「珍妙な魔道具をいくつも所持している上に、武術にも長けている。そして目的は、魔法とやらの啓蒙活動、か」
奥の間にて、私の報告を聞いた太子様が小さく唸る。
私はただ頭を下げ、沈黙するばかりだ。私ごときが、あの方の思考を妨げてはならない。
「人間……ではありえない。ただの人間ではない……やはり、何らかの術で……」
太子様が頭を悩ませているのは、やはりあの静木に関することだ。
魔道具を、そして魔法を広めたいという謎の男、静木。
拳を交えた上でわかるのは……強い、ということ。そして、決して悪い奴ではないということだ。
これは私の勘でしかないが……あの時、私を相手に本気を出した静木の気迫は、紛い物ではなかった。
不明瞭な部分も多い男だとは思う。それでも、奴が腹に邪なものを抱えているようには思えない。
「……わかりました。河勝」
「はっ」
「魔法及び魔道具の啓蒙は、我々からは許可できません。それは大前提です。少なくとも、あらゆる魔道具は我々によって精査された後に、世に出回るべきでしょう」
……やはり、無理か。
いや、当然のことだ。得体の知れない力を民に広めるなど、国としては自殺行為に等しい。
「かといって、その男を押さえ込むのは危険ね。河勝と互角に戦えていたというその静木とやら。……河勝も武器を手に持てば、一騎当千と言って過言ではないけれど、それは相手にとっても同じかもしれません」
「はい。私としても、それは賛同致しかねます」
静木の拘束、もしくは……暗殺。それは悪手だ。
確かに今回、私が拳を交えることで勝利をもぎ取ることは出来た。
だが、武器を手にしたら? 静木の取り扱う魔道具を併用したら? 奴の背後に、何らかの組織があったら……?
不用意に刈り取るには、あまりにも危険すぎる。
「つまり、まだ時間が必要ということです。引き続き静木と接触し、情報を引き出しなさい。相手の出自、詳しい目的、能力の解明が最優先。当然だけど、悟られぬよう」
「は……」
「……あら。河勝、何か不満そうですね」
「い、いえ。そのようなことは。……申し訳ございません。私の護衛としての役目が、その間果たせないことを思うと……」
「ふふ、そのようなことですか」
そのような、か……。
「心配することはありません。政敵は多いですが、今や物部も滅び、束の間の安寧の世です。むしろ、こういった時分にこそ、貴方のような有能な臣下が動くべきなのです」
「……! ありがたきお言葉」
……私は何を考えているのだ。
太子様が私にそう命じたのだ。何を不満に思う必要がある。
太子様は常に最善を考え、私に指令を下されている。私はそれに粛々と応えるべきであろう。
「それでは、太子様。私はこれにて」
「ええ。相手は商人、支度金は増やしておきましょう。重くならず、嵩張らないものを用意させます」
「ありがたき……ムッ」
「?」
不穏な気配を察知し、私は顔を上げた。
非礼は承知。だが、太子様に何かあってからでは遅いのだ。
「――……」
広間には、奥に太子様が一人。それだけ。
……だが今、何か……。
「ああ。河勝、心配には及びません。奥の間に控えさせている者がいるのです」
「なんと……それは」
「信用できる者です。大丈夫ですよ」
「……」
太子様はそう言って、私に微笑みかけてくださった。
……心配する必要はない。
ならば、私が考える必要はない。
「畏まりました。……では、失礼します」
私は思考を打ち切り、その場を離れたのであった。
「……言ったでしょう、
「あら。これは失礼しました。……まさか、私と同じ仙人でもない者に気取られるとは思いもしませんでした」
河勝の去った広間には、二人分の声が響いていた。
声の一人は若き太子。
もう一人は……その背後の壁から丸い穴を開けて現れた、天女のような美女。
背後の壁から現れた女は口元を袖に隠しながら、クスクスと妖しく笑う。
「秦造河勝、ですか。とても強いお人ですね? いえ、あれは人というよりは……」
「私の有能な手足です。……貴女が少しでも気を抜けば、すぐにでもその存在を看破してしまう程度には、ね」
「あらあら、それは恐ろしい。……確かに、あれは油断できそうにない人ですね。だから今まで、私には近付けなかったのですか?」
「自分の手足を喧嘩させるほど無意味なことも無いでしょう」
太子は袖から象牙製の笏を取り出し、軽く床を叩く。
「まだ私は、二人を失いたくはないのです」
「……まるで、私とあの方が出会ったら、すぐにでも殺し合いを初めてしまうかのような言い方ですね?」
「貴女はどうか知らないけれど、河勝だったら有り得るのよ。彼、とても仕事熱心だから」
「あら」
太子の苦笑に、妖しげな女もつられて笑った。
「……さて。青娥、引き続き
「ええ、もちろんです太子様。喜んで……」