市場調査を行った結果、判明したことがいくつかある。
まず、都においては妖怪と呼ばれるものが最も恐れられているということだ。
妖怪というのは、つまりは魔族のことである。場合によっては悪魔を示すのかもしれないが、今のところ大和に悪魔の姿は確認できないため、恐怖の対象は全て妖怪と考えて間違いない。
また、妖怪は恐怖を煽るような生態が多いらしく、殆どは現代の神族と同じく人の精神性に依存した生き方を好んでいるのだそうな。
神族が人間からの信仰によって存在を強化するのに対し、妖怪は人間からの恐怖心によって存在を高めるのだ。
なるほど、確かに手っ取り早い方法であるし、神族たちほどの手間はないだろう。
その手法は大和の妖怪達の間で定着しているらしく、妖怪は人間達を頻繁に脅かし、彼らはすっかりと恐怖の対象となってしまったのであった。
……ふむ。これは使える。
正直妖怪と人間の関係は私にとってあまり興味もないのだが、人間が妖怪におびえている。それはとても使える情報だった。
このような西暦の時代に、まさか未だに魔族達が人間社会に幅を利かせているとは思ってもいなかったのだが……人々がそれに対抗する手段を欲しているのであれば、これは私にとってのチャンスである。
やってきた当初は魔除けなど気休めくらいにしかならないと思っていたのだが、予想外の展開だ。
この流れならば、私の計画も上手く流れてくれるだろう。
「お客さん、お客さん」
「うん?」
ゆったりとした服を身にまとった男が、路地からの声に立ち止まる。
男の身なりは簡素であったが、それなりに高貴な者なのだろう。
外向きとはいえ、腰や腕などにいくつかの装飾品が見られた。
つまり彼は、それなりに裕福な……私の商売相手足りえる男なのである。
「……なんだい、お前さんは」
男が怪訝そうな目つきで、路地裏の私に声をかける。
声も視線も、どちらからも私への信用はなく、むしろ後一押しの理由さえあれば、兵士を呼んで罪人扱いしそうな気配すらあった。
それもそうだろう。私自身、この身なりが怪しいとは思っている。
顔を完全に隠す仮面。
頭部を覆った達磨のような灰色のフード。
そして手の先すらも一変の地肌を見せない、ぐるぐる巻きの包帯。
自分で言うのもなんだけども、怪しいと思わない方がどうかしている。
「なに、私は旅の術師。怪しいものではありません」
「見るからに怪しいが……」
「とんでもございません。私は人々の世に役立つ品を提供する、立派な商人です」
「……貴様は一体何を売るというのか。ネズミの肉か、それとも犬の肉か」
「肉ではありませんが……まあ、ご覧になっていただければわかります。さあさ、こちらへ」
「……」
男は、とりあえず話が通じるらしい私に対して、ある程度の警戒心を取り払ったのだろう。
胡散臭そうに見る視線は相変わらずだったが、一応というくらいの心持ちで、私の方へと近づいてきてくれた。
「で、お前はどのような品を差し出すというのか」
「たとえばこちら」
「……ん?」
私が差し出したのは、一枚の木札だった。
大きさでいえば、ちょうど十五センチ定規くらいであろうか。
そこに細かな文様を刻みこんだ、私特製の簡単なマジックアイテムである。
「ほう、これは……異国の文字だが、見事な」
「それは光霊の護符と呼ばれる魔道具です」
「魔道具?」
「ええ。もしも貴方が夜、妖怪などに出くわしてしまった時……その札を使えば、中に封じられた光の守護霊が溢れ出し、貴方を妖怪から守ってくれるのです」
「ほお」
話半分な反応である。
まぁ、仕方あるまい。霊感商法はどんな時代でもそんな感じだ。最初から相手を疑っているのであれば、当然だろう。
「使い方は簡単。妖怪に襲われそうになったら、その護符を折るだけでいいのです。そうすればたちまち光の守護霊が現れて、妖怪の前に立ちふさがってくれることでしょう」
「ほー……どうだかねえ……」
「便利ですよ? 退治はできませんが、時間稼ぎにはなってくれるはずです」
そう、倒しはしないのだ。あくまで足止めをするだけ。そんな効果をあの札に付与してある。
内包されているのは原始的な月魔法であり、発動される効果も“月の盾”に近い妨害魔法だ。妖怪にとっても無害であるし、人と妖怪の力関係がバランスを崩すこともないアイテムだ。
つまり、売れさえすれば定期的な需要が見込めるマジックアイテムなのである。
「ふーん……まぁ、こいつを試そうにも、どうせ俺は何かを支払わなけりゃならんのだろう。そして、結局のところ使おうとしたって、何も起こりやしないと。俺はあんたのような商売をやってる連中を何人も見てきたが――」
「お試しになられますか」
「――え?」
男が素っ頓狂な声を出して固まった。
「この護符を疑われているのでしたら、お試しになるのが良いでしょう」
「……おいおい、本気か? 試すったって……」
「もちろん、お代はいただきません。米も麦もね」
「……どう試すってんだよ」
「簡単ですとも」
私は一枚の護符を差し出して、男の手に握らせた。
「折ればよろしい」
「……」
男がつばを飲み、喉が動いた。
「……俺は、信じちゃいないぞ」
「なので、ご自分の手でどうぞ」
「……良いんだな?」
「目の当たりにされるのが良いでしょう」
男はしばらく悩むように木札を睨みつけて、黙っていたが……ついに意を決して、木製の護符を両手で握りこんだ。
「ふんッ!」
そして小気味良い破壊音を立てながら、木札は真っ二つに割れ……。
「お、おお……!?」
「ほら、言った通りでしょう」
私と男との間に、薄く輝く煙が発生したのであった。
「光霊の護符、おすすめですよ。一枚のお代はこちらの升に米三杯」
「……!」
私が宙に浮かんだ輝く煙を、拳の裏でゴンゴンと叩き、その頑丈さをアピールすると、男の表情はコロコロと変化する。
驚き、恐れ、感嘆……そして最後に、焦りと喜び。
「ま、待ってくれ。そこで待っていてくれよ! 今、屋敷から代になる品を持ってくるからな!」
「はいどうもー」
そうして、男は慌ただしく路地を走り抜け、去っていったのであった。
「……ふむ、これは流行る」
どうやら、うまくいきそうな予感がする。