東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 私が人間だった頃の現世では、二酸化炭素の排出量が多いために、地球が温暖化したのだという。

 大気中の二酸化炭素は、温室効果を持っているのだ。

 二酸化炭素は、ものすごくざっくり言えば炭素が燃えたもの。

 炭素が何かって言うと、そこいらの学生にすら殴られるくらいざっくり説明すると、つまり燃える物のことである。

 

 人間が地球上に広がり、石炭を始めとする地中に眠り続けていた化石燃料が発見されると、人はそれらを燃やして、ひたすらに湯を沸かし続けた。

 産業革命は人々を豊かにしたが、そのかわりに、大地に隠れていた炭素の塊が二酸化炭素となり、人類の未来に警鐘を鳴らしている……。

 

 ……今の私には、まぁ、関係のないことなんだけどね。

 

 

 

 今回訪れた氷河期は、温暖化の真逆を行くものである。

 

 シダ植物は、温暖な地球であまりにも大繁栄しすぎてしまった。

 その繁栄の規模たるや、生えては倒れ生えては倒れで、腐る前から伸びては倒れを繰り返すほどである。

 陸地を文字通り全て埋め尽くし、所によっては倒木が水中にすら侵略する、迷惑極まりないシダ無双。

 無尽蔵に行われ続けた光合成は、呼吸を行う全ての生物をあざ笑うかの如く二酸化炭素を酸素へ還元し続け、温室効果ガスをもりもり取り込んでゆく。

 

 それが原因かどうかは、確証が持てないのだが、しかしある程度まで地球を眺め続けてきた私は思う。

 今回の氷河期、絶対にシダ(こいつら)のせいなんだろうな、と。

 

 

 

「うわー、やっぱり良い思い出はないなぁ」

 

 私は扉を潜り抜け、氷の大地にやってきた。

 手には大きな杖も携えて、準備は万全である。

 

 杖といっても、神骨の杖ではない。あちらはもう二度と触れることはないように、墓廟の中で眠りについている。

 今私が握っている杖は、それとは別の魔界製の杖である。

 魔法使いといったらやっぱり杖なので、使うことにしてみたのだ。

 神骨の杖とは違い、機能性はあくまで魔力操舵の精度を補助する程度でしかなく、正直なところ私には無用の長物ではあったのだが、魔法使いのようなローブを作った手前、杖を作らずにはいられなかった。

 

 できれば、何百年経っても劣化しないような素材が一番なんだけど、魔界から地球に移動させた途端に物が変質してしまうという厄介なルールがあるために、金などを素材にはできない。

 かといって、私が書き上げた13冊の魔導書のように魔力を吸って強度を上げるのでは、魔法使いの杖としては趣旨が真逆である。

 

 なので、私が作ったこれには、特殊な“頑丈さ”を付与する大魔術が施してある。

 

 名づけて、“不蝕不滅の呪い”。

 

 以前に作った“不蝕の呪い”の更に一段階上をゆくこの呪いがかけられたものは、経年劣化などの軽微な損耗からは“不蝕”によってある程度自動的に守られる。

 とはいえ傷つかないわけではなく、強く叩けば凹むし、思い切り曲げてしまえば当然のように折れてしまう。

 この点は、魔導書よりも性能が劣る部分だろうか。

 

 しかし“不滅”の力が発動すれば、杖はいつでも呪いを起点として再構築することが可能だ。

 

 杖は辺りの適当な素材を、土でも砂でも氷でも、あらゆる物質を集めて、杖としての形と機能を再構築する。

 再構築に必要なのは、やはり魔力になるのだが、魔導書とは違って自分の意志で再構築できるので、魔力が奪われるといった心配がない。

 不要になったら壊せばいいので、持ち運びに困ることもない。

 

 杖を記録した“不蝕不滅の呪い”の大本は、私のローブの袖に刺繍としてかけられている。

 私が自分からローブを脱がない限りには、微弱な魔力供給が途切れることもない。

 

 私が生きている限りは、杖を生み出せるというわけである。

 

 これでいつでもどこでも魔法使いスタイルだ。

 急な魔界の住人と出会っても、大魔法使いライオネルの威厳は崩れないぞ。

 

 

 

「さあ、今日も練習だ! “極太極光極炎レーザービーム”!!」

 

 掲げた杖から、余波だけで凍てつく大地を溶かすほどの白い熱線が放たれる。

 

 つまり、私は暇だった。

 

 

 


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