東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 まだ昼にもなっていないというのに、私は不用心にも机を離れ、道の只中に立っていた。

 

「噂は聞いていた。徒手のみで、数多の大男をいなすというその力……私も武人として、とうとう興味が抑えられなんだ」

「抑えて欲しかったのだがね」

 

 向かい合うは、白衣白髪の仮面男、秦河勝。

 おそらく大和の人間で最も強い力を持つであろう男だ。

 

 私と河勝は往来の中央で向き合い、お互いに武術の構えを取っている。

 河勝は重心を下げつつ半身を向けた……仮面も相まって、どことなく猿のような構えを。

 対する私は、直立のまま姿勢をやや仰向けに反らして両腕をだらりと垂らし、手のひらだけを上向きしたような……現代的な常識でみれば、全く型破りと言っても良いような構えをしている。

 

 どちらとも、この時代においては両者ともに、武術の構えとしてはメジャーではない。

 まして私などは、きっとこれから千年以上は間違いなく世に出ないような構えであろう。そもそも、私だって自分の構えを洗練されているとは思っていない。

 

「なんだなんだ、店主さんは今日二回目か」

「静木さんがまたやるのか。見物だねぇ」

「お面対決だー、変なのー」

 

 お互いゴロツキでないだけに、今回は“見世物じゃねえぞ”と叱りつける者もいない。

 人々は遠巻きながらも、いつも以上にどんどん近くへと集まってくる。

 

「我儘を聞いてもらってすまんな」

「ほんとだよ」

「いや、本当に……すまないと思っている」

「誠意は金払いで示してほしいものだね」

「……その通りだな。では……静木殿。そちらが勝てば、貴方の望みをひとつ、私に出来る限りで叶えることとしよう」

「ほう?」

 

 なんとまぁ。それはまた。

 

「魅力的な提案じゃないか」

「!」

 

 思わず、全身から魔力がドロリと溢れてきそうだよ。

 ……いけないいけない。この戦いは、武術の戦いだ。

 畑違いではあるが、今だけは私も魔力を使ってはいけない。そういうルールなのだ。

 

 私が個人で勝手に定めたルールだが、純粋な武術の高みを目指して勝負を挑んできたであろう河勝を思えば、それは最低限の礼儀でもある。

 

 なので、私も徒手だ。魔法も魔力も一切使わぬ。

 ただの徒手だけで、河勝。貴方に挑むこととしよう。

 

「……構えはそれでいいのだな? 静木殿」

「きたまえ」

 

 私は魔法こそが至上の技術であると考えているが、こうした肉弾戦も一切無縁というわけではない。

 戦闘用ゴーレムを操作するのであれば、格闘技術は避けて通れぬ分野だ。

 接近戦に強いゴーレムを制作するに当たって、自分の生み出したゴーレムと何百年もぶっ続けで闘い続けた事だってある。

 後半はほとんど私の素の身体能力では追いつけない程のゴーレムになってしまったことは否めないが、魔力の補助なしによる接近戦もまたひとつの研究分野として独立している。

 平均に劣る私の身体能力でも、決して河勝に引けは取らないだろう。

 

「……ならば……ゆくぞッ!」

 

 律儀にも掛け声と共に、河勝が一気に距離を詰めてきた。

 魔力の補助込みであろう鋭い踏み込みは、瞬きする間に私の急所を打撃圏内に捕捉する。

 

 だが。

 

「愚直だ」

「ッ!」

 

 直進は目に見えていた。

 最初の急加速さえ読めていれば、脚を前方へ突き出すのはそう難しくはない。

 私の脚は長めだ。河勝も体躯には恵まれているが、迎撃のために無駄なく伸ばされた私の脚よりも先に打点を寄越すことはできないだろう。

 案の定、河勝は力任せに横っ飛びし、私の脚を回避する。

 

「……なるほど、迂闊だった。いや、私が見くびっていたのだな」

 

 そのまま勢いを殺しきれず突き進んでいれば、いつのまにやら腹を抱えて悶絶する男が出来上がっていたのだが……まぁ、良いだろう。

 仕切り直したとしても、いつかは無数の定石のどれかに躓いてくれる。

 

「きたまえ」

「おうよ」

 

 私が再び構えて河勝を挑発すると、今度は構えを崩さぬままゆっくりと小刻みに近づいてきた。

 拳も脚も、いつでも繰り出せる。そのような構えを保持したまま、間合いをジリジリと狭める。一気に不意を叩き折る先ほどの戦方とは真逆の、しかし正真正銘、真正面からの戦法であった。

 

「ッ――」

 

 緩急を織り交ぜた中の“急”で鋭く踏み出した一歩と、同時に鋭く突き出された左拳が私の顔面を狙う。

 急襲と軽めの一発。だが、脚からは“あくまで様子見”といった気配が消えていない。

 私が少々上体を反らして避けてみれば、河勝は反射のような速度で一歩を退く。

 

「見えてたか」

「読めていたのだ」

「……なるほど。では、更にいかせてもらおうッ」

 

 様子見の技では焦れると判断したのか、今度こそ河勝が大きく動いた。

 それまでの機敏なステップは倍の距離を刻み、腕は速度だけでなく、重さも乗せて振るわれる。

 

「ハッ! うらァッ!」

「おっ、おおっ?」

 

 大振りの攻撃だ。蹴り、突き、全て急所狙い。どれも常人が受ければ、悶絶……いや、ちょっとした怪我は必至の打撃ばかりである。

 が、避けられないというものではない。無駄に大きく避けようとはせず、極力受け流すことを頭に入れていなしてやれば、全ての打撃をちょいちょいと躱すことは容易だった。

 

 掴む隙……は、無い。

 というより、一発一発を繰り出す全身の動きがあまりにも重すぎて、力を利用する隙間が全くといって良い程に存在しなかった。

 

「ハァッ!」

「うお」

 

 連撃の最後に突き出された蹴りが、私の腕を大きく押しのける。

 が、腕をクッションのように柔軟に構えていたのと、両足は既に後方へ威力を逃がす動きに入っていたため、突き飛ばされた距離ほどの衝撃はない。

 私の腕は決して折れることはない代物であるが、仮に常人のものであったとしても、今のでは決して折れなかっただろう。……言い訳じゃないよ?

 

「……なるほど、素晴らしい動きだ。勉強になる」

「それはなにより。だが河勝殿、貴方は今にも師を越えるべきではないだろうか」

「はは、それができればいいのだが……」

 

 軽口もそこそこに、再び臨戦態勢。

 周囲の野次馬は先程までの激しい攻防を見て、更に十歩は退いたようだ。

 心置きなく闘う準備は整っている。

 

「きたまえ」

「言われなくともッ!」

 

 今度の河勝は、最初と同じように一気に距離を詰め、手を獣のように構えながら――。

 

 いや、これはまさか。

 

「おおっと、それは!」

「ふんっ、いつまで避けきれるか!?」

 

 ――掴み。

 今度の河勝は、拳で突く動きに加え、私の服を掴もうという戦法に切り替わったらしい。

 ただでさえ先程までの連撃も流すので手一杯だったというのに、今度はただ適当に受け流すのも難しくなった。

 変な防御をすれば、たちまち河勝の剛力によって捕らえられてしまうのだろう。

 そうすればさすがの私でも、上手く闘える自信は無かった。

 

 


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