ええ……」
なんかドア越しに凄く不服そうな声が聞こえたんだけど。
「まぁ、報告だし……どうぞ」
部屋に入ると、そこでは揺り椅子に腰掛けるアリスが人形の修繕を行っているようだった。
人形のように整った金髪。鮮やかな青色のワンピースに、白いケープを羽織っている。以前見たときと同じ、可憐な少女のままだ。
彼女にかかった“不蝕”は、しっかり機能しているらしい。魔法使いとしての長命にほころびは出ていないようで、何よりである。
「やあ、アリス」
「久しぶり、ライオネルさん。これ直すのが最後だから、もうちょっと待って貰えると……」
「ああ、そのままで良いよ。針仕事は集中しないとね」
「ありがとう」
遅れてきたのは私の方だ。暇つぶしにやっていた作業を中断させるのは忍びない。
「ライオネル、お茶は?」
「いや、お構いなく」
外ならともかく、人の家を汚すわけにはいかない。
私は用意された一番質素な椅子に腰掛け、ついでに傍らに背負っていた木箱を降ろした。
「さて。話を聞きたいところだが……まぁ、まずはお土産だ。私が地球の大和という島国で手に入れたものだよ」
「あら、何かしら?」
私は木箱から神綺にもあげたソを取り出し、二人に渡した。
この時ばかりはアリスも興味を持ったようで、キリの良いところで人形を脇に置いている。
「あら、美味しい。乳製品ね。甘さは控えめだけど……蜂蜜があると良いかも」
「んむ。……紅茶に合いそうだわ」
ルイズもアリスも、ソの評価はなかなか高めのようだ。
しかし、日本の高級菓子であるのに、反応は西洋チックなもの。
まぁ、確かに洋菓子と言われてみればそれに近い趣があると言えるだろう。
日本の古い菓子が洋菓子っぽいというのも、どこか面白いものである。
「ねえライオネル。そのヤマトっていうのはどこにあるの?」
「んー……どこと言うべきか。いや、それよりも二人はどこへ行ったんだい」
「あ。そう、ね。先にそれを話すべきだったわ」
“ごめんなさい”と前置きして、ルイズは一拍置くようにお茶を啜った。
「……私達は、地球に出てまず……きっと、本当に果てしない青空を見たんだわ。魔力は薄いけれど澄み切った、綺麗な空。雄大な山脈。海……」
「ルイズさん、話逸れてる」
「あ。ごめんなさい、つい……」
……結構しっかり者な印象だったけれど、ルイズは旅が絡むと少しおっちょこちょいになるのかもしれない。
「……先にね。アリスの故郷を訪れてみたのよ」
「ほう?」
「というよりも、私達が最初に出た場所がそうだったのかもしれないわ。色々と探索してみたら、アリスの聞き覚えのある地名も見つかったし……」
「ええ、ローマにも行ったわ。ライオネル、貴方、ローマを知らないでしょう? ローマは良かったわよ」
アリスが得意げにローマ自慢してくる。何か、向こうで良い思い出でも出来たのだろうか。
とてもではないが“行ったよ”とは言い出せない雰囲気である。
「ローマもそうだけど、段々と西に向かって探索していったわね。なるべくひと目につかない地域を求めて、ほとんどローマの足跡をなぞる形だったけれど……」
「ルイズさんは、人の多い場所に行きたがっていたけれどね」
「……少しくらい良いでしょ。アリスも楽しんでたじゃないの」
「……そうね」
「全くもう」
ふむふむ。なるほど、つまりはヨーロッパの方を探索していたと……。
つまり、地理的にはローマの東側にアリスの故郷……ブクレシュティがあるのだろうか。覚えておくとしよう。
「それで、二人は最終的にどこに辿り着いたんだい。人気の少ない魔力の安定した場所というのは?」
「ええ、その事なんだけどね……」
主目的の話を切り出してみると、ルイズもアリスもそれまでの楽しそうな顔を、一転して顰めさせた。
特にアリスは、静かな怒りにも似た魔力を漂わせているようにも見える。
「……あるにはあったわ。当分は、人も動物も近づかないと思う。けど、そこには問題もあって……」
「ふむ? 問題?」
「厄介な先客が、そこに居たのよね。……その先客さんに近づきすぎたせいか、私とアリスは危うく命を落としかけたくらいで……」
「ええ……」
二人が命を落とすとなると、相当な危険度ではあるまいか。
アリスはともかく、ルイズはかなり手練の魔法使いのはずだ。彼女を追い詰められるような存在なんて……。
「あの赤いドラゴンさえどうにかできれば、扉に相応しい場所だとは思うんだけど」
……ああ。そうか。
また、ドラゴンか……。