光霊の護符の売上はとても素晴らしいものであった。
私の開発した護身用魔道具の利便性は瞬く間に都の噂となり、最初の男を皮切りに、次々に客が舞い込んできたのである。
二日目にしてもはや路地裏に篭もりきれないほど……と言えば、売れ行きの凄まじさがわかってもらえるだろうか。
都の人々は誰もが妖怪を恐れていたらしく、一度きりしか使えない護符であっても、飛ぶように売れた。
代わりに得られたのは大量の低質な穀物である。いらぬ。貰ったは良いが必要のないものである。
とりあえず、お菓子と酒造りで消えてもらうべきだろうか……。
マジックアイテムが広まるのはいいのだが、貨幣ならともかく、穀物ばかりというのはなんとも……。
まぁ、少々処理に困る物資を抱え込んでしまったものの、目的であるマジックアイテムの周知に関しては達成されたと言っても良いだろう。
なにせ、あまりの護符の人気ぶりに追加で何十本もの竹を分解して、新たな護符を作らねばならないくらい売れたのだ。
数日前までは客足も人気ラーメン店並の長蛇の列ができるくらいになっていたし、おそらくこの都市においては私の護符を知らない者は居ない程度にはなったはずだ。
光霊の護符は周知され、万人がマジックアイテムの存在を受け入れるだけの下地を獲得した。
では、私は次に何をするのだろうか。
さらに護符を大量生産し、魔道商人の地位を盤石なものとする?
いいや、それは違う。それは最善の手ではない。
護符は売れた。しかしここで現状維持を決め込んでいては、護符だけが注目されるだけで終わってしまうだろう。それこそ一過性のブームと同じだ。
ここで重要なのは、私が新たな燃料を投下することであろう。
光霊の護符に甘んじることなく、更に次のマジックアイテムを売り出すことによって、都の人々をマジックアイテムの沼に引きずり込んでゆかねばならないのだ。
そうして生まれるのが空前のマジックアイテムブームである。
人々はマジックアイテムの利便性と芸術性に魅了され、魔力が及ぼす神秘の力の完全性と天体の法則性に興味を抱き、そして自ずと魔法使いへの道を歩み始めてしまうというわけだ。
つまり、大和の人々は既に私の術中の中に嵌っている。
大陰陽国日本誕生の日は近い。
「混濁霊魂探査棒はいらんかねー……」
「いらん」
その日、私は前を通りがかった43人目の男の客引きに失敗した。
「なあ、
「いや……申し訳ない。あの護符は既に売り切れでね……」
「なんでー。つまんねえの」
男は少しだけ立ち止まってくれたものの、目当てとする品が無いと聞くや、にべもなくさっさと立ち去ってしまった。
「な、なんという……」
売れぬ。
マジックアイテム販売計画の次鋒として用意した数々の魔道具達が、私の予想を遥かに上回るレベルで売れなかった。
どのくらい売れなかったかというと、商品説明した時点で既に売れない。これは異例の事態である。
……いや、客層を間違えているということはないはずなのだ。
混濁霊魂探査棒は霊魂にエラーを来した者を探し当てることに優れているし、これがあれば霊魂を偽る妖怪などが居た場合に即座に対処が可能となる。
波紋の円環などは、これを通して相手の魔力を見ることで、相手の魔力がどのような属性に適しているかを簡単に診断することができる優れものだ。まさに魔法使い初心者にとって垂涎の品であると言っても過言ではない。
最高の品々を揃えたつもりである。
だが売れない。何故だ。何故誰も魔法使いにならないというのか……。
「近頃の静木さんなぁ……」
「ねえ? 怪しい物ばっかりで……ついに本性が現れたっていうか……」
「後から売られた護符も、どこまで本物だか……」
うおおお……大和の人々はどうしてこうまで無関心なのか……。
こんなに面白おかしい魔道具を目の当たりにして、何故興味と関心を唆られないのだ。
もしや、光霊の護符がまぐれでヒットしただけだというのだろうか……うううむ……しかし、また護符を売りだしたのでは結局私はただの護符商人ということに……。
「失礼」
「ん?」
私が新商品の構想に頭を悩ませていると、目の前に人が現れた。
客か、冷やかしか。私は顔を上げたのだが……。
「おや……」
「ここが静木という男が開いているという……呪具屋ということで、相違ないか」
目の前にいたのは、白い男。
全身白い衣服に身を包み、木彫の猿の仮面をつけた、奇妙な出で立ちの男。
私は彼を覚えている。
彼は以前の戦で戦功を挙げた超人……秦河勝だ。