東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 静木が強いとの噂を聞きつけて、思わず闘いを挑んでしまったが……この者、呪物だけかと思えば、存外に強い。

 

 ……いや、強いなどという簡単なものではない。

 この男、間違いなく武を極めし達人だ。

 

 動き自体はさほど速くない。十分に私の目でも追えるし、静木の動きを見てから対応することも可能だ。

 だが、この男の動きは背筋が凍る程に無駄がなく、正確で、洗練され尽くしている。

 とにかく、攻防における“型”らしきものが……無尽蔵に多いのだ。

 

 見たことのない動きではある。私の常識の範疇に収まらないものも非常に多い。

 だが、静木の武は私が打てば、それに対して必ず最善の回答を示し、返してくる。

 動きは明らかに私の方が上なのだ。しかし倍近く上回る速度で私は攻めているというのに、何故か静木はそれらに完璧な受けでもって流してしまう。

 昔、少々鍛えた捕縛術で型を崩すことができなかったら……おそらく、私は静木に一撃を見舞うこともできずに負けていたかもしれない。

 

 ……静木は声からして、老齢の男だ。

 身体の動きもそれなりではあるが、男としての速度はない。老人のそれだ。

 

 先程、私は静木の腹に一撃……どうにか蹴りを打ち込むことができたが……もしも静木があと十年も若ければ、結果は変わっていたかもしれない。

 

 

「それは……私の時間への侮りと見なすぞ、秦河勝」

 

 しかし、その考えは静木の気に障るものであったようだ。

 ……無意識に漏れた私の憐れみは、彼の誇りを損なってしまったらしい。

 

「きたまえ……」

 

 静木が再び構え、私に先手を譲る。

 その姿、その気迫は、これまでの比ではない。

 

 ……あの防御が全力だと思っていたが……まだまだ上があるか。

 

 ……良いだろう、静木!

 お前ならば……私の武の全てをぶつけることができるかもしれん!

 

「おうよッ!」

 

 待ち構える静木の元まで、一気に詰め寄る。

 静木は強い。だが、動きの速さに限界があることは間違いない。

 ならば、静木が反応できない程の速度で牽制を繰り返し、奴の綻びを作り出すまでのこと!

 

 まずは奴の迎撃に浅く当てて体勢を崩し――

 

「喰らえ」

「――」

 

 その一瞬、私は静木の身体が大きく動くのを見た。

 身を捩り、腕を最大まで伸ばした……通常、闘いにおいて見ることのない不可解な型。

 

 それはこれまでの攻防で見た、堅牢な防御の動きとは全く異なる……いや、見ただけで“武”とは呼べぬようなものであった。

 

 全身を前へ弾き出し、腕を伸ばし、指を伸ばし……その尖端が、真っ直ぐに私を仮面の……眼を、狙っている。

 

 ――これ、は。

 

 貫手……私の仮面の、狭間を狙って……いや、そもそもこの体勢では、奴の指の方が折れるはず――

 

「ッくっ……!」

「ほう」

 

 私はそれまで頭に巡らせていた反撃行動の全てを取りやめて、静木から大きく飛び退いた。

 何故そうしたのかは、私にも解らない。

 静木が全身を使って放った、一見容易くあしらえるように見えた目潰しに……只ならぬ戦慄を覚えたため、ではあるのだが……。

 

 ……そのまま放っておいたとしても、あの一撃は……ほとんど確実に面に阻まれ、奴の指が折れていたはず。

 そう、そのはず……そのはずなのだが。

 

「どうした、来ないなら……私から行くぞ!」

「!」

 

 躊躇っているうちに、静木の方から攻めてきた。

 一歩、二歩と踏み込み……!? なんだ、その動きは!?

 

「うおッ……」

 

 全身の関節を伸ばした体勢からの、奇妙な攻撃。

 腕を、指を、乱雑に振りかざすような、非合理的な動き。

 

 ……当てることは容易だろう。

 しかし、当てたところで……その無茶な体勢では、逆に静木の指や腕が折れるのではないか。

 ……ならば、当たったとしても問題ないのではないか。

 

 ……とは思う、のだが……一発でも当たってやろうとは思えないのは、何故だ……!?

 

「ほら、どうした、避けているだけか、河勝」

「く……そのような……!」

 

 ……無茶苦茶な動き……そうだ、私は何を考えている。

 このような身体を振り回すだけのような攻撃の……何を恐れる必要がある!

 

「舐めるなッ!」

「おお、ようこそ。歓迎する」

「な――」

 

 一転、攻めに入ろうとした私の蹴撃に、静木の指が衝突する。

 

 真っ直ぐに伸ばされた腕。真っ直ぐに伸ばされた指。

 それは、力強く突き出される私の脚に敵うものではない。

 本来であれば、か細く弱い指の方が折れるべきなのだが――。

 

「ぐぁっ!?」

 

 叩き飛ばされたのは、私の方であった。

 


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