魔道具商人の朝は早い。
というよりも、灯りを持たない人々の朝というものは、得てして早い。
私は日の出とともに街に現れて、邪魔にならない場所を見繕っては、そこに店を構える。
日中は常に接客体制だ。
木箱の荷物入れを傍らに置き、簡素な木製のテーブルに商品を並べ、じっと客を待つ。
私の名は既に広まっているので、売り歩くようなことはしない。
あまり動きすぎても、せっかく広まったであろう私の位置情報が活かせないからだ。
今のままのほうが、あと十数年程度は商品を求めに来る人を待つ上では得策だろう。
だが、人々は思い思いの仕事に出かけているため、日中は客足がよろしくない。
なので人々が帰路につく夕時まではあまり客足もよろしくないのだが、近頃は日中でも、変わったお客さんが現れるようになっていた。
もちろん、良い客ではない。
私としては、面倒な上に悪い噂も付くであろう、はた迷惑な客である。
「てめぇが素手で五人をふっ飛ばしたとかいう静木か……ククク、おもしれぇ」
「素手で戦わなければ良かった」
「ほう? 得物を使うってのか? 構わねえぜ。てめえが剣を持っていたとしても、俺は腕っ節だけで勝ってみせるがねぇ!」
最初にごろつきを素手で退けて以降、このような手合が増えたような気がする。
治安が良い国だと思っていたわけではない。現代の日本ではないのだ。それは元々覚悟していた。
が、一日ごとに、まるで腕試しのようにやってくる男たちを見ていると、少々ならぬ不安に襲われてしまうのだ。
……この国では魔法ではなく、腕っ節のほうが自慢したくなるのだろうか……と。
「とはいえ、ここまで連続で徒手限定で退けていると……今更魔法で相手したくもないのだが……」
「どうした。怖気づいたのかい!?」
もはや強盗でも店荒らしでもない、ただの腕試しにやってくる客である。
が、私は“これもまた宣伝になるかもしれぬ”と努めて前向きになって、それに受けて立つのだった。
「いてて……な、なんだぁ、なにが……?」
「投げたのだ。さあ、邪魔になるから行った行った。客が寄り付かんだろう」
「お、おおっ?」
もちろん、負けはしない。
今日もまた五、六人の客を相手に、徒手でぶん投げて終わりであった。
筋力で負けてはいても、背丈とちょっとしたコツを使えば瞬殺もいいところである。
力だけで既にどうしようもない神族相手ならまだしも、ただの人間相手に負けるわけがないのだ。
頭を打っていつまでもぼけーっとしている男を足蹴にして追いやり、私は再び椅子に腰掛ける。
そうしていつも営業を再開するわけなのだが、だからといって客が来るというわけではない。
「すげぇなあの店主……怪しい身なりだがまた今日も勝っちまったよ……」
「あの人、角の力自慢でしょ? まさかそれよりも強いだなんてねぇ」
「細く見えるが、わからんもんだねぇ」
そして、もはや私は何のためにここで店を構えているのかわからなくなるような言葉を聞いてしまう。
別に私より強い奴に会いに来たわけでもないというのに、どうしてこのような流れになってしまったのだか……。
いや……しかしこういった流れもまた、“力は筋肉だけが全てではない……それもまた魔法に通ずる”みたいな論調を導入するためにはアリなのかも……。
「おい」
「うん……?」
そんな風に思い悩んでいると、またしても私の目の前にファイターがやってきたらしい。
もはや私もまた客がやってきたなどとは思っていない。
良いだろう。こうなれば私がキングオブストリートファイターになってやろう。そう思って顔を上げたのだが……。
「おや。貴方は確か、河勝殿」
「うむ。しばらくだな、静木殿」
私の目の前に居たのは、数日ぶりになる秦河勝であった。
彼はちょくちょく店にきて、珍しくも私の商品を買っていく唯一のお得意様である。
初めて見た戦いや特徴的な猿の仮面もあり、大和一印象に残る男と言っても過言ではないだろう。
露天仮面と猿仮面の異様な邂逅に、周囲の人達がさっと一歩退いてゆく。
確かに少々奇妙な組み合わせではあるが、彼はれっきとしたお客である。当然、私が無碍にするはずもない。
「今日はなんだろうか、河勝殿。おすすめもいくつか用意してあるのだが……」
「いや……今日は少し、私からお願い……のようなものがあってな」
「うん? 何か要望でもあるのだろうか。用途を教えてもらえれば、都合するけど……」
「そうではなく」
河勝の白い手が言葉を遮り、しばらく無言の後……彼は気恥ずかしそうに、仮面の頬を掻いた。
「……実は、私と……手合わせをしてもらいたくて、な」
「ええー……」
なんだ、この男もキングオブストリートファイターを目指していたのか……。