東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

318 / 625


 

 突如現れたのは、白いシャツに青いワンピースを着た子供だった。

 薄水色に染まったショートカットや背中に伸びる氷の羽は、人でない何かの証。

 

 あれは……自我を持った精霊か何かだろう。

 山を歩いていた時にも同じような子供に会ったことがある。人の恐怖や意識に影響されて生まれた、妖怪に近しい存在の一つだ。

 

「あたいはチルノ! この縄張りはあたいのものだよ! ここで遊びたかったら、つーこー……なんとかを払うことね!」

「……!」 

 

 見た目は子供だ。弾むような声にも恐ろしいものは感じられない。

 だがその手から放たれた白い輝きは、河勝が躊躇なく退避するのに充分な力が秘められていた。

 

 輝きから爆発するように伸びた氷の棘が、先程まで河勝が立っていた湖面を貫いた。

 砕けた氷が破片となって飛散し、辺りの弱小妖怪達を傷つけてゆく。

 

「むっ、素早い奴!」

「……雪ん子にしては、随分と強い」

 

 河勝は尚も襲い来る妖怪達を片手間のように薙刀で始末しつつ、チルノと名乗った子供から距離を取る。

 妖怪もあの子供に対しては苦手意識があるのか、より積極的に河勝へと襲いかかっているようだ。

 

 しかし、河勝の技の冴えは衰えることを知らない。

 彼はチルノに細心の注意を向けたまま、数の増えた妖怪達を軽々と処理してゆく。

 

「こら! あたいを無視するとは何事か!」

「グギッ」

 

 そして反対側からは、チルノの放つ寒波が襲いかかる。

 河勝に向けて放たれたであろうそれは、妖怪達の多くを巻き込み凍結させる程の威力があった。

 しかし肝心の河勝は妖怪を盾に寒波を防いでおり、全く効いた様子が無い。むしろ河勝にしてみれば、援護射撃のような攻撃である。

 

 既に湖面の闘いは、数多の妖怪を置き去りにした河勝とチルノの二人だけのものに変わっているようだ。

 

 チルノは空から無数の氷の礫を無秩序に乱射し、河勝はそれらを薙刀で正確に打ち払ってゆく。

 河勝も大概人間をやめている動きだけども、それにしてもあのチルノとかいうのもなかなか、計り知れない力を持っているようだ。

 

 ……ふーむ。いや、本当にあの精霊? 妖精? だけが突出して強いな。

 あれは一体何者なのだろうか。

 

「おっと、こんな所にも人間がいたか!」

「うん?」

 

 私が首を傾げていると、すぐ近くに霜だらけの男が立っていた。

 見るからに不健康そうな青白い皮膚に、痩せこけた肉体。そして霜と氷。冷気を司る妖怪ですって感じのわかりやすい個体であった。

 

「死ぬがよぉい!」

 

 そして襲いかかり方も凄くわかりやすかった。

 昭和か。いや飛鳥か。

 

「丁度良い。わかりやすいついでに教えてもらえるか」

「グギャァッ!?」

 

 私は弱そうなそいつを“平伏”と“打ち据える風”で手早く無力化し、“掌握”で魔力の流れを封じ止めた上で首根っこを掴んだ。

 妖怪はここまで鮮やかにやられるとは思っていなかったのか、私の手の中で小物らしく怯えている。

 しかし、今の私は地球のあらゆる生命を恐怖のどん底に陥れた、肉食獣の頂点に立つ究極生物……アノマロカリスの仮面をつけている。妖怪など目では無いほどの殺戮マシーンだ。

 さあ、食われたくなければ質問に答えてもらおう。

 

「あそこにいる精霊、あれはチルノというらしいな」

「は、はい、そうですぅ……! あいつはちょっと前にやってきた妖精ですハイ……!」

「妖精、ふむ妖精だったか。しかしそういった存在にしては随分と強いように見えるが、どういうことだ」

 

 今も河勝とチルノは、冷たい熱戦を繰り広げている。

 といっても、チルノは宙を飛べる上に遠距離攻撃に富んでいるので、ほとんど河勝の防戦一方だ。

 それでも危なげなく戦えている辺り、河勝も凄いんだけれども。

 

「し、知らねえです……あいつ、俺達冬の妖怪が淡海を凍らせて少ししてから、いきなり現れて……そんで、暴れまわってる困った奴なんです……!」

「いきなり現れた。ほう、琵琶湖を凍らせた当時はいなかったと?」

「ビ、ビワ……? はい、そうだと思います……! 強い理由は、よくわかんないっす……! あいつ最初から強くて……!」

 

 ふーむ、最初から強い……この琵琶湖の凍った環境が生んだ特異な存在かと思ったが、そうではないらしい。

 あれよりもうちょっと力を持つと、妖精というよりは神族になってしまうかもしれないな。あるいは存外、もっと昔の存在なのやもしれぬ。

 

「答えてくれてありがとう。参考になったよ」

「ハ、ハイ……あの、ちゃんと答えたんで俺を離してもらえると……」

「え? いや、私の魔法を見られちゃったから、悪いけどそれはできないよ」

「へ――」

「申し訳ない、今の私は一応魔道商人で通っているんだよ」

「な、なに……」

「“蝕みの呪い”」

「は――」

 

 私の手から生まれた“死”そのものを象徴する魔法が、妖怪の喉から全身へと浸透し、効力を発揮した。

 

 何者も抗えず、いかなる不死も通用せず、苦しむこともなく速やかに“死”をもたらす血の書のある意味究極と言える呪い。

 それは私の手中にあった妖怪を、一瞬で魔力の塵へと変え、消滅させてしまった。

 

 “蝕みの呪い”は魂さえも解いて魔力へと還元する。

 故に、相手が実体の薄い妖怪であれば、一つの欠片も残すことはない。

 

 ……一体始末してしまったが、まぁこの程度は誤差だ。

 降りかかる火の粉を払う程度は良いだろう。

 

「おーい河勝ー、苦戦してるようだがー」

 

 さて、未だ闘い続けている河勝だが、そろそろ闘いも千日手の様相を呈し始めてきた。

 チルノは湖を凍らせた元凶ではないようだし、ここらで待ったをかけてしまおう。

 

「ああ、静木か! すまん、こいつが随分と……強くてなッ!」

「強い!? そうでしょ!? あたいの強さをようやく認めたわね、人間! さあ大人しくあたいのパトロンになりなさい! そうしたら氷漬けをやめてやっても良いわよ!」

 

 あーあー、なんか本当に泥沼な闘いだな。

 二人の周りだけ巨大なつららや雪の塊で荒れまくってるし、既に妖怪たちもほとんど消えたり、逃げたりしてるし……。

 チルノとかいうのも、闘っているというよりは河勝を相手に子供みたいに遊んでいる感じだし……。

 

 ん? 子供か。ふむ……。

 

「おーい、二人共ー、お菓子できたからこっちに来て休憩しよー」

「静木何を馬鹿な……」

「お菓子!? 食べるっ!」

「は……?」

 

 あ、釣られた釣られた。

 子供だなーとは思ってたけど、お菓子の一言で一気にこっちに飛んできたよ。いい笑顔だ。

 

 薙刀を構えたまま呆然としている河勝がちょっと可哀想だったけど、不利な闘いを続けなくてもいいなら、彼だってそれに越したことはないだろう。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。