東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「珍妙な魔道具をいくつも所持している上に、武術にも長けている。そして目的は、魔法とやらの啓蒙活動、か」

 

 奥の間にて、私の報告を聞いた太子様が小さく唸る。

 私はただ頭を下げ、沈黙するばかりだ。私ごときが、あの方の思考を妨げてはならない。

 

「人間……ではありえない。ただの人間ではない……やはり、何らかの術で……」

 

 太子様が頭を悩ませているのは、やはりあの静木に関することだ。

 

 魔道具を、そして魔法を広めたいという謎の男、静木。

 拳を交えた上でわかるのは……強い、ということ。そして、決して悪い奴ではないということだ。

 これは私の勘でしかないが……あの時、私を相手に本気を出した静木の気迫は、紛い物ではなかった。

 不明瞭な部分も多い男だとは思う。それでも、奴が腹に邪なものを抱えているようには思えない。

 

「……わかりました。河勝」

「はっ」

「魔法及び魔道具の啓蒙は、我々からは許可できません。それは大前提です。少なくとも、あらゆる魔道具は我々によって精査された後に、世に出回るべきでしょう」

 

 ……やはり、無理か。

 いや、当然のことだ。得体の知れない力を民に広めるなど、国としては自殺行為に等しい。

 

「かといって、その男を押さえ込むのは危険ね。河勝と互角に戦えていたというその静木とやら。……河勝も武器を手に持てば、一騎当千と言って過言ではないけれど、それは相手にとっても同じかもしれません」

「はい。私としても、それは賛同致しかねます」

 

 静木の拘束、もしくは……暗殺。それは悪手だ。

 確かに今回、私が拳を交えることで勝利をもぎ取ることは出来た。

 だが、武器を手にしたら? 静木の取り扱う魔道具を併用したら? 奴の背後に、何らかの組織があったら……?

 不用意に刈り取るには、あまりにも危険すぎる。

 

「つまり、まだ時間が必要ということです。引き続き静木と接触し、情報を引き出しなさい。相手の出自、詳しい目的、能力の解明が最優先。当然だけど、悟られぬよう」

「は……」

「……あら。河勝、何か不満そうですね」

「い、いえ。そのようなことは。……申し訳ございません。私の護衛としての役目が、その間果たせないことを思うと……」

「ふふ、そのようなことですか」

 

 そのような、か……。

 

「心配することはありません。政敵は多いですが、今や物部も滅び、束の間の安寧の世です。むしろ、こういった時分にこそ、貴方のような有能な臣下が動くべきなのです」

「……! ありがたきお言葉」

 

 ……私は何を考えているのだ。

 太子様が私にそう命じたのだ。何を不満に思う必要がある。

 太子様は常に最善を考え、私に指令を下されている。私はそれに粛々と応えるべきであろう。

 

「それでは、太子様。私はこれにて」

「ええ。相手は商人、支度金は増やしておきましょう。重くならず、嵩張らないものを用意させます」

「ありがたき……ムッ」

「?」

 

 不穏な気配を察知し、私は顔を上げた。

 非礼は承知。だが、太子様に何かあってからでは遅いのだ。

 

「――……」

 

 広間には、奥に太子様が一人。それだけ。

 ……だが今、何か……。

 

「ああ。河勝、心配には及びません。奥の間に控えさせている者がいるのです」

「なんと……それは」

「信用できる者です。大丈夫ですよ」

「……」

 

 太子様はそう言って、私に微笑みかけてくださった。

 

 ……心配する必要はない。

 ならば、私が考える必要はない。

 

「畏まりました。……では、失礼します」

 

 私は思考を打ち切り、その場を離れたのであった。

 

 

 

 

「……言ったでしょう、青娥(せいが)。出てはならないと」

「あら。これは失礼しました。……まさか、私と同じ仙人でもない者に気取られるとは思いもしませんでした」

 

 河勝の去った広間には、二人分の声が響いていた。

 声の一人は若き太子。

 もう一人は……その背後の壁から丸い穴を開けて現れた、天女のような美女。

 

 背後の壁から現れた女は口元を袖に隠しながら、クスクスと妖しく笑う。

 

「秦造河勝、ですか。とても強いお人ですね? いえ、あれは人というよりは……」

「私の有能な手足です。……貴女が少しでも気を抜けば、すぐにでもその存在を看破してしまう程度には、ね」

「あらあら、それは恐ろしい。……確かに、あれは油断できそうにない人ですね。だから今まで、私には近付けなかったのですか?」

「自分の手足を喧嘩させるほど無意味なことも無いでしょう」

 

 太子は袖から象牙製の笏を取り出し、軽く床を叩く。

 

「まだ私は、二人を失いたくはないのです」

「……まるで、私とあの方が出会ったら、すぐにでも殺し合いを初めてしまうかのような言い方ですね?」

「貴女はどうか知らないけれど、河勝だったら有り得るのよ。彼、とても仕事熱心だから」

「あら」

 

 太子の苦笑に、妖しげな女もつられて笑った。

 

「……さて。青娥、引き続き(タオ)の修行、頼めるかしら」

「ええ、もちろんです太子様。喜んで……」

 

 


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