東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 アゲハ蝶が舞い、秋の風が吹いた。

 

「収穫の季節だなぁ」

 

 この季節になると、人々は田畑に集まって一斉に収穫を始める。

 が、米のほとんどは雑穀や古代米で、白米はほとんど無い。収穫する人々の顔は晴れ晴れとしたものだが、私としてはやはり白いご飯が食べたいものだ。

 日本で取れた白米で作った日本酒を飲んでみたいけれども、はて。いつになったら日本酒が出来るのやら……。

 

「秦様! 秦様ー!」

「いつもありがとうございます、秦様ー!」

 

 私が平成の世の酒に思いを馳せていると、遠くの方から声が聞こえてきた。

 見れば、そこには白馬に跨った王子様……ならぬ、河勝様がいらっしゃる。

 ここ最近は大和各地の妖怪退治に忙しいらしく、愛馬の北通(きたとおす)とかいうお馬さんと一緒に忙しそうに東奔西走している姿をよく見かける。

 彼は主君の懐で働きたいらしいが、最近は外に追い出されることも多いのだそうだ。可哀想に。

 しかし、ああして人々から気さくに声をかけられているように、民からの評判はすこぶる良い。あまりにも心象が良すぎて、雲の上の地位の人間と思われてなさそうではあるが……その辺の些末な無礼をいちいち打ち首にして回るほど、彼も狭量ではない。

 

「うむ、収穫ご苦労。身体を労れ」

「へへぇー」

 

 育った稲穂を撫でながら、満足そうに頷いている。実りの季節は、彼にとっても喜ばしいものであるようだ。

 しかしこうして彼の姿を見るのも、実に二ヶ月ぶりといったところだろうか。

 気がつけば遠征もあっという間だったな。ご苦労様である。

 

「静木」

「おお、河勝」

 

 頻繁に顔を合わせる私たちは、もはや気軽に名前を呼び合う仲になっていた。

 商売や決闘から育まれた一風変わった間柄ではあるが、まぁ、世の中何が拍子で縁となるかはわからないものである。

 

「む、静木。その面……」

「うん? ああ、これか。変えてみたんだよ」

 

 河勝の顔を覆うのは相変わらずのくしゃりとした笑みを浮かべた猿であるが、私の仮面はこの数ヶ月の間でリニューアルされた。

 

「……それは、蛙か」

「いかにも。前の仮面は怖くも親しみやすくもないだろうと思ってね。思いきって生き物シリーズにしてみたわけ」

 

 私の仮面は以前の切れ目だけの能面ではなく、ちゃんとした木彫りの仮面になっている。

 モチーフは蛙だ。ゲコとでも鳴きそうなほど精巧な蛙の顔を模した、暇を持て余した末に生み出された仮面である。

 何故蛙かというと、夏に見かけた時に思いついたからである。それ以上の深い意味は一切ない。要は、適当だった。

 

「ふむ、これはまた見事な……静木、その面はよもや、お前の手彫りか?」

「もちろんだとも」

「おお、素晴らしいな。お前にこのような技能があったとは」

「この道は長いからね。そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

 河勝が馬上から私に近付き、蛙の仮面をジロジロと舐めるように観察している。

 至近距離で見つめ合う白馬に乗った猿仮面と、露天を開くローブ姿の蛙仮面。端的に言ってカオスである。

 

「ほおー……いや、素晴らしい品だ。私も心得があるにはあるのだが、それほど精巧には作れんよ」

「おや。河勝の仮面も手作りなのか」

「そうだ。色々と拵えていてな。こう見えて、機織り……裁縫から木彫まで、色々と嗜んでいる」

 

 わざわざ隠しているので、仮面はお互いにあまり触れないようにしてきた部分である。だが今日の河勝は、どうしても仮面が気になって仕方ないようだ。

 

「うーむ……なあ静木よ。魔道具とは関係なくてすまないが……私にこのような、木製の面を作ってはもらえないだろうか?」

「うん? おお、まぁ、別に構わないけども」

 

 なんだろう。仮面フェチなのかな、河勝。

 

「対価は、そうだな……秘蔵の……素晴らしい生地がある。滑らかで、肌がしっとりと濡れるようなさわり心地の生地だ。豪族でもそう多くは持てぬ高級品だ。それをやる。素晴らしい出来の面をもらえないか」

「生地……ほほう」

 

 滑らか……さわり心地が良い……なんだろう。この時代の生地はどれもゴワゴワだけど、綺麗ってことは……。

 

「絹か?」

「! 知っていたか……ああ、その通り。口が裂けても製法は言えんが、現物で受け取ってもらえれば助かる」

「構わないよ。絹織物は生物だからね、大事に取っておいて後々の資料にしてみたい。良いだろう、仮面を作ろうじゃないか」

「おお、ありがとう静木!」

 

 河勝はわざわざ馬から下りて、私の手を握ってぶんぶん振ってきた。

 それだけ嬉しかったのだろうか。

 

「故あって、私の顔は人に晒せぬものでな。相手によって面を変えているのだが……今まで使ってきたものが朽ちかけていて、困っていたのだ。近頃は面を作る時間もなく、遠征ばかり。かといって、町の者にやらせるには技量が足りん。お前にやってもらえると助かるよ」

「はっはっは、良いだろう。私に任せておくと良い。ただし絹は弾んでくれよ」

「もちろんだ」

 

 こうして、私たちは変わった契約を結ぶこととなった。

 絹織物を受け取る代わりに、私がお面を進呈する。

 私としてもチマチマと彫る作業は楽しいので、ありがたい仕事であった。

 

 

 

「さて。そうと決まれば早速始めるとしようか。どうせ今日も、ほとんど皆冷やかしだろうし……」

 

 河勝が馬に乗って去ってゆくのを見送り、私は彫刻作業に入ることにした。

 魔法を使えば簡単に削ることはできるが、それでは味わいがない。どうせ時間も有り余っているし、ゆったりと流れる時間を楽しみつつ地道に手彫りしようと思う。

 

 河勝は動物の面が好きらしく、とりあえずは一般的な動物の顔を模した面が欲しいとのことであった。

 さて、じゃあまず最初は慣例としてアノマロカリスの仮面から始めるとしようか。

 汁物は無理だがご飯を食べることくらいはできる造型なので、きっと河勝も気に入るだろうと思う。

 

「ねえねえ、そこの蛙さん」

「うん?」

 

 私が彫刻刀片手にポリポリやっていると、机の前に一人の子供が立っていた。

 柔らかな髪の毛が頭頂部で耳のように跳ねている、まだまだ十幾つかといったところの少女である。顔立ちは整っており、衣類も小奇麗ではあるが、ギリギリ平民……といったとこだろうか。

 

「ねえそれ、なにやってるの?」

「おお」

 

 少女は興味深そうな顔で私の作業を覗き見ていた。

 

「これは仮面を作っているのさ」

「仮面? 蛙さん、仮面を作ってる人なんだ?」

「いや、まぁこれは副業みたいなものというか」

「んー……? よくわかんない」

「こちらは趣味のようなものさ。普段、私は魔道具を売っている」

「魔道具?」

「そう、マジックアイテムともいう。マジックアイテムは素晴らしいぞ。君も興味があるならば、魔法を学んでみると良い」

「へー」

 

 気のない返事を漏らしてはいるが、少女は興味津々に売り物のマジックアイテムをいじっている。

 ……のだが、試しに触れるにしてもなかなか……彼女は聡明であるようだ。

 初めて見るはずの道具達に触れ、その形状から予測しているのだろうか、本来の用途

に近い振り方や見方に、すぐに辿り着いている。

 これは……魔法を教えると、かなり吸収が早いかもしれない。

 

「ねえねえ蛙さん。この中で一番強いのってどれ?」

「強いの?」

「うん! どんな妖怪でもばーんって、簡単にやっつけられるやつ!」

「いやいや。私はそういう物騒なものは扱っていないよ」

「えー!」

 

 不満そうに唇を尖らせている。

 可愛らしいけど、“しょうがないなぁ”とはいえないことなのだ。ゆるせ。

 

「争いや戦、特に人殺しに転用できそうなものは扱っていないのだ。用意できなくはないのだがね、そんなものを作ってしまってはたちまち悪用する輩が出てきてしまうだろう」

「え~……でも絶対売れると思うよ?」

「んー、そういう問題ではなくてね。まぁ、戦も戦で需要が高いのだけどね。魔法の発展がそれだけに特化してしまうのは、私としてはあまり望ましくないのだよ」

 

 少女は腕を組み、難しそうな顔で“むむむ”と唸っている。

 

「まぁ、そういうわけ。私は平和的な蛙さんなのだ」

「……そうなんだ……つまんなーいの!」

「えー」

 

 最後にべーっと舌を出して、少女はたたたと駆けていった。

 とんだ冷やかしである。

 

 ……が、彼女は見る所はみていたし、要求するものもなかなか、人の欲を突く部分を抑えていた。

 私の考えすぎかもしれないが……あの子に殺傷力の高いマジックアイテムを渡していたら、もしかすると大変なことになっていたのかもしれない。

 

「……子供相手に気を張りすぎか。さっさと仮面を作ろう」

 

 秋は木材が程よく乾いて削りやすい。

 次の冷やかしが来るまでの間、またのんびり作っているとしよう。

 

 

 


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