東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 両者の間には物部の兵達が犇めいているが、もはや仮面の男にとってそれらは障害にならないのだろう。真っ直ぐに守屋だけを見ているようだった。

 そして対する守屋の方も、兵たちには期待していないように見える。お互いがお互いだけを意識した、一騎打ちにも近い雰囲気だ。

 

「さあ、来いよ!」

 

 守屋が長弓を構え、二本同時に矢を放つ。

 仮面の男はそれを薙刀で素早く絡めとり、外側へと弾き飛ばした。

 

「ぐぁっ」

「うぐッ」

 

 いや、兵たちに向けて“飛ばした”のか。

 器用なものである。まさか相手の飛び道具を利用して、攻撃手段に転化するとは。

 

「面白い猿真似だな!? 気に入った、名を名乗れ!」

 

 だが、守屋は攻撃の手を緩めない。矢筒から次々と矢を抜き取っては番えて放ち、休むまもなく攻撃を続けている。

 緩急をつけた矢の射撃は、時に弾き飛ばせない程の威力で仮面の男に迫る。それらを利用することは難しいようだが、しかし薙刀による防御には何ら支障がないようで、ジワジワと両者の距離が縮まっていった。

 

「我が名は……河勝! 秦造河勝!」

「ほう!? 知ってるだろうが、俺は物部守屋だ! 冥土の土産にしちゃあ上等だろう! 覚えておくがいい!」

「――!」

 

 連続する速射の最中に突如、先ほど撃ちだした鉄の矢が構えられる。

 それまでの木の矢と変わらぬ素振りで番えられたそれに、あるいは周囲から襲いかかる兵たちへの対処に追われていたためか、仮面の男は僅かに一歩、反応が遅れてしまった。

 

 鉄の矢は瞬く間に射出され、仮面の男……河勝へと迫る。

 

 あれを受け止めることは至難の業だろう。

 決着の一撃となるか。傍目から見る私でさえそう思ったのだが。

 

「ッぐぁ……!」

 

 河勝は、大きく上体を後ろに逸らすことによって鉄の矢を回避した。

 矢は腹部を狙うような低めのものであったにも関わらず、ほとんど膝の高さにまで上体を寝かすことで、無理やり凌いだのだ。

 

「……! ッハハ! やりやがる!」

「……その矢、危険だな……!」

 

 が、どうやら河勝のつけていた木製の猿顔の仮面は損壊を免れなかったようだ。

 矢がかすったためであろう。綺麗に真っ二つに割れ、地に落ちている。

 

 ……やはり、その顔は日本人のものではない。

 顔立ちはどう見ても、欧州や……そういった者の顔であった。

 

「なんだあいつは……!」

「やっぱり化物だ! 妖怪め……蘇我もここまで堕ちたか……!」

 

 そして島国である彼らにとって、やはり河勝の顔立ちは見慣れぬものであるらしく、反応は様々だった。

 ある者はその異質さに物の怪の類だと推察し、ある者は衝撃を受けてたじろいている。

 メディアも見聞もなく、初めて目にする異人種の顔なのだ。驚くのも無理は無いだろう。

 

「……てめぇ、妖怪か?」

 

 それは物部守屋にとっても同じであったらしい。

 どこか訝しむような目は河勝を睨みつけ、その手は腰に佩いた銀色の剣に伸びている。

 

「……人に、決まっている」

 

 河勝は青い瞳に鋭さを増し、そう答えた。

 

「どうだかな。妖怪はどいつも、そう言いやがる」

 

 守屋が弓を乱雑に放り投げ、腰の剣を引き抜いた。

 それはリーチの長い銀色の剣。片刃であるがその長さは一般的なものと違って長大であり、河勝の構える薙刀にも引けを取っていないようにも見える。

 またその剣は……強い魔力を帯びているようだった。

 

「異国の神を拝し、妖に擦り寄る……皆の者、見るが良い! これが蘇我だ! これが醜き真実だ! 我々は間違っていない! 悪しき敵は……ここにいるぞ!」

 

 守屋が剣を掲げ、兵たちの歓声が上がる。

 異質な河勝の姿を前にして、物部の士気が高まったのだろう。異民族を排そうという活力は、どのような種族でもどのような時代でも、盛んになるものだ。

 

「妖怪……妖怪だ……!」

「おのれ蘇我ァ……!」

 

 物の怪。妖怪。つまりは魔族扱いだ。

 私から見れば人間にしか見えないそれであっても、人によっては尋常ならざるものに見えるのだろう。

 

 存在ごと否定されたような怒号と罵声の渦中にあって、河勝はただ薙刀を構えたまま静かに佇んでいた。

 

「悪しき蘇我の妖怪よ。物部の宝剣によって、大人しく首を落とされるが良い」

 

 掲げられた守屋の剣が、歓声を受けて青白い輝きを放つ。

 放射性のあるものではない。あれはあくまで、霊的な輝きであろう。

 大方、辺りで喚く兵たちの呼び声や信仰に応え、力を増幅させているのかもしれない。

 

 見たところ……増幅されているのは、切れ味。そして対魔力。あれに斬られれば生半可な魔力的防御は用を成さないだろう。それは、並の鉄剣であっても変わりはない。

 人智の及ぶあらゆるものを切り裂く。神族の末裔らしい、まさに信仰の剣と言える。

 

「死ね、妖怪!」

 

 守屋が剣を振るい、河勝へと肉薄する。

 剣から溢れる魔力は守屋をも包み、信仰を身体能力へと転換し、基礎能力を増幅させている。

 そこから繰り出される斬撃は、大木でさえも両断するだけの力を秘めていることだろう。

 

 笑う守屋。静かに構える河勝。

 勝負は一瞬のうちに決するであろう。

 

 

 

 ――河勝の勝利によって。

 

 

 

「――は?」

 

 物部守屋の首は、半ばから断ち切られた宝剣と共に、宙を舞っていた。

 最後に捻りだした守屋の疑問の声が、沈黙した群衆の中で孤独に染み入る。

 

「……言ったはずだ。貴様を斬ると」

 

 なんてことはない。

 周囲の物部兵にはわからなかったのだろうが、私達には見えていた。

 

 河勝は、単純に守屋よりも先に前に出て、守屋の首を撥ねただけだったのだ。

 それが、人間業とは思えない化け物じみた速度であっただけの話である。

 

「物部守屋……討ち取った」

 

 その一瞬のことを、私は忘れることはないだろう。

 河勝の全身から吹き出た夥しい量の魔力を。ある一瞬においては、下級の神族すら凌駕するであろう、人にとっての禁忌の力を。

 

 


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