東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 元々期待はしていなかったけれども、河勝の上司からは魔道具の大々的布教の許可が降りなかった。

 とはいえ、それは私の活動を禁止するということでもなく……河勝が言うに、“あまり興味がない”のだそうな。積極的に広めるつもりも、取り締まるつもりも無いのだという。

 それに、どうやら国政に関わる忙しい人物であるからして、それどころではない、のだとも言っていた。

 

 ふむ、そういうことであれば仕方ないだろう。国が広めないのであれば、私が地道に広めていけば良いだけの話である。

 元々、日本……大和の政治に口を出すつもりはなかった。

 人は大勢いる。魔法の素晴らしさは、ただ自然に、あるがままに受け入れた者に伝われば良い。

 

 そんな感じで、私の魔道具商人としての活動は大和のおそらくは偉い人にも黙認された。

 今までも大して気にはしていなかったが、これからも堂々とマジックアイテムの啓蒙を続けていけるだろう。

 ……河勝との殴り合いを繰り広げた後は何ヶ月も客足が遠のいていたけれどね……。

 

 

 

 場所をちょくちょく変えながら魔道具(主に札)を売りつつ、大和で過ごす。

 大和の人々は牧歌的で、大抵は農民だったり、猟師が多い。時々副業もこなしてはいるけれど、基本的には一次産業に従事していると言える。

 とはいえ、農耕技術もまだまだ未熟であるし、化学肥料なんて便利なものも存在しない。米も品種改良された甘い白米なんて存在せず、雑穀が基本だ。

 猟だって獲物はいくらでもいるのだが、銃なんてものはなく、出来の悪い弓や投げ槍、投石で行うことがほとんどで、成功確率は非常に低い。

 故に、人々の食生活は……然程、豊かとは言えなかった。

 

 それでも曲りなりにも農耕畜産は出来ている。納税にさえ目を瞑れば、人々の暮らしはあまり辛いものではなかった。

 

 ……と、日本人としては言ってやりたい所なのだが……。

 この大和においては、“妖怪”の存在が、その安寧を許していなかった。

 

 

 

「妖怪の討伐?」

「ああ。私の主の命令でな。暫し、ここを離れることになるだろう」

 

 生身だった頃の私であれば想像もできなかったことであろうが、この時代の人々の暮らしというのは、常に妖怪に脅かされたものであった。

 妖怪……つまりは、魔族のことである。いや、魔族よりは人の感情により強く結びつくものであるから……やはり別物として妖怪と呼称するべきなのだろう。

 

 妖怪は夜になると強化、または活動的になるという性質がある。

 それにはもちろん月の魔力の影響も関わっているのだろうが、どちらかといえば夜闇に潜んで“人の恐怖”を助長させることによって強化されている節が強い。

 そのため、この時代の人々は誰もが暗くなるとすぐに家に引っ込んでしまう。夕暮れ時には既に就寝の準備が始まっていてもおかしくはない程だ。

 

 しかし無理もないことだろう。なにせ、街灯のない世界では一日の半分が闇であるようなもの。月明かり、星明かりなんてものは、所詮気休め程度の効果しか無いのだ。暗くなったら何も見えないのだから、もはや寝るしか無い。外に化物がうろつき始めるともなれば、なおさらだ。

 

 だが……妖怪から身を隠し続けてもいられない。

 大人しく家に閉じこもっているからといって、決して安全とは限らないのだ。

 町や集落の近辺に凶悪な妖怪が出現したともなれば、人間の方から積極的に駆除に打って出る必要がある。

 

 ……河勝に任された仕事とは、つまり妖怪退治なのであった。

 

「妖怪退治か。面白そうだね」

「面白いものか……民の安息を脅かす悪鬼共を駆逐するのだぞ。この役目を誇りはしても、笑えるものではない」

 

 そう言う河勝の姿は、今は馬上にある。美しい毛並みの、立派な白馬だ。

 鞍も無しに馬に跨る彼は、いつもの白装束に猿の仮面を装備している。

 そして……普段は手にしていない、薙刀のような武器も抱えていた。

 

「その武器は?」

「ん? ああ……これは、私の得意とする得物だ。まぁ……戟のようなものさ」

 

 河勝は馬上で、長大な薙刀をぶんぶんと取り回して見せる。

 風が音を立てて切れる様は、なかなかに頼もしい。周りの人達は結構怯えてるけれども。

 

「本来なら、私も主と共に内政に携わっていたいのだがな……妖怪を放置するわけにもいかん」

「強い人間の損な所だね」

「……損というつもりは無い。これも大事なことなのだ」

 

 と言いつつも、河勝はどこか不満そうである。

 どちらかといえば、主とやらと共に仕事がしたいのだろう。

 まだ私は河勝の上司と会ったことがないけれど、彼が憧れるほどの立派な人間というと、なかなか興味が湧いてくる。

 一体どんな聖人君子なのだか。わざわざ調べようとは思わないけれども。

 

「ちなみに、どんな妖怪を倒すつもりなのかな」

「巨大な牛型の妖怪とのことだ。どこぞの阿呆が、悪戯に牛を殺めたのだろうな。そう珍しいものではない。すぐに終わるだろうさ」

「ふむ。動物型か……珍しい見た目の妖怪が居たならば、私も見学したかったのだが」

「おいおい、止せ静木。妖怪の討伐は我が君から賜った大事な役目だ。お前の強さは知っているつもりだが、邪魔をされては困る」

「そうかね。手伝うことも可能だと思うけれど」

「いや、これは私の問題なのだ。手出しは無用」

 

 河勝はピシャリとそう言いのけた。

 

 ……この頑固な真面目さは、どこかサリエルに通じるものがあるな。

 心酔している相手は上司で、サリエルのように甘ったるい恋愛感情を抱いているわけではないし、へなちょこでもないけれど。

 まぁ、自分の仕事に誇りを持つのは良いことだ。そういうことならば、私は手出しすまい。彼の妖怪退治の仕事も、大和の政治に関わるものだしね。

 

「ふむ。ならば河勝、戦いに赴く前に魔道具などは如何かな?」

「ふっ……また今度寄らせてもらうよ。この得物があれば充分さ」

 

 抱えた薙刀をトントンと叩き、自信たっぷりに河勝が笑う。

 

「むーん……戦時需要って、普通はあるものなんだけどもなあ」

「はは……いつか、私が苦戦するようになった時には、是非頼むよ。静木の用意する魔道具は、どれも強力だからな」

「ま、商売は上がったりだが、顔見知りとして武運を祈っておくよ」

「ああ。では、行ってくる」

 

 お互いに軽く手を掲げて別れを告げると、白馬に乗った河勝は風のように去っていった。

 

 ……物部との戦の様子を見る限り、彼は苦戦することもなく妖怪とやらを討伐してしまうのだろう。

 普通の人間にとっては厄介な相手だろうに……本当に、規格外と言うかなんというか。

 

 秦河勝。あの男とは大和でも一番気心知れた相手ではあるけれども、一体何者なのやら……。

 

 


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