河勝とストリートファイトしてキングの称号を獲られてしまった。
何言ってるかわからないと思うが私も何言ってるのかも何やってたのかもよくわからん。
……というより、私もここまで白熱した闘いになるとは思っていなかったのだ。
私の予想では、わりかしすぐに勝てるものだと思っていた。
なにせ、私は魔力を用いなければ身体能力は一般人と同じかそれ以下ではあるものの、それでも長年培ってきたゴーレム用の武術の心得がある。
しかも身体は痛覚らしい痛覚を持たないし、地球半壊規模の隕石の正面衝突でも傷一つつかない超剛体だ。
そして河勝は、まだまだ武術が洗練されていないであろう古代の、人間。
負ける要素が無いものだと思っていたのだ。
しかし実際に闘ってみたら、どうだ。
河勝は人間であるにもかかわらず素早く動き、一手でも誤れば詰む攻防の全てに正解を叩きつけ、この私に一発当てる始末。
それにちょっとばかしムッっとなって、絶対に破損することのない身体と関節を利用した“ライオネル流杖拳法”を解禁して多少の流れを取り戻せたものの、足元の弱点をすぐに看破されて敗北。
まさかの完敗である。
……正直言って、ショックだった。
いや、武術に深い思い入れがあったわけではない。それでも私が魔力抜きによる体術を修行した合計時間は、数百年か数千年にもなるのだ。
その私の時間が、一人の……しかも人間によって、覆された。
私はその事実にショックを受け……おそらくは才能、というものを今一度思い知ったのである。
……これは、武術であったから良い。
だが、もしもこの敗北が、魔法であったならば。
……私はこれ以上の衝撃を受けていた、ということになる。
……五億年だ。魔法には、ほとんどその年月に等しい時間を注ぎ込み、傾倒してきた。そう易々と覆されるはずもない。
だが、もしこれから先、私以上の魔法使いが現れたとしたら……。
……有り得ない。
私は偉大なる魔法使いだ。この世界で最も力ある魔法使いだ。
私よりも上の魔法使いなど存在しない。するはずがない。
……そうであってほしいものだ。
「すまんな、静木殿。童心に帰るといえば聞こえは良いが、乱暴な真似をした」
「いや、構わんさ。商売どころではなくなったがね」
「すまん……」
その後私は店を早めに畳んで、河勝と共に町を歩いていた。
私と河勝の決闘を見ていた観衆は途中から巻き込まれるのを恐れてほとんどが散り散りになってしまい、闘いの白熱っぷりからしてみれば、その後の騒ぎは比較的穏やかだったと言えよう。
とはいえ、そのままの調子で店を開けるほど、敗北した私も心中穏やかではなかったので、こうして河勝と共に世間話がてら散歩をしているのだった。
……河勝はこの大和の中で、私が最も注目する人物だ。
その身体能力もさることながら、生い立ちにも興味がある。
大和における役職もなかなか高そうであるし……これから色々と、私を楽しませてくれそうな人間だ。
何より、条件付きとはいえど、私に初めて勝利した人間だ。
彼の今後の一生全て、気になってしまうのも仕方ないことだろう。
「私は、とある方の私兵でな。この腕を見込まれて雇われた身であるからして、市井に強者が居ると訊くとな、落ち着かんのだ」
「ああ、なんとなくわかるな、その気持ち」
その道で、自分よりも強い人がいるかもしれない。
そんな噂を聞いてしまうと、確かに落ち着け無さそうだ。
まぁ、現状は私より強そうな魔法使いは居ないだろうから、まだ焦る頃合いではないのだが。
「しかし静木殿はお強い。もしも私が敗北していたならば、護衛の座を貴方に譲らねばならなかったところだ」
「はは、何を冗談を」
「冗談などではないさ。弱ければ、護衛の意味がない」
河勝は真剣な声色で、そう言ってのけた。
猿の面は表情を映していないが、なるほど。確かに冗談では無さそうである。
「だが静木殿。貴方は呪物に精通し、武術にも長けている。……正直に言って、貴方の持つ才が、私にはとても恐ろしく思える」
「そうかね。……私には、私を負かした貴方の方が恐ろしく思えるのだが」
「先程の闘いで言えばそうかもしれんが……それでも私はまだ、貴方の底に触れた気がしない」
猿の面がじっと私を見据えている。
……ふむ。
彼の中で私は、魔道具を売りさばく得体の知れない武闘家になってしまったわけか。
ただ魔道具を売っているだけならば怪しまれなかったかもしれないが、なるほど。こうして人ならざる格闘術を見せてしまうと、さすがに変に思えてしまうか。
……警戒されるのは、あまりよろしくない。
特に国絡みの人々に警戒されると、魔道具の普及が遅れてしまいそうだ。
「河勝、そう怯えることはない。私はただ魔道具を広め、人々の暮らしを豊かにしたいだけなのだ」
「……それは、信じても良いものなのだろうか」
「私が求めるものは、魔法の啓蒙。それに嘘偽りはない。魔神と原初の女神と竜骨の塔に誓っても良い」
そう、何に誓っても構わない。
私の目的は魔法を広めたいだけ。それこそが、長年想い続けてきた私の願いなのだから。
「……その誓いの対象が全くもって理解できないが……その誓いからは、強い意志が感じられる。不思議なものだな。……わかった。静木殿、貴方を信じよう。何事もまずは、歩み寄りからだな」
「おお、ありがとう。河勝」
「うむ。こちらこそ、すまんな。……あるいは、我々の都合に合致するようであれば、こちらも魔道具……を広めようという、貴方の手伝いができるかもしれんな?」
「おお、手伝ってもらえるのか!?」
飛鳥・魔法時代が到来してしまうのか!?
「いや……私の主にお伺いしてからとなる。慎重な方だ、取り合うかどうかは……確約はしかねる。期待させたな、許せ」
「む……ふぅむ。いや、わかった。そういうことならば仕方ない。わかったよ。もしも色よい返事をもらえるようであれば、教えてもらえるとありがたい」
「すまんな」
「ああ、だけどそれよりも先に言っておかねばならないことがある」
「うん?」
これは大事なことだ。
私は人差し指を立て、首を傾げた。
「私は魔法使いの味方であるからして、特定の国や地域の味方ではない」
「……!」
「その所を、貴方の主によく言い含めてもらえればと思うよ」
魔法が広まる。それは素晴らしいことだ。
だが、人の世は人の世である。私の手で歴史を意図した通りに乱したくはない。
なので、私はこの地上のどの勢力にも加担することはない。
唯一私が味方するとすれば、それは勤勉で将来有望な魔法使いだけだ。