「今の一矢で割り出したか! 面白い!」
守屋が背中の矢筒から、一気に三本の矢を掴み取る。
それをそのまま弓へと番え、ギリギリと力強く引き絞った。
通常、ああしてまとめて発射する場合、矢の威力や飛距離は大きく減衰する。
単純に撃ち出す重さが三倍になるのだ。とてもではないが、超遠距離で繰り出していい技ではない。
それに、均等に三本の矢に力を与えることも至難の業だ。考えなしに放つだけでは、一本だけが力強く飛んだとしても、他の二本が上手く飛ばすに落ちてしまうだろう。
「ふッ!」
だが、守屋は一度に三本の矢を、全く同じ威力で撃ちだした。
それに加え、威力や飛距離も先ほどのものに比べて何ら遜色はない。三本の矢は銃弾のように正確に、仮面の男へと襲いかかる。
「っ……強いな」
胴一本、頭一本、馬一本。
それぞれ別の部位を狙って飛来した弓矢は、しかし命中する寸前で薙刀によって速やかに払い落とされる。
「ほう……あいつ、やるじゃねえの」
金属が弾けるような音と共に、矢の残骸は鏃を大きく捻じ曲げながら遠くの地面に落ちた。
仮面の男は停止した白馬の横っ腹を蹴り、再び物部守屋へと駆け寄ってゆく。
「数で駄目なら、質よなぁ」
駿馬の一歩一歩は驚くほどに大きく、馬上で薙刀を振るう仮面の男にとって雑兵程度では足止めにすらなりはしない。
着実に一人の精鋭の侵入を許し続ける最中、守屋は呑気なほど緩慢な動きで、再び背中の矢筒から矢を取り出した。
「さて?」
それは、新たな矢。
これまでに撃ち出してきたものとは全く異なる、長く、そして黒い矢であった。
鏃らしき三角の先端はないが、後部には雉から毟ったような大きな矢羽が彩られている、一見すると歪な矢である。
が、私はそれを見てすぐに理解した。
あれは、柄と先端が全て鉄で作られた、非常に重い金属の弓矢なのだと。
「お前はこれを、受け止めきれるか?」
守屋の体が魔力を帯びて、力は弓と矢に宿り、あらゆる力を強化する。
通常ならば容易に断ち切れるであろう弦が限界を超えた力に悲鳴をあげ、弓がバネのように鋭く撓る。
そうして、超重量の矢は射出された。
それこそ、狙撃銃でも再現できないほどの速度と力強さによって。
「……――」
仮面の男は気づいていたのだろう。矢を番え、放った敵のその動きに。
矢が飛来する場所もわかっていたし、どう薙刀を動かせば打ち払えるかも理解していたはずだ。
だが、矢が二人の距離の丁度半分ほどに迫ったその一瞬。
仮面の男は、悟ったのだろう。
白馬の脳天を狙うかの弓矢が、馬上から弾く程度では軌道を逸らせぬことを。
その不吉な黒い矢は、どう足掻いたとしても愛馬を撃ち貫くことを。
仮面の男の動きは、非常に機敏だった。
弓矢が馬に着弾するであろうその寸前に、薙刀の刃を地面に深々と突き刺さした。
そしてそのまま、仮面の男は薙刀の柄を両手で強く握り締めると、なんとそれを軸足にするようにして、自らの愛馬を真横へ蹴り飛ばしたのである。
走っている最中の突然の蹴撃。人間の領域を超えた蹴りは、馬をいとも容易く地面に転がす。
それとほぼ同時に、黒い矢の一撃が着弾し、何者も居ない土は手榴弾でも爆発したかのように大きく弾け飛んだ。
「っ……はぁ、はぁ……!」
仮面の男は無事だった。
そして、突然に強く蹴られたものの、どうやら白馬の方も一命は取り留めていた。
だが蹴倒した一撃が馬に少なからぬダメージを与えたのか、すぐに起き上がるような気配はない。
それを瞬時に悟ってか、仮面の男は地面に深く突き刺した薙刀をするりと抜き取ると、自らの足で再び守屋の屋敷へと駆けてゆく。
「ば……化物!」
「奴を止めろ! 奴だけは、決して守屋様に近づけてはならんッ!」
様々な命令や怒号、そして悲鳴が錯綜する中、仮面の男は不気味なほど寡黙に、守屋の元へと切り込んでゆく。
距離は既に百メートルを切った。
樹上に立つ守屋からも、山を駆け上がる仮面の男からも、お互いの姿ははっきりと見えている。
両者の間には無数の兵が割って入るように押し寄せるものの、その尽くは薙刀によって斬り殺され、数秒の合間だけを作っては、血を撒き散らして土へと還ってゆくばかり。
「……面白い。こいよ、猿野郎」
「物部守屋、太子様の命により――貴様を、斬る」
二人の人間の強者の対決が、今始まる。
私? もちろん見てるだけ。
クベーラとは違って、勝敗は結構どうでもいいや。