東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 私が生物を生み出そうとすると、肉塊が現れる。

 しかし他の、ただの物であれば容易に生み出せるし、物と言うには少々複雑なビールなんていうものでさえ作り出せてしまう。

 

 この偏りは何なのか。

 きっと、生物・無生物という違いはあるだろうと思う。

 

 魂と、魂なきもの。

 私は未だに、魂というものの存在をしっかりと掴みきれてはいないのだが、一部の生物そのものに対して理解を最大限深めつつある私にとって、未だに認識できないものがあるのだとすれば、それは魂だと言う他ないだろう。

 

 

 

 

「いでよ、“アノマロカリス”」

 

 私は魔界の海の上に立ち、右手から紫の輝きを放出した。

 輝きはすぐにひとつの形へと収縮し、見慣れた形となって姿を現す。

 

 アノマロカリスだ。

 ただし、どこか不完全で、作り物のようで、全く動かない物体である。

 

「駄目か」

 

 アノマロカリスがたの肉塊は水面に落ち、大きな飛沫を立てて海底へ沈んでいった。

 泳いでいる様子も、これから泳ぎだす気配もない。

 あの肉塊もまた、一時間もしないうちに海中の巨大魚類によって食われてしまう運命だろう。

 

 ……生物の創造。

 それは、原初の力を以ってしても成すことのできない、私の抱える大きな課題の一つである。

 

「神綺は、曲がりなりにも……一応……動くものは作れるのになぁ」

 

 あれを生物と呼ぶのは私としてはかなりの抵抗があるが、しかし神綺には間違いなく、生物を生み出す才能が備わっている。

 現れるものこそ、奇妙という言葉でさえ不足極まる謎のアホ毛二脚生物ではあるが、あの無駄な躍動感ある動きは不本意ながら、生物と言う他ないだろう。

 本来なら私がヘビでもゲジゲジでも何でも作り出して、生物とはこういうものなんですよお嬢さんとでも優しく教えてやりたいのだが、今の私ではミジンコでさえ創り出せる気配がない。

 

「もしかしたら……生物の創造は、神綺にしかできないことなのかもしれない」

 

 自分で生物が創れるのであれば、魔界の住人を生み出すのは非常に楽になる。それだけで私の目的が達成されると言ってもいい。

 しかし、創れるのが神綺だけとなればそうはいかない。そして、人間を知らない神綺には、きっと実物に近い何かがやってくるまでは、人間まがいの何かしか生み出せないだろう。(脚だけならあんなに忠実に創れるのに……)

 

 道を端折って楽をしようと思ってみたが、どうもうまく行く未来は見えてこない。

 ここはやはり、生物を良い具合に“くっつけ”たり、“合成”したりするのが一番だろう。

 なに、別に魔術的なキマイラを作ろうというわけではない。そっちの方にも興味はあるけれど、やること自体はただの品種改良みたいなものである。

 

 

 

 

「ライオネル、何を作っているんですか?」

「うん?」

 

 大渓谷の一際高い場所の一角にて、私がちょっとした作業に没頭していると、神綺が六枚の黒い翼を広げてやってきた。

 

「これは服だよ、服」

「服?」

「私のね」

「え? ライオネルって服をお召になるんですか?」

「神綺、私でも滝のような涙は創り出せるんだよ?」

 

 まるで私が常に腰にボロ布を巻いてるだけの存在みたいな言い方じゃないか。

 いや、事実一億年以上もこうしているから、何の反論もできないんだけどさ。

 

「まあ、いつも同じ格好だなとは思っていましたけど……どうして突然、服を作ろうだなんて?」

「うん……まぁ、魔界の住人向けに、ね?」

 

 魔界の住人。それはおそらく、ずっと先の話になるだろう。

 けど、それがいつになるかはわからない。

 もしかしたら、神綺が何かの拍子に“作れちゃいました、てへ”みたいな薄いノリで人間を生み出しちゃったりするかもしれないし、私の方こそ、“人間よ、現れよ”なんて言って出してみたら何か成功しちゃったりするかもしれないのだ。

 それがいつになるかはわからないが、少なくとも神綺の方は、彼女の才能が全く読めないだけに、明日にでも成功する可能性も否定できない。

 

 もしそんな時に、私がガリガリマッパに腰巻き一丁で居てみなさいよ。

 きっとその時も私の姿はこれがスタンダードなのだと記憶されてしまい、今の神綺みたいなやり取りが繰り返されてしまうかもしれない。

 つまり、ライオネルってその格好が基本なんでしょ、みたいな。

 

 ……そう、私はそれを回避すべく、悲劇を起こさないべく、服を作っているのだ。

 

「服だったら、原初の力で生み出したら良いじゃないですか。今やってる作業って、本の時と一緒のやつですよね」

「原初の力で生み出した物だと、強度が弱いんだ。というより、完全じゃないと言うべきか……うーん」

 

 今、私はシダの繊維を原料として、自前の服の生地を作っている最中だ。

 原初の力で作ろうと思えば、まぁものの数秒で生み出せるのではあるが、それだとどうしても生地が“綿っぽくない”というか……あまり服らしくない。

 それに、一度試してみて気付いた事として、服でも紙でも魔術を定着させるには、現世から持ってきたものが一番というのも、理由として大きい。

 

 魔界の住人として、せっかく自分の顔ともなる服を作るのだ。

 どうせなら得意の魔術を織り込んだ、オーダーメイドに相応しい逸品にしたいものである。

 

 あらゆる衝撃に耐え、あらゆる相手の魔術を無効にし、着ているだけで姿を隠せて音速で走れるようになり空も飛べて太陽光受けて二酸化炭素を酸素に変換してお菓子を食べても太らなくなり芳香剤代わりにもなって……。

 

「ライオネル、繊維が崩れちゃいそうですよ!」

「おっと、いけないいけない、ありがとう」

「いえいえ」

 

 

 

 

 結局、服作りは順調に進んだものの、生物方面の研究は数千万年経ってもほとんど進歩することはなかった。

 加えて地球がまたしても氷だらけになってしまったこともあり、研究が本格的に頓挫。

 そればかりか、魔界の動植物達は生態系や環境が緩やかなためか進化も退化もすることなく、単純な数を増やしたり減らしたりを繰り返すのみ。

 

 魔界に戻れなかったり、地球に行けなかったりといった分かりやすい問題は無いにせよ、進展が見られない、恐ろしく閉塞的な時代が続くのだった。

 

 


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