東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 大和でのほほんと過ごしていた私であったが、ある日、魔界からメッセージが届いた。

 

 それは天から舞い降りる、一通の手紙。

 私はそれを手に取り、封蝋を見た。

 

「ふむ」

 

 空からフワリと降り立ったのは、私が作った魔法の便箋である。

 これは地球の近くに存在する時、自動で私に近づいてくれるような魔術がかけられている。

 便箋の裏面には“サリエル”と書かれていたので、彼女が私にメッセージを届けてくれたのだろう。

 封蝋も彼女のものだ。誰かのいたずらというわけではなさそうである。

 

「……ほう」

 

 手紙を開けてみると、そこには魔界の近況が書かれていた。

 定期的な連絡……という意味もあるのだろう。やれ魔都はどうだ、魔人たちはどうだなど、色々な事が記されている。サリエルのマメな性格が出ているようだ。

 しかし、私の目は後半の部分で止まった。

 

「む、見つけたか」

 

 それは、地上に出ていたルイズとアリスが一旦魔界に帰還したという報告だった。

 どうやら、地上で“恒久的な魔界との扉”を開くに相応しい環境を見つけたようである。

 

 人の入る環境ではなく、そして魔力が豊富。

 正直、そのような場所はそうそう見つからないだろうと思っていたのだが……どうやら二人は、見つけてしまったのだそうな。

 

「気になるじゃないか」

 

 果たして本当に立地条件が良いのかどうか。

 そして、時を経てアリスはどのように変化したのか。

 大和へ来てから変化の少ない生活を送っていたが、色々と気になることが出来てしまった。

 

「……ふむ。いい機会だし、戻るか」

 

 積もる話もいくらか出来た。

 ここらでひとつ日本生活を切り上げて、魔界に戻ってみるとしよう。

 

 

 

 魔界へ戻るとは決めたが、即断即決で魔界への門を開くわけではない。

 私は数日間はそのまま魔道商人として過ごし、水物な在庫を現地で売り払った後、河勝と会うことにした。

 河勝は近頃忙しい様子ではあったが、私との関わりが薄くなったわけでもなく、わりと頻繁に顔を合わせている。なので、再び見つけ出すこともそうそう難しくはなかった。

 

 私がこの大和で別れを告げるに値する人物といえば、彼一人だけである。

 よくよく考えてみれば寂しいものであるが、まぁ、人間なんてそんなものだろう。

 

「どうした静木。お前からの話とは、随分珍しいじゃないか」

 

 今日は少々雨が降っていたので、私たちは大通りの入り口を跨ぐ大きな門の下で待ち合わせをした。

 待ち合わせ場所にいた河勝は、いつもと同じ白装束。そして猿の面をつけ、脇には薙刀を抱え持っている。こうして最初とほとんど変わらない姿を見ると、なかなか安心できるものだ。

 

「うむ、来てくれてありがとう。実は、暫しの別れを告げようかと思ってね」

 

 私が一切隠さずにそう言うと、河勝は言葉を発すること無くピタリと動きを止めた。

 

「……驚いたな。てっきり、静木はここに居つくものだと思ったが」

「ああ、まぁそれなりに気に入ってはいるんだけどね。嫌いになったというわけではないよ。もちろん、二度と戻らないというわけではないし、所用が済めばすぐに戻ってくる」

「そうか、それを聞いて安心した。なら、良かった」

 

 どれほどここを離れるのか。いつ帰ってくるのか。

 河勝はそんなことも聞かないうちに、安心しきっていた。

 

 ……まるで、いつまでも待てる……とでも言いたげな様子。

 ……彼にとって、いずれ帰ってくる人を待つということは、そういうことなのだろう。

 

「……河勝。暫しの別れになるので……これを貴方にあげようと思う」

「む?」

 

 私は背負った木箱を弄って、中から二つの小道具を取り出した。

 

「これは……扇?」

「そう、扇子だ。効率的に風を起こす道具……まぁ、それは流石に知っていたか」

 

 私が彼に手渡したのは、二つの無地の扇子である。

 

「以前、河勝は言っていただろう。熱気や寒気を弾く扇が欲しいと」

「……た、確かに、言った覚えはあるが……おい、まさかこれは、そのような?」

「うむ。それはただの扇子ではない。風を起こせば熱でも寒さでも吹っ飛ばせる、立派なマジックアイテムだ」

 

 彼はチルノとの闘いで随分と苦戦しているようだった。

 空に浮かぶ相手が常に遠距離攻撃をし続けてくる状況では、防戦一方になるしかない。だが、私としてはそんな理不尽な闘いを見るのは嫌だったのである。

 

 はっきり言って、河勝がつまらないことで苦戦する姿は見たくないのだ。

 彼は私を負かした、最初の人間なのだから。

 

「それがあれば、貴方は様々な妖怪を討ち滅ぼすことができるだろう。存分に使うと良い」

「……ありがとう、静木。このような素晴らしい……なんと、礼を言えば良いか」

「気にするな。私が好きでやった品なのだから」

 

 それにこの扇子は、魔界へ一時帰宅すると決めてから急造した品でしかない。

 まぁそう簡単に壊れるようなものではないけれども、使用時の反動は常人に耐えられるものではないので、適当っちゃ適当な造りだ。河勝の身体能力に寄りかかった粗品である。それほど感謝されるほどのクオリティではない。

 

「……静木よ。できれば聞かせて欲しい。……お前は、一体どこへ行くのだ?」

 

 私が木箱を背負い、いざ帰宅するかというところで、河勝は訊ねてきた。

 ふむ。どこへ行くのか……か。

 

「そうだな。どこへ、か……旧き友人の所へ、かな」

「……そうか。友人……か。達者でな」

「うむ」

 

 現時点でも、手紙を受け取ってから既に何日か経っている。

 ルイズ達を待たせるのも何だし、早めに戻るのが良いだろう。

 

「まぁ、すぐに戻ってくるさ。あまり待たせることもないかと思うよ」

「おお、そうか。そうだと、嬉しいよ。……またな、静木」

「うむ。しばらく、さらばだ。河勝」

 

 こうして、私と河勝は暫し離れることになった。

 別れ際、河勝のつける猿の面がどこか悲しげに見えたが……それはきっと、私の錯覚だろう。

 

 

 


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