東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 秦河勝。

 蘇我氏についた、謎の超人。

 猿の仮面で欧州風の素顔を隠した、女人のような男である。

 

 当然、そんな特徴的すぎる人物をこの私が見間違えるはずもない。

 白い衣も長い銀髪もそのままだし、仮面だって新調したのだろうが、衣服は前に見た時と同じだ。

 

 その男が、私を訪ねている。

 しかも静木(じょうもく)という名指しだ。通りがかったとか、ちょっとした噂を聞いて偶然、とは考え難い。

 ほぼ間違いなく、私を狙っての訪問であろう。そこにどのような意図があるかは、わからないが。

 

「いかにも、私が静木だ」

「おお」

 

 だが、悪いようにするつもりはないようだ。

 警戒心自体は滲ませてはいるものの、害意はないらしい。声の調子や体の強張り具合からよくわかる。

 

「噂はかねがね。なんでも、よく効く護符を売っているとか……」

「ああ、やはりその噂を……」

 

 どうやら私の護符の効能は、蘇我氏の精鋭である彼の耳にまで届いているらしい。

 いや、この分だと一番上にも風聞は行き届いていると考えても自然だろうか。

 

 ……だとしたら、少々不都合だな。

 

「私が売っているのは、護符だけではない。他にも様々な魔道具を販売しているのですよ」

「まどうぐ?」

 

 彼は国の重鎮に近い人物だ。

 そのような者にまで私の売り物が護符止まりだと思われるのは、あまりに都合が悪い。

 どうにかして、私がより幅広い魔を扱う者であることを知ってもらわなくては。

 

 そしてあわよくば、彼にマジックアイテムの素晴らしさを解ってもらえればと思う。

 

「そう、魔道具だ。魔道具は人の暮らしを補助し、危険から身を守り、慧智へと導いてくれる」

「……ほお」

「魔道具はいいぞ」

 

 つい咄嗟に親指を立ててしまったが、言いたいことは言った。

 私の魔道具にかける熱意を知ってもらえれば、悪いようにはされないだろう。

 仮に無関心であったとしても、私の方から食いついてやるつもりだ。

 

「……では、私にこのまどうぐ……について、説明してもらえるだろうか」

「おお、もちろんですとも」

 

 魚がかかりおったわ。

 私は喜び勇み、商品の説明へと身を乗り出した。

 

 

 

 

 呪具師、静木。

 全身を布や仮面で覆い尽くしたその謎の男は、声色の割に気さくな様子で私の言葉に応じてくれた。

 “怪しいが悪い人ではない”。どうやらその評判は、あまり間違っているわけでもないようだ。

 しかし、噂通りと言うべきか。

 静木が紹介する品々は、どれも使い道のよく解らぬ奇怪なものばかりで、最初の“光霊の護符”以外の用途は私にもさっぱり理解できなかった。

 

「自らの属性を知ることは、将来的な魔道の導入への近道にもなるでしょう。具体的には、そのまま行えば一日十時間行う試行錯誤をおよそ六年ほど繰り返さなければならないものが、これを見ることで一瞬のうちに解決されるわけです。偏向、擬似偏向、傾倒、予測傾倒なども表示してくれる優れものですよ」

 

 丁寧に説明してくれているのだろう。それはわかる。

 が、私の知識を持ってしても彼の説明は難解だ。

 ……これでも、太子様の謀略を陰で支えるだけの対応力は身に着けているはずなのだが。

 

「すまない、静木殿」

「うん?」

「どうも今の私には、お前の言う言葉が理解できんようだ」

「なんと」

 

 丁寧にも静木殿は商品を取りこぼして、おどけたように驚いてくれた。

 

「無学の身故、申し訳ない。……しかしこれらの道具は、どこから伝わったものなのだ? 私はそれなりに長く都に身を置いているが、全く聞いたことがない」

「大陸から伝わってきたものですよ」

「……大陸。それはつまり、隋からのもの……と?」

「いかにも」

 

 ……嘘だな。

 

「ふむ。それは興味深い……他にも、手に取って見ても良いだろうか?」

「どおぞどおぞ」

 

 私はある程度だが、隋を知っている。

 確かに、妖術の類で言えば大和以上に進んだ国だろう。更に西へ行けば、より発展した国も存在する。

 だが、それを踏まえた上でさえ、ここに並んでいる品々は異質だ。

 これらに見覚えもなければ、隋の名残すら見られない。

 

「それは風滅器。その台座の上に載せたものはあらゆる風の影響を受けなくなるという優れものだ。ただし高さ制限は50メートルまで……ああ、そっちは燃素の秤。魔法的潜在燃素の多い方に傾く秤だよ。効率のいい触媒を見つける時にはきっと重宝するだろう」

 

 隋からの品。それは間違いなく嘘だ。

 そもそも、隋から来た物や人を、私や太子様が把握していないはずがない。

 ……しかし、だとするとこの呪物は一体どこから来たものだ?

 いや、それ以前にこの男の目的は? この品々を流し、どうするつもりなのだ?

 

「……見た目にも美しい。いくつか買わせてもらおうか」

「おお!? それは素晴らしい、どれをお買い求めに?」

「……まず、使わせてみて欲しい。できるだけ安全なものが良いな。……これはどうだ?」

「ふむ。それは“土剣の柄”だ。もちろん安全だとも」

「効果は? 意匠は素晴らしいが、見たところ剣の……ただ柄と鍔があるだけにしか見えんが」

「使い方は簡単。その柄を握ったまま土の地面に押し当ててから引き抜くだけ。すると、押し当てた強さによってそれに応じた太さ、長さの土が刀身となって引き抜かれるわけだ」

「……使ってみても?」

「もちろん」

 

 土の剣を作る呪具……これもまた奇妙なものを。

 だが、真実だとしたら面白い。

 

「ふんっ」

「お、なかなか力を入れるね」

 

 私はその場にしゃがみ、柄を思い切り地面に押し当てた。

 そのままグッと力を込め、地中へ埋めるくらいのつもりで押し込んでゆく。

 すると、この手には確かに“柄だけではない他のもの”の感触が伝わってくる。

 地中に、何かが出来たのだ。

 ……あとは、引き抜けば良いのか。

 

「ぐ、固い、な……ッ!」

 

 力強くやり過ぎたためか、柄はなかなか引き抜けない。

 が、それでも力を込めて少しずつ引っ張ってゆけば、段々と土色のものが顕になってきた。

 

「ふんっ! ……おお……!」

「お見事。……なかなか立派な刀剣を引き抜いたな」

 

 地面から抜き放たれた剣は、私の背丈ほどもある立派な両刃の剣であった。

 ……が、刀身の色は茶で、お世辞にも綺麗とは言えないし、刃も荒々しく、切れ味が良いとは思えない。

 

「……静木殿、これは斬れるのか?」

「二、三回程度なら。それ以降はちょっと保証できないね」

「……緊急時には使えるかもしれない、という程度だな」

 

 軽く振ってみるが、土であるためか重さはさほどでもない。

 何度か地面に向かって振り下ろしてみると、驚くべきことに剣は土に軽く突き刺さった。

 が、それも数回繰り返しただけで、中ほどからポッキリと折れてしまう。

 折れた途端に、土の剣は役目を終えたかのように全体がサラサラと崩壊してしまった。

 

「……まぁ、面白い品だ。これを買わせていただこう」

「ありがとうございます。お代は穀物と物品、どちらでも」

「では、品で」

「うむ」

 

 静木。この男は怪しいが……ひとまずのところは、これで良いだろう。

 隋が絡むとなれば、太子様からの指示を仰がねばなるまい。

 


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