東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 河勝が初めて来訪してから、ちょくちょくと訪れるようになってきた。

 どうやら彼は魔道具に興味があるらしく、最初に買った“土剣の柄”以外にも“風滅器”や“混濁霊魂探査棒”なども買ってくれた。

 彼は国の中枢に関わる人物なので、興味を持ってくれる分には一向に構わない。

 特別危険な品物というわけでもないので、純粋に有用だと思ってくれれば何よりである。

 

 が、市井の人々が私の魔道具に興味を持ってくれているかというと、それは微妙なところであった。

 最初こそ光霊の護符を有難がってくれたものの、結局のところ彼らが望んでいたのは妖怪を遠ざける手頃な手段であって、マジックアイテムの深い理解ではなかったのだ。

 悲しいものである。物の本質を理解していないというのに、それが自らの手を離れた時にどうするというのだろうか。

 人間とは刹那的な生き物である。ダメだったらダメだった、そんな生き方をする個体も珍しくはないのだが……自らの魂くらい、自らの手で守ろうとは思わないのだろうか。

 そのための足がかりとしてマジックアイテムを提示したのだが……なんとも、上手くいかないものだ。

 

 

 

「今日もあまり来なかったなぁ」

 

 日も暮れかけた頃。

 人々が帰路につくこの時間に、私もそろそろ店じまいにしようと立ち上がった。

 今日の来客数は十七人。そのうち十五人が冷やかしであり、二人が光霊の護符を求めたものの、在庫無しと帰ってもらったお客様であった。

 相変わらず、都での商売は上手くいかない。

 人間といえば商売を通じてどうにでもなるであろう相手なのだが、どうもこの時代の人間とは価値観が違うらしい。何度もアプローチを変えてはみたが、私のマジックアイテムに食いつく人はほとんどいなかった。

 

 ……ふむ。であれば、また少し別の切り口からマジックアイテムを作成し、お披露目してみることにしよう。

 物事は何だってトライアンドエラーだ。

 エラーが数千年続いた所で、それはそれでありふれた失敗、仕方のない事である。

 まして数日の失敗など、エラーのうちにも入らない。

 さっさと幾らかの試行錯誤を練って、大和の人の心を掌握することにしよう。

 

「おおっ? なんだぁ、もう店じまいすんのかい」

「ん?」

 

 机上の品物を整理しようとした所で、通りの向こうから何人かの男たちがやってきた。身なりからして、兵士であろうか。

 人数は三人。暗いために少々判別が難しいが、赤ら顔である。おそらく先程まで酒を飲んでいたのだろう。

 この中途半端な時代で、なかなか贅沢な連中だ。

 

「ええ、夜も更けてきましたから。ここらで、撤収しようかと」

「なんだなんだ、俺らは客だぞ? 面白ぇもんあるなら見せてみろ。そこに戻してよ」

「いえ、もう時間ですから」

 

 本当に興味があって見てくれるのであれば構わないが、酔っぱらいの肴のためにマジックアイテムを披露してやるほど私は暇ではないし、お人好しではない。

 

「おいおいじいさんよ……俺たちを知らんのか。物部百人斬りっていや、この辺じゃあちょっとしたもんだがな」

「見せるくらい良いだろうよ。なあ?」

「できません」

 

 さっきからジロジロと袋の方に目をやっている様子からして、目的は魔道具ですらなく穀物といったところか。

 全くもって不愉快である。私のマジックアイテムよりも穀物を重要視するとは何事だろうか。

 しかもじいさんときた。じいさんとは何だじいさんとは。

 

 が、私の不機嫌を他所に、男たちは顔に皺を寄せて近づいてくる。

 一人は腰に剣を佩いており、手はいつでもそこに伸ばせるのだとでも言うように構えられていた。彼らなりの脅しなのだろう。

 

「おい。悪いことは言わんぞ。さっさと……」

「煩いな。腕に物を云わせたいならさっさとかかって来るがいい」

「……ああ!?」

「どうせお前たちのような者は、理性的な言葉など通じないんだ。猿は猿らしく叫びながら殴ってくるが良い」

 

 私が大きく腕を広げて挑発すると、男たちの形相はより一層の怒りに染まった。

 そう、それで良い。

 ゴロツキ相手との押し問答など時間の無駄である。終わるならさっさと終わった方が良いのだ。

 

「てめぇ俺たちを怒――」

「ほい」

「――どぁあっ!?」

 

 最初に殴りかかってきた男が、その体をすれ違いざまに数回転させながら民家の壁にぶつかって尻餅をついた。

 

「あ、ああ……? い、今のは……」

「後の二人はどうするね」

「ごッ……」

 

 そしてトドメで首元に軽めの蹴りを一発入れて、意識を落としてやる。これで完全に、一人は無力化されたわけだ。

 攻撃を受け流して投げ、からの蹴り。その一連の流れには、当然ながら魔法は使っていない。低俗な連中相手に魔法を使ってやるほど、魔道商人は暇ではないのである。

 

「どうした、兵士なのだろう。それとも二人がかりだというのに、“じいさん”を相手に徒手では敵わないのかね」

「……てめぇ!」

「おい待て! さすがに剣はッ!」

 

 酔っぱらいの一人が腰の剣を抜き放ち、私へと斬りかかってきた。

 

「素直で宜しい。それでこそ猿だ」

「は――」

 

 が、剣を握る手は一瞬で間合いを詰めた私によって掴まれる。

 長物も鈍器も爪も魔法も、振り下ろせなければ意味は無いのだ。

 そして、剣状の武器を奪って扱う場面など、私の長い人生の中で何度も経験している。

 

「それで、後の一人はどうするね」

「え……あ……?」

「仲間はもう、睡魔にやられたらしいけども」

 

 最後に残った男が呆けた声を上げる頃には、剣は私の手の中に収まっており、直前までそれを構えていた男は後頭部に適度な一撃を受けて土の上に倒れていた。

 三人組の最後の彼は、数秒経ってからようやく状況の不味さを理解したのだろう。血の気の引いた顔で上ずった悲鳴をあげ、何歩も後ずさってゆく。

 

「さあ、どうする」

 

 自慢じゃないが、私は剣だろうと棒だろうと石だろうと、それを武器として人並み以上の闘いを行うだけの自信はある。

 魔力を使わない素の身体能力こそ今の時代の男を下回るだろうが、身体の動かし方や物の使い方では、それこそ私に一千万年の長があると言っても過言ではないだろう。

 

「……ひいいいっ! お、お助けっ!」

 

 倒れた仲間のことなど一片も考えていないかのような、見事な逃走であった。

 全く、ゴロツキ連中に同情するわけではないけれど、残された二人はちょっと可哀想だ。

 

「まあ、私がどうこうするわけじゃないけどもね」

 

 私はただ、さっさと済ませたかっただけである。

 相手が仕掛けてきたいざこざの後処理までしてやるほど優しくはない。

 せいぜい寝冷えで死なないよう、各々気をつけることだ。

 

「うむ、帰って魔道具を作らなくては」

 

 ま、そんな連中はどうだって良い。

 明日に向けて、準備を進めなくては。

 

 


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