東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「いざ――!」

 

 白馬から男が跳び上がり、薙刀を高く掲げた。

 真昼の空を暫し浮遊した男は、乗馬の勢いのままに非常に長い距離を滞空する。

 

 物部の兵たちは、白い衣を翻すその姿を呆然と眺めていた。

 

「ハァッ!」

 

 長い長い跳躍の終わりと同時に、力強い縦の斬撃が横束ねの藁壁を断ち斬った。

 藁とはいえど、その壁の高さは2メートル近くある。それを一太刀で切断する技量と力は、並のものではない。

 薙刀の刃の根本から刃先までを全て使った、まさに剛の一撃である。

 

「押し通れッ!」

 

 男が切り裂いた藁壁の裂け目を、戻ってきた白馬が突進によって強引にこじ開けた。

 藁の壁はまるで破裂したように左右に飛び散り、内側にいた物部の兵は狼狽えている。

 

「どうした、敵は目の前だぞ!」

「え、あっ!? ぎゃッ……!」

 

 馬が開いた突破口を、男が見逃すわけもない。

 馬の後を追うようにして突入した仮面の男は、すぐさま近くの兵を薙刀の鋭い突きによって撃退。胸部に深々と突き刺さった刃は、たった二度動かしただけで二人の命を奪ってみせた。

 

「撃て! 奴を止めるのだ!」

「増援をよこせ! 馬が中まできたぞォ!」

 

 仮面の男はひらりと白馬に跨がり、再び侵攻を開始する。

 馬上から兵を斬り、矢を撃ち落とし、稲城を断つ。それこそ一騎当千の活躍をしてみせた。

 

「止まらない……! おい、早くこっちに!」

「駄目だ、裏から蘇我の大群が押し寄せてきたッ!」

「畜生! たったの一人だぞ!?」

 

 兵が持つ木製の盾を薙刀で突き刺しては、それで無数の矢を受け止めるなどという離れ業までやってのける始末。

 もはやあの仮面の男が相手では、常人では抑えこむことなどできないだろう。

 

 そして反対側では回りこんだ蘇我の大群が挟み撃ちのように攻めこんでいる。

 表の一騎当千。裏の千の軍勢。物部達は異様な事態に、混乱の極致に陥っていた。

 

 ふむ。

 どうやらこのまま、戦が終わってもおかしくなさそうだが……。

 

 だとするとあの仮面の男は、凄まじい戦功を得るんだろうなぁ。

 彼の名はなんというのだろうか。あれほど強ければ、世にその名も響いていそうなものだけれども。

 

 

 

「!」

 

 一方的に戦いは終わるか。

 そう思われた時、一本の矢が空気を引き裂き、真っ直ぐに仮面の男へと飛来した。

 仮面の男は薙刀の先で矢の針山になった盾を掲げ、それを防ぐ。

 

 瞬間、響いたのは木の砕け散る快音。

 一本の矢の衝突は木製の盾を破砕し、薙刀の刃を押しやるほどの衝撃を生み出したのだ。

 

 もちろん、それはただの矢の一撃ではない。

 無数の矢の中に紛れた、必殺とも呼べる超長距離かつ高威力の一矢であった。

 

 仮面の男がその矢の射出点に気づいているかどうかは定かでないが、傍観する私にはその出処がよくわかった。

 

 

 

「……ほう、防ぐか。まさに、猿のように素早い男よ」

 

 矢を射ったのは、物部の自陣にある大木の枝に立つ一人の大男だった。

 屈強な肉体、一般兵とは違う巨大な弓。そして、その体の醸し出す神族のような……人間を上回るほどの魔力。

 

 いや、彼は実際に神族の血を引いているのだろう。

 木の下では付き人や護衛と思しき者が控えており、男が弓を引く様子を見守っている。

 

 日本の神を崇める物部の長。

 神力を纏うあの男こそが物部の長、物部守屋に相違あるまい。

 

 

 

「……そこか!」

 

 おっと。

 気づかないかと思っていたが、仮面の男が馬の進路を変更した。

 とりあえず中央へと押し込んでいたその勢いが、物部守屋の方へと向けられている。

 

 どうやら仮面の男も、弓矢の出処に気付いたようだ。

 

 

 白馬に乗って攻めこむ仮面の男と、常人を超えた弓の腕前を持つ物部守屋。

 

 さて、勝つのはどちらになるか……。

 

 ……うん、やっぱり観戦しているのって面白いな。

 魔法がほとんど無いのが少々物足りないけれども、まぁこのご時世にわがままは言うまい。

 これはこれで、味があるのだ。

 

 


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