「“土剣の柄”……なるほど、面白い呪物ね。いや、静木とやらに倣って魔道具と呼ぶべきなのかしら?」
今、太子様は庭先にて、細く手頃な長さを形成した“土剣の柄”を手に笑みを浮かべていた。
人の往来の少ない、ほとんど太子様専用の館である。その庭も滅多に人が来ないため、怪し気な呪物を試すには都合が良かったのだ。
「ふむ。確かにこの魔道具は……奇妙ね。少なくともこのような奇天烈な道具を創りだす者の話は、この大和では聞いたことがない」
「しかし……」
「けど、これは隋の品でもない。だったわね? 河勝」
「はっ」
そう、奇妙だが……あまりにも可笑しなことであるが。
静木が扱っている品は、そのどれもが大和や隋の物では無いのだ。
ならば、それはどこからやって来たのかということになる。
海を越えたのか? 東からやってきたのか?
この問題は、国を動かす太子様や我々にとって、非常に大きな問題になり得ていた。
「大陸の呪物は、このように真新しいものはありません。大抵が長年受け継がれた古びた様相のものであるか、使い捨てであればみすぼらしい物ばかり。……このような、見た目に美しいものなど」
「ええ、この剣の柄は悔しいけど……私が今持っている剣よりも、上等に見えるわね」「……そのような」
「本当の事を言ったまでよ。真実は正しく認識しなさい」
「……はっ」
……大陸の呪物は、どれもこれほどまでに劇的な効果は発揮しなかった。
ほとんどは長期間を見据えた効力の薄い持続性のものであったし、他のものであっても代償としてそれなりのものを覚悟しなければならないのだ。
ただ柄を地面に押し付けるだけで、これとは……。
「……河勝。一応聞くけれど……大秦で見た覚えは?」
「……」
大秦。
……随分と昔の事である。記憶も既に、掠れているが……。
「いえ。私も自由に見て回った者ではありませんが、そのような呪物は見たことがありません」
「……そうですか」
「うわさ話や伝説であれば、耳にすることもあるのですが」
「ふむ。わかりました。そちらは結構です」
「……はっ」
私も長く旅を続け、ここまできたが……うむ。
どう思い返しても、人の世にこのような高等な呪物が広まったことはない……はずだ。
「謎は多いわね……害意が薄そうとはいえ、狙いが読めない以上扱いは慎重にしなければならない、か」
「それがよろしいかと。あの者は、下手に手出しをするべきではありません」
「私がその者を“視る”というのは?」
「危険です!」
「冗談よ。そこまで追いつめられてもいないわ」
「……」
……ま、まったく、太子様はこれだから……。
本音かどうかわからない冗談はやめていただきたいものだ……。
「……しかし、その呪物師が何者であれ、敵に回ることだけは避けたいわね。可能であれば、安全な内側へと引き込みたい」
「それは、確かにその通りですが……果たしてどのように?」
「遠回しに、古典的な方法で。相手の動き方を探りつつ、慎重に模索してゆくのが良いでしょう」
太子様は悪巧みをする時のような笑みを浮かべ、嬉しそうに土剣を振り下ろした。
土の刀身は何度目かの素振りの後に、根本から折れて庭に還った。
太子様が考えた方法は、単純なものだ。
まず、静木の性質をより深く知らなければ、内側に引きこむことすら難しい。
なのでひとまずは人を焚き付けて反応を伺い、相手が持っている目的や思想などを分析する所から始まる。
その後、ある程度問題がないと判断できた場合には、私がもう一度静木と接触して、あわよくば恩を売る。
そこから関係を深め、情報を引き出して行けば良い。
相手が全く未知の存在であるために遠回しではあるが、他の勢力と結びつかれては事だ。
馬子殿の権力を今以上のものとしないためにも、最悪あの者を殺すことも視野に入れなくてはならぬやもしれぬ。
「しかし……ただ人をけしかけるだけでも、太子様はこうまで迂遠な方法を取られるのか」
太子様から出された指示を再確認した私は、深く息をついた。
そこに書かれているのは、何人かの人物を対象とした、一見すると意味不明であるかのような命令である。
だがこの命令によって、人は連鎖的な動きを見せ……結果として、あの静木という男の元にまで波が届くのだという。
「……やはり、あの方こそが大和の政を担うに相応しいな」
このような芸当は、他の誰にも真似できまい。
私は底知れぬ知性を備えた主君を誇りに思い、しかし速やかに命令を全うするべく、動き始めた。