「ぐぅっ……!」
何を、された!?
異常な硬さ。そして重さ!
まるで、鉄塊を相手に蹴り込んだかのような痛みだった……!
「はぁ、はぁ……」
さすがに不明瞭な力を持つ相手に、続けざまに攻撃を行う気にはなれない。
私は距離を取り、己の身を確認する。
……脚は、折れていない。だが大きな痣は残るだろう。静木から与えられたのは、それほど強烈な打撃だった。
……何故だ。妖気は感じなかった。だが、だというのに、奴の放った攻撃は異様に……硬かった。
有りえん。あの動き、あの構えから、何故これほどの力が出てくるのだ。
最初に見た型も私の理解の外にあったが……これはそれ以上に不可解で、不条理に過ぎる。
「休憩は無しだ! 私は本気と言ったぞ! 河勝!」
「くっ……!」
そしてまたしても、身体を大きく捻り、仰け反るような奇妙な動き!
まるで筋力や関節というものを全て蔑視しているかのような、己の身を顧みぬ武闘!
私は静木の奇妙すぎる動きに細心の注意を払い、小さかろうとも全ての攻撃を避けてゆく。
……考えろ。いや、直感だ。考えてはならない。
奴の攻撃は、何故か指先一つであっても脚の振り一つであっても、想像を絶するほどに“硬い”。
そして……。
「これならッ……何、ぐぅッ……!?」
「その程度か!」
隙を見咎めたとこちらが攻勢に出れば……静木の構える指先だけの防御は、まるで鋼の如き硬さでもって私の蹴りを止めてしまう。
靴底で攻撃を放っていなければ、逆に私の身体に指で穴が穿たれていたのではないか……それほどの硬さだ!
どうする……どうやって奴の“硬さ”を突破する……!
だが、奴の硬さは異常だ! こちらの蹴りが指先一本で受け止められるなど、そのような相手、私が全力を出したとしても破れるとは思えない……!
「どうした! 避けているだけか! 最初の威勢の良さを忘れたか!?」
……いや、待て。
待てよ!? 今、私の視界に、一瞬……。
……あれは……まさか先程からの……そうか!
そうだったか、静木よ……見破ったぞ! 貴様の武の秘訣!
「さあ河勝、私の前に敗北し――」
「悪いが、ここからは私の手番だ!」
「何――」
まず、静木の足を狙う。
が、当然こちらの攻撃をそう易々と通してくれるはずはない。
静木は私の足払いを機敏に躱し、距離を取ろうとする。
「――おのれ」
「避けたな、静木。今の私の払いを、受けようとはしなかったな!」
そう。今私が放ったのは、地面に土煙を起こすほど低く、抉るような足払いだった。
それに対し、静木は距離を取って避けようとした。それまでの私の体重を乗せきった攻撃さえ完封するような、硬い防御を使おうとはせずにだ。
……わからぬ。わからぬが、定まった!
静木、お前との闘い方がな!
「はッ! せいッ!」
「ぐ、ぅ、このッ……!」
足を狙うように、蹴りを連続して放ってゆく。
一発一発が低く、地面とほとんど平行に薙ぎ放たれる蹴脚ばかりだ。
時折静木も奇妙な体勢でそれを防御しようとするが、怪し気な構えの際には私も攻めてを止め、寸前で引き返しまた別の方向から蹴りを繰り出す。
静木は目に見えて、焦っていた。
確定だ。静木……お前の奇怪な武の正体、私は見極めたぞ!
「隙有り! はぁッ!」
「うおっ!?」
やがて私の足払いのひとつが静木の足元を大きく掻っ攫い、彼を束の間、地面から引き剥がした。
そうなればもはや、こちらのものだ。
「これで、終わりだッ!」
「ギャァアア!」
静木は空中でどうにかしようと足掻いていたようだが、素早く繰り出した私の蹴りは腹部に直撃し、静木を大きく吹き飛ばしていった。
彼は無人のあばら家の壁に衝突し、立てかけられた朽ちかけの木材をガラガラと巻き込んで、埋まってゆく。
……決まった。綺麗に入った。
が、静木はさして痛がるような素振りを見せず、崩れた木材の中から手早く這い上がってきた。
とはいえ、今の一撃で勝負は決した。
「ま、負けた……私が負けた……!」
それを静木もわかっているのだろう。
彼は仮面越しでもわかるほどに声に悔しさを滲ませ、項垂れていた。
「……見事だ。見事だ! 秦河勝! ……久しく。本当に、久しく感じることのなかった……私の完敗だったよ。素晴らしい武術だ。貴方のそれは……誇るべきものだ。悔しいけれども……凄いよ、河勝」
「うむ。ありがとう、静木殿。だが私は、貴方の技を上回っていたとは思わなかった。私が勝てたのは……咄嗟に、“あれ”に気づけたからだ」
「あれ……?」
のろのろと這い出てきた静木に、私は指で地面を指し示す。
それは、何ら変哲のない土の地面。しかしくっきりと刻まれているのは……人一人では到底つけられないほど深い、くっきりと凹んだ静木の靴の型だ。
それが、土の上にいくつかある。
……なんということはない。
あれは、私と静木との衝突による産物。
静木の硬さの正体とは……あらゆる衝撃を全て、地に肩代わりさせるものだったのだ。
「ああ……まさか、それを見破るとは……気づかれないよう動いたつもりだったのだが……」
それがわかれば、あとは簡単だ。
相手が力を完璧に地に逃がすのであれば、地に逃がせぬよう、地面に限りなく近い場所を狙えば良い。
最後のは、それ故の足払いの連続だったというだけのことだ。
「勉強になった。ありがとう、河勝」
「こちらこそ、素晴らしい闘いだった。静木殿」
私たちは互いの武を称え合い、硬い握手を交わした。