東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「ぐぅっ……!」

 

 何を、された!?

 

 異常な硬さ。そして重さ!

 まるで、鉄塊を相手に蹴り込んだかのような痛みだった……!

 

「はぁ、はぁ……」

 

 さすがに不明瞭な力を持つ相手に、続けざまに攻撃を行う気にはなれない。

 私は距離を取り、己の身を確認する。

 

 ……脚は、折れていない。だが大きな痣は残るだろう。静木から与えられたのは、それほど強烈な打撃だった。

 

 ……何故だ。妖気は感じなかった。だが、だというのに、奴の放った攻撃は異様に……硬かった。

 有りえん。あの動き、あの構えから、何故これほどの力が出てくるのだ。

 最初に見た型も私の理解の外にあったが……これはそれ以上に不可解で、不条理に過ぎる。

 

「休憩は無しだ! 私は本気と言ったぞ! 河勝!」

「くっ……!」

 

 そしてまたしても、身体を大きく捻り、仰け反るような奇妙な動き!

 まるで筋力や関節というものを全て蔑視しているかのような、己の身を顧みぬ武闘!

 

 私は静木の奇妙すぎる動きに細心の注意を払い、小さかろうとも全ての攻撃を避けてゆく。

 

 ……考えろ。いや、直感だ。考えてはならない。

 

 奴の攻撃は、何故か指先一つであっても脚の振り一つであっても、想像を絶するほどに“硬い”。

 そして……。

 

「これならッ……何、ぐぅッ……!?」

「その程度か!」

 

 隙を見咎めたとこちらが攻勢に出れば……静木の構える指先だけの防御は、まるで鋼の如き硬さでもって私の蹴りを止めてしまう。

 靴底で攻撃を放っていなければ、逆に私の身体に指で穴が穿たれていたのではないか……それほどの硬さだ!

 

 どうする……どうやって奴の“硬さ”を突破する……!

 だが、奴の硬さは異常だ! こちらの蹴りが指先一本で受け止められるなど、そのような相手、私が全力を出したとしても破れるとは思えない……!

 

「どうした! 避けているだけか! 最初の威勢の良さを忘れたか!?」

 

 ……いや、待て。

 待てよ!? 今、私の視界に、一瞬……。

 

 ……あれは……まさか先程からの……そうか!

 そうだったか、静木よ……見破ったぞ! 貴様の武の秘訣!

 

「さあ河勝、私の前に敗北し――」

「悪いが、ここからは私の手番だ!」

「何――」

 

 まず、静木の足を狙う。

 が、当然こちらの攻撃をそう易々と通してくれるはずはない。

 静木は私の足払いを機敏に躱し、距離を取ろうとする。

 

「――おのれ」

「避けたな、静木。今の私の払いを、受けようとはしなかったな!」

 

 そう。今私が放ったのは、地面に土煙を起こすほど低く、抉るような足払いだった。

 それに対し、静木は距離を取って避けようとした。それまでの私の体重を乗せきった攻撃さえ完封するような、硬い防御を使おうとはせずにだ。

 

 ……わからぬ。わからぬが、定まった!

 静木、お前との闘い方がな!

 

「はッ! せいッ!」

「ぐ、ぅ、このッ……!」

 

 足を狙うように、蹴りを連続して放ってゆく。

 一発一発が低く、地面とほとんど平行に薙ぎ放たれる蹴脚ばかりだ。

 

 時折静木も奇妙な体勢でそれを防御しようとするが、怪し気な構えの際には私も攻めてを止め、寸前で引き返しまた別の方向から蹴りを繰り出す。

 

 静木は目に見えて、焦っていた。

 確定だ。静木……お前の奇怪な武の正体、私は見極めたぞ!

 

「隙有り! はぁッ!」

「うおっ!?」

 

 やがて私の足払いのひとつが静木の足元を大きく掻っ攫い、彼を束の間、地面から引き剥がした。

 

 そうなればもはや、こちらのものだ。

 

「これで、終わりだッ!」

「ギャァアア!」

 

 静木は空中でどうにかしようと足掻いていたようだが、素早く繰り出した私の蹴りは腹部に直撃し、静木を大きく吹き飛ばしていった。

 彼は無人のあばら家の壁に衝突し、立てかけられた朽ちかけの木材をガラガラと巻き込んで、埋まってゆく。

 

 ……決まった。綺麗に入った。

 

 が、静木はさして痛がるような素振りを見せず、崩れた木材の中から手早く這い上がってきた。

 とはいえ、今の一撃で勝負は決した。

 

「ま、負けた……私が負けた……!」

 

 それを静木もわかっているのだろう。

 彼は仮面越しでもわかるほどに声に悔しさを滲ませ、項垂れていた。

 

「……見事だ。見事だ! 秦河勝! ……久しく。本当に、久しく感じることのなかった……私の完敗だったよ。素晴らしい武術だ。貴方のそれは……誇るべきものだ。悔しいけれども……凄いよ、河勝」

「うむ。ありがとう、静木殿。だが私は、貴方の技を上回っていたとは思わなかった。私が勝てたのは……咄嗟に、“あれ”に気づけたからだ」

「あれ……?」

 

 のろのろと這い出てきた静木に、私は指で地面を指し示す。

 それは、何ら変哲のない土の地面。しかしくっきりと刻まれているのは……人一人では到底つけられないほど深い、くっきりと凹んだ静木の靴の型だ。

 それが、土の上にいくつかある。

 

 ……なんということはない。

 あれは、私と静木との衝突による産物。

 静木の硬さの正体とは……あらゆる衝撃を全て、地に肩代わりさせるものだったのだ。

 

「ああ……まさか、それを見破るとは……気づかれないよう動いたつもりだったのだが……」

 

 それがわかれば、あとは簡単だ。

 相手が力を完璧に地に逃がすのであれば、地に逃がせぬよう、地面に限りなく近い場所を狙えば良い。

 

 最後のは、それ故の足払いの連続だったというだけのことだ。

 

「勉強になった。ありがとう、河勝」

「こちらこそ、素晴らしい闘いだった。静木殿」

 

 私たちは互いの武を称え合い、硬い握手を交わした。

 

 


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