静木が強いとの噂を聞きつけて、思わず闘いを挑んでしまったが……この者、呪物だけかと思えば、存外に強い。
……いや、強いなどという簡単なものではない。
この男、間違いなく武を極めし達人だ。
動き自体はさほど速くない。十分に私の目でも追えるし、静木の動きを見てから対応することも可能だ。
だが、この男の動きは背筋が凍る程に無駄がなく、正確で、洗練され尽くしている。
とにかく、攻防における“型”らしきものが……無尽蔵に多いのだ。
見たことのない動きではある。私の常識の範疇に収まらないものも非常に多い。
だが、静木の武は私が打てば、それに対して必ず最善の回答を示し、返してくる。
動きは明らかに私の方が上なのだ。しかし倍近く上回る速度で私は攻めているというのに、何故か静木はそれらに完璧な受けでもって流してしまう。
昔、少々鍛えた捕縛術で型を崩すことができなかったら……おそらく、私は静木に一撃を見舞うこともできずに負けていたかもしれない。
……静木は声からして、老齢の男だ。
身体の動きもそれなりではあるが、男としての速度はない。老人のそれだ。
先程、私は静木の腹に一撃……どうにか蹴りを打ち込むことができたが……もしも静木があと十年も若ければ、結果は変わっていたかもしれない。
「それは……私の時間への侮りと見なすぞ、秦河勝」
しかし、その考えは静木の気に障るものであったようだ。
……無意識に漏れた私の憐れみは、彼の誇りを損なってしまったらしい。
「きたまえ……」
静木が再び構え、私に先手を譲る。
その姿、その気迫は、これまでの比ではない。
……あの防御が全力だと思っていたが……まだまだ上があるか。
……良いだろう、静木!
お前ならば……私の武の全てをぶつけることができるかもしれん!
「おうよッ!」
待ち構える静木の元まで、一気に詰め寄る。
静木は強い。だが、動きの速さに限界があることは間違いない。
ならば、静木が反応できない程の速度で牽制を繰り返し、奴の綻びを作り出すまでのこと!
まずは奴の迎撃に浅く当てて体勢を崩し――
「喰らえ」
「――」
その一瞬、私は静木の身体が大きく動くのを見た。
身を捩り、腕を最大まで伸ばした……通常、闘いにおいて見ることのない不可解な型。
それはこれまでの攻防で見た、堅牢な防御の動きとは全く異なる……いや、見ただけで“武”とは呼べぬようなものであった。
全身を前へ弾き出し、腕を伸ばし、指を伸ばし……その尖端が、真っ直ぐに私を仮面の……眼を、狙っている。
――これ、は。
貫手……私の仮面の、狭間を狙って……いや、そもそもこの体勢では、奴の指の方が折れるはず――
「ッくっ……!」
「ほう」
私はそれまで頭に巡らせていた反撃行動の全てを取りやめて、静木から大きく飛び退いた。
何故そうしたのかは、私にも解らない。
静木が全身を使って放った、一見容易くあしらえるように見えた目潰しに……只ならぬ戦慄を覚えたため、ではあるのだが……。
……そのまま放っておいたとしても、あの一撃は……ほとんど確実に面に阻まれ、奴の指が折れていたはず。
そう、そのはず……そのはずなのだが。
「どうした、来ないなら……私から行くぞ!」
「!」
躊躇っているうちに、静木の方から攻めてきた。
一歩、二歩と踏み込み……!? なんだ、その動きは!?
「うおッ……」
全身の関節を伸ばした体勢からの、奇妙な攻撃。
腕を、指を、乱雑に振りかざすような、非合理的な動き。
……当てることは容易だろう。
しかし、当てたところで……その無茶な体勢では、逆に静木の指や腕が折れるのではないか。
……ならば、当たったとしても問題ないのではないか。
……とは思う、のだが……一発でも当たってやろうとは思えないのは、何故だ……!?
「ほら、どうした、避けているだけか、河勝」
「く……そのような……!」
……無茶苦茶な動き……そうだ、私は何を考えている。
このような身体を振り回すだけのような攻撃の……何を恐れる必要がある!
「舐めるなッ!」
「おお、ようこそ。歓迎する」
「な――」
一転、攻めに入ろうとした私の蹴撃に、静木の指が衝突する。
真っ直ぐに伸ばされた腕。真っ直ぐに伸ばされた指。
それは、力強く突き出される私の脚に敵うものではない。
本来であれば、か細く弱い指の方が折れるべきなのだが――。
「ぐぁっ!?」
叩き飛ばされたのは、私の方であった。