東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「私は、あなたの願いから生まれました。あなたの持つ大いなる魔の力によって、全能の神としてここに顕現したのです」

「はあ」

 

 目の前の少女は、そんなことをのたまった。

 曰く、全能の神である少女は、私から生まれたのだと。それって私が神の生みの親みたいな言い方じゃあないだろうか。

 

「……納得していないようですね……?」

「うむ」

 

 私は間髪入れずに頷いた。

 コンビニに入ればちょっとした神様気分にはなるものだが、私の人生の中で神様の神様にまでなった覚えはない。

 

「そもそも、私のこの力は一体……?」

 

 私は右手を軽く掲げ、発光させた。

 白くぼんやり輝く、不気味な枯れ腕。

 どうやら言葉が無くとも、頭で考えるだけで光るようではあるのだが……。

 

「それは、万能の力……原初の力ではないでしょうか」

「原初の力?」

「……自在に操作できていながら、ご存知ないのですか?」

 

 自在にって言われても、まぁ、そりゃあこうして光るけれども。

 

「あなたが望めば、この世界はあなたの思いのままに変容します。願いをこの世界に反映させる、最も偉大で、唯一無二の力。それが、あなたの持つ原初の力の正体です」

「望めば、思いのまま?」

「はい」

 

 いやに真剣な顔で、銀髪の少女は頷いた。

 

「……つまり、私が願ったものは、現実のものとなると?」

「はい。それが現実となるべきだと強く望めば、あなたの力の根源が尽きない限りは、思いのままに」

 

 やはり、真剣な顔。

 茶化すでもそそのかすでもない、それが普通の事なのだと言わんばかりの顔で、少女は言う。

 

 そんな風に言われては、私も歳を考えずにやってみたくなるではないか。

 ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから、なんて躊躇もしていられない。

 

「……ビールを我が手に!」

 

 私は欲望のままに叫び、右手を掲げた。

 すると、右手の光が少しだけ千切れ、宙に浮く。

 蛍のようにぽやりと揺らいだかと思えば、次の瞬間にはそれは、一個の缶ビールに変化していた。

 

 ただし、私の貧乏性が発現したためか、安っぽい第三のビールなのだが。

 

「……おお……」

 

 現れたビールを見上げ、少女はどこか感動したような声を漏らしている。

 かくいう私も、自分に発現した謎の力を目の当たりにして、少々興奮気味だ。第三のビールではあるけれども。

 

 缶を掴み、カショッ、と小気味いい音を立ててプルタブが傾く。

 昨日も飲んだそれを、私はどこか懐かしむような思いで、一気に口の中へと流し込んだ。

 

 共に、頬や顎や喉元から、シュワシュワと強い泡の音を立てながら、ビールが外側へとこぼれ落ちていく。

 ……そうだった。今の私の身体は、ミイラ。いくつもの穴や裂け目が開いているそこからビールが抜け出るのは、半ば必然であった。

 

 創造したビールを飲みながら体中で零す私と、それをどこか尊敬した眼差しで見つめる少女。

 この世界の異常性は、相変わらずの平常運行である。

 

「……残り、飲む?」

「あ、いただきます……」

 

 身体を突き抜ける爽快感と虚しさに耐え切れず、私は残り半分ほどの第三のビールを少女に明け渡した。

 少女は飲みかけを恭しい手つきで受け取ると、茶を嗜むような両手付きでそれを傾け、コクリコクリと飲み込んでゆく。

 

「……ぷぁあ、美味しいですね、コレ……」

「それは良かった」

 

 飲みかけ、第三のビールであるにも関わらず、少女の惚けた顔は、大層ご満悦のようであった。

 

 

 

 さて、缶も丁寧に潰し終え、私達は再び向き合っている。

 私は胡座をかき、少女は正座。少女はちょっとだけ赤らんだ顔でいるが、顔つきは真面目なものに整えられている。

 

「……石の密室よ、拡大せよ」

 

 私は右手を掲げ、命じるように唱えた。

 すると言葉に応えるようにして、四方と上側の壁が、ぐーんと遠ざかってゆく。

 

「なるほど」

「お分かりいただけましたか?」

「なんとなく」

 

 暗い密室は、どうやらかなり大きく広がったらしい。何十メートルも拡大したのだろうか。学校の体育館を思い出すような開放感である。

 

「この世界は、あなたによって生み出された世界……原初の力は、この世界を思いのままに変容できるわけですね」

「ふむふむ……広がって暗くなっちゃったか。床よ、ええと……ほんのちょっとだけ輝け」

 

 私が再び命じると、石の床は淡い光を帯びて、空間全体に仄かな可視性を与えた。

 見えるだけでも、心に湧く安心感は大きいものだ。やはり光は、偉大である。

 

「私もあなたの力によって生み出された存在。あなたが神という存在を願って、私をこの世に生み出した……なので私もまた、この世界を変容する術を知っています」

「ほうほう……空間よ、もっと、なんか、こう……すっごい広がれ」

 

 両手を掲げてそう命じれば、四方を囲っていた壁はどこまでもぐーんと遠ざかってゆき、見えなくなった。

 天井も同じように高く広がったようで、見上げてみても闇が広がるばかり。あまり空間を広げすぎると天井が支えきれずに崩落するのではないかと、今更に心配になってしまったが、私に発現した万能の力を思えば、それは杞憂に他ならないだろう。天井が崩れ落ちた所で、私のこの力で何とかしてしまえばいいのだから。

 

「あのぅ……」

「ちょっと空が寂しいな……天よ、ちょっとだけ光れ」

「あのっ、聞いてますか?」

「うわっ、なんか赤くなっちゃっ……え、何? ごめん、なんだっけ」

「もう……」

 

 私は、しばらく自分の力に溺れていたらしい。

 少女は拗ねたように頬を膨らませて、私を可愛らしく睨んでいる。

 

「だから、私もあなたのようにこの世を変える術を持っているのです」

「ほう」

「私はあなたのお手伝いをするためにやってきたんです」

「お手伝い」

 

 メイド。何故かそんな言葉が頭のなかに浮かんで、消える。

 少女がずずいと私の前に擦り寄って、むっとした顔を近づけてきた。

 

「お役目をください」

「や、役目」

「はい。私はあなたのお手伝いをするためにやってきたのですから。役目がなければ、私が生まれた意味がありません」

「……う、ううん……?」

 

 私は、おそらくこけているであろう頬を指で掻き、しばし悩んだ。

 

 役目。そんな大層なものを人に与えられるほど、私は仕事上の役職も徳も高くない。

 しかし、目の前の彼女はどうしても欲している。

 

 ……うん。

 今の私は、とにかく不可思議な状態ではあるけれども、言い知れない全能感に満ちてはいる。

 それなりに力があるのであれば、それなりの責任もあるのだろう。

 責任があるならば、大人としてしっかり果たさなければなるまい。

 

「では、まず……」

「はい」

「私の相談役になってくれないかな」

「……はあ、わかりました」

 

 少女よ。なんだか釈然としていないような顔をしているけれど、私にとってはこれが急務であり、唯一求めていることでもあるんだよ。

 

 


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