東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 戦は蘇我の快勝に終わった。

 これも、孤軍奮闘し物部守屋の首をスパーンと撥ねてのけた秦河勝のおかげであろう。

 当然ながら、河勝の功績は蘇我の兵たちの語り草となっている。

 

「太子様の近衛だそうだ。羨ましい」

「あの、白い?」

「そうそう。すげぇなぁ、俺なんて震えてマトモに剣も振れんかったってのによ。秦さん、一人で何十人もやっつけたんだとか」

「ほへぇー」

 

 帰り道を歩く兵の声は、弾んでいた。

 それもそうである。今しがた、大きな戦が終わり、生き延びたのだから。

 蘇我と物部。この時代における最も大きいであろう決戦を切り抜けた兵士たちは、平穏の訪れに安堵していることであろう。

 

 私はといえば、そんな浮足立つ彼らの適当な一人に“憑依の呪い”をかけてぼーっと付き添っている。

 もちろん“半界歩行”で姿を見えなくした上で、“明瞭な感覚”で話を盗み聞きしながらだ。

 兵たちの態度や喋り方は、お世辞にも美しいとは言い難いけども、それでも私が喋る上での役には立つだろう。

 彼らが都に戻る頃には、私は都の人間らしい会話技能を習得しているはずだ。

 

『はてさて。人の世はどうなっていることやら』

 

 古代日本の都。実に楽しみである。

 

 

 

 行軍は何日もかけて行われた。

 兵の数が数なので、歩みが遅れるのは仕方ないことである。

 それに戦は終わったのだし、特に焦る必要もない。伝令は馬に乗って一足先に都へ飛んだらしいが、それ以外の兵たちはのんびりとしたものだ。

 

 夜が近づけば彼らは街道に座り込み、火を囲み残った兵糧を食い、薄い酒を飲んではワイワイと楽しそうに話している。

 話の内容は専ら、物部との戦における自らの武勇伝であり、やれ俺は何人斬っただの、やれ俺は何人射っただの、そんなものであった。こういう所は、どんな時代でも変わらない。

 

 それにしても、酒に関してはまだまだ洗練されていないのが意外であった。

 私としてはもうちょっと日本酒らしい日本酒を想像していたのであるが、この時代の酒は度数も低く、味もさほど良ろしくない。

 であるにも関わらず、彼らはありがたがってその質の悪い酒を嬉しそうに飲んでいた。

 製造方法も不安定で、希少なものなのだろう。いつか日本酒が席巻する時代がやってくるのだろうが、それはかなり後のことになりそうである。

 

 

 

 露営を何度かこなし、えっちらおっちらと歩き続ければ、あっというまに都へと辿り着いた。

 さすがに都は建物が多く、木造とはいえ建築物の多い場所である。

 帰ってきた彼ら兵達は、これから都を凱旋し、道行く人々に勝利を祝ってもらうのであろう。

 褒章やらのこともあるし、もうしばらくは兵士としての役目がありそうだ。

 

 都の人々は、兵士たちに労いの言葉を投げかけたり、賞賛の声を上げていた。

 戦が終わり、平穏が訪れる。都の人々は、そう信じてやまないらしい。

 

 とはいえ、怪我を負った兵も多いし、死んだ兵士もいる。華々しい勝利の下には、決して少なくはない死体が積み重なっているのだ。

 都の人々の中には、息子や夫を案じて、心配そうな視線を投げかける者も多かった。

 これもまた、戦とは切っても切れぬものであろう。悲しいが、時代の移り変わりとはそういうものなのだ。

 

 

 

「さて」

 

 少々感傷的になったが、しかし、私にとって兵たちの生き死にはどうでもよろしい。

 ずるずると自動で付き纏ったものの、都に到着すればあとはもうくっ付いてやる意義もない。彼らが凱旋を楽しむ間に、私は“憑依の呪い”も“半界歩行”も解いて、都の地に足を付けていた。

 

 ここからは、私の足で歩いてゆこう。

 日本に来てから随分と時間が経ってしまったが、ようやくこれから本格的な活動の始まりだ。

 

「まずは、都に溶けこむ必要があるか」

 

 色々とやりたいことはあるけれども、当面の目的はこの都に自然と融和することである。

 それには、私という存在が人々の中で“まぁいてもいいか”と思われる程度の存在にならなくてはならない。

 今の私の魔導商人風の格好であればおそらく過度に怪しまれることはないだろうが、今までの失敗のこともある。何度か都の人々と取引を行って、私という存在が“利益になる”と思わせなくてはならない。

 

 が、その点については特に心配することはないだろう。

 なにせ、私はこれまでこの日本の海や山の中で、様々な素材集めに奔走していたのだから。

 

 物だけならば既に揃っている。後は、これを上手く遣り繰りして足場を築いていくばかりだ。

 

「さて、頑張ろう」

 

 こうして私、ライオネル・ブラックモアの楽しい大和生活がスタートしたのであった。

 

 


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