東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 サリエルに人探しを頼むと、彼女らの居場所はすぐに判明した。

 アリスとルイズ。何百年か前に会ったきり顔をあわせていなかった二人は、クステイアにいるらしい。

 さすがは魔界の監視者である。サリエルにかかれば見通せぬものは無いと言っても過言ではないだろう。……と、手放しに褒めてあげたんだけれども、どうやらついさっきまで競技場で目立っていたのだそうな。

 なるほど、であればすぐに見つけられるのも当然かもしれない。

 

 居場所がわかったら、すぐに瞬間移動で接触した。

 最初のうちこそアリスを気遣って仮面を被っていたりもしたが、魔界で数年も暮らせば変な顔した連中にはいくらでも遭遇するだろう。ひょっとしたら顔しかない連中や脚しかないたくましい連中とも出会っているかもしれない。

 なので私は、そのままの姿で再会したのであった。

 ……一応、念のための虚無僧笠を持って。

 

 

 

「なんだ、お茶の時間の終わりにきてしまったのか。それはちょっと申し訳ないことをしたね」

「ううん、良いのよ。お茶は何杯でも飲めるもの」

「じゃあお詫びも兼ねて、私のおごりということで」

 

 ルイズとアリスはお茶を嗜んでいたが、どうやらもうすぐ出立するタイミングだったようだ。ちょっと間の悪い時にきてしまったかもしれない。

 しかし私の話もそれなりに落ち着いて話しておきたいので、ついでにおかわりを飲んでもらうことにする。

 

 お金については特に問題ない。倉庫塔の一部が金庫になっているので、ちょちょいと繋げてしまえば良いのだ。

 とりあえず手元には多めに出しておくとしよう。

 

「……? 今、どこから出したの?」

 

 が、私が空間をつなげた仕草をアリスは不思議に思ったらしい。

 

 ……ふむ。アリス・マーガトロイド。彼女の姿はすっかり変わった。

 顔つきもやや大人びたものになり、身に纏う魔力の質も、出会った頃とは比べ物にならない。常日頃から魔力を緻密に操作している証拠だ。

 あの頃から換算すると……だいたい4、5歳くらいは経っているように見える。

 彼女が魔法使いになるまでには、それくらいの時間が必要だったということだろう。

 

 決して遅いというわけではない。むしろ早いくらいである。

 ただ、私が人間の子供の成長の速さを思い出して、少し驚いてしまっただけのことだ。

 

「偉大なる魔法使いはあらゆる不可能を可能にするのだ」

「……胡散臭い」

 

 胡散臭い。大当たりである。

 なにせ空間接続に使ったのは原初の力だ。魔法ではない。

 しかしこう蔑むような目で見られるとちょっとくるものがあるな。うむ。

 

「それで、ライオネル。わざわざ私達の所に来たのは、何か理由があってのことかしら?」

「ああ、そうだった。そうだね、まずはそこから話すことにしようか」

 

 カフェの店員がやってきて、私達の前にハーブティーを置く。

 三人分のカップが揃い、店員が離れたところで、私はようやく切り出すことにした。

 

「ルイズは、アリスが魔界にやってきた経緯を聞いたことがあるかな?」

「……ええ、もちろん。彼女の話を、信じてもいるわ」

「おお、それは何よりだ。話が早くて助かるよ」

 

 未来から過去にやってきた外界の少女、アリス・マーガトロイド。

 彼女の身の上を知っているのであればこちらとしては楽である。

 

「実は今、魔界と外界の行き来が出来るようにしようと画策していてね」

「……」

 

 私はまず一言話すと、ルイズは眉間にシワを寄せて口を抑えた。

 吐きそう……というような感じではない。何かを深く考え込んでいるようである。

 隣のアリスの反応は相変わらず薄かった。

 

「私が見たところ、アリスは既にある程度魔法が扱えるようだし、勉強の第一段階は終わったように見える。つまりは、魔法の初歩だね。だから、それに区切りをつける意味でも、ここでひとまず確認を……と思ったのだよ」

「……どういう意味かしら?」

「つまりだね」

 

 私は手元に二枚のコインを生成した。

 

「ルイズ、アリスの勉強を見てくれてありがとう。もしも望むなら、ここでアリスの家庭教師はお終いということにしても良いよ」

「ふざけないでよ!」

 

 私が言い終えたとほとんど同時に、アリスが激昂して勢い良く立ち上がった。

 ラウンドテーブルの上のカップが大きな波を立てて、少しだけ零れ落ちる。

 アリスの勢いは、それほどまでに大きかった。

 

「どうして!? なんで貴方が私とルイズさんを離れ離れにしようとするの!? 貴方は何なの!?」

「ちょっと、アリス。落ち着いて……」

「ルイズさんからも何か言ってよ! だってこの人、別に何もしてない……」

「アリス!」

 

 ルイズが叱責すると、アリスの声はピタリと止まった。

 

「……御免なさい。大人気なかったわ……」

 

 アリスは見た目相応にしょぼくれて、静かに着席する。

 ……どうやらアリスは、ここ数百年で随分とルイズに懐いたらしい。

 

「……ライオネル。それは、もう私がアリスと一緒にいてはいけない……ということかしら?」

「!」

 

 ルイズが訊くと、隣のアリスは目に見えてビクリと肩を震わせた。

 ……ああ、そんなに嫌なのね。

 

「いけない、ということはない。ただ、当初は私達がルイズにお願いして、アリスの面倒をよろしく……って形で仕事を託したわけだから。その区切りということだ。覚えているかな」

 

 私はローブの裾からヒラリと、一枚の古い新聞の切れ端を出して見せた。

 それは“不蝕”によって保護が掛けられた当時の広告記事である。具体的な内容はあまり書いていないが、ルイズはこれを見て私達を訪ねてきたのだ。

 

「働きには報酬を。ずっと働いているなんて嫌だろう。少なくとも私は嫌だね。だから区切りをつけて、ひとまずこの雇用契約を解除したい、ということなわけさ。二人がその後別れるかどうかは、二人で決めるといいだろう」

 

 私がそう言うと、アリスは勢い良く顔を上げた。

 いちいち動きがキビキビした子である。

 

「ルイズさんと別れなくても良いのね?」

「……まぁ、それはルイズが嫌と言わなければ」

「ルイズさん、嫌だったの!?」

「嫌じゃないわよ……安心して、アリス。そんないきなり離れたりなんかしないから……」

「本当ですか!? ……よかったー……」

 

 なんか、なんだろうな。結構経ったはずなのに、アリスが全然大人びてない気がするのだが。

 私の想像ではもうちょっとこう、淑女然とした雰囲気を醸し出すような……そんなのを期待してたんだけれども。

 まぁ、アリスにケチつけるわけじゃないけどね、うん。

 

「まぁ……ルイズがアリスのことを魔法使いとして認めているなら、それを期に卒業、という形にでもするといいよ。私の方からは、もうルイズに注文をつけるようなこともないから」

「は、はぁ……まぁ、わかったわ。けど、さっきも言ってたけれど報酬というのは?」

「それはこの前言っていた、後払いの報酬のこと」

「この前……」

「前に会った時の」

「ああ……ああ、そうね。思い出したわ。けど、その時はあまり深く条件付けをしていなかったと思うけれど……?」

「うむ。そこでだね、さっきの話に繋がるんだけども」

 

 ルイズの報酬。実際のところ、何も考えていなかったわけではない。

 彼女にはこういうものがいいだろうなーと、なんとなく思っていたものはちゃんと用意されているのだ。

 

「どうだろう、外の世界に行ってみたくはないだろうか?」

「……」

 

 ババーン。という感じで言ってみたのだが、ルイズはまたしても難しい顔を作っている。

 

「……私、何か変なこと言った?」

「……ライオネル、外の世界と魔界を繋ぐのって、悪魔の召喚以外には実質不可能であると考えられているんだけど……」

「いや、できるできる。こういう感じで」

 

 私は適当に自分の隣辺りに、大人一人分が入れるくらいの外界へと続く扉を生成した。

 その発生に一際驚いたのは、ルイズである。

 普段はとてもお淑やかで余裕があるのに、門をみた瞬間にその身を震わせ、目を大きく開いたのだ。

 対して、アリスの反応は薄いというか、常識的なものだった。

 ちょっと驚いたように「へーすごい」なんて感じのリアクションを見せてくれている。……まぁ、未来から別世界へとやってきたアリスからしてみれば、大した驚きでもないのかもしれないが。

 

「そんな……外界への扉だなんて。嘘だわ」

「本当だとも」

「信じられない」

「神綺もよく開いているよ」

「それは魔神の力だわ」

「神綺だけに出来ることといえば、生命を創造することくらいじゃないかな。これは神綺だけってわけでもないなぁ」

 

 原初の力。この私にもできるわけだし。

 いや、神綺と私しかできないとも言えるかもしれないが。

 

「……ライオネル。それは……その向こうは、地球へと繋がっているのね」

 

 ルイズはふらふらと立ち上がり、重そうな足取りで一歩、外界への門へと近づいた。

 

「ああ。西暦400年頃の地球がそこに広がっているはずだよ」

「……私は、地上に出てもいいの?」

「うむ。まぁ、ルイズは報酬として。アリスは自由選択として、外界に出ても良いのではないかと思っているよ」

 

 私がそう言うと、ルイズは……開いた目をキラキラと輝かせて、頬を朱に染めた。

 それはまるで年頃の少女が贈り物に心から喜ぶような、若々しい反応である。

 

「外……西暦400年の、外かぁ……」

 

 アリスの方は、400年という言葉を何度も復唱している。

 彼女が生きていた時代は1900年だ。それと比べれば、文明の発達度も常識も、全く別のものになっているだろう。

 正直、今の私でもまだまだ外界の人間たちに論理的な話が通じるようには思っていない。

 

「外に行ける……外の世界に、行けるのね……!」

 

 きっと、今の人間の営みなどは、悪魔を通じてある程度知ることはできる。

 旅好きのルイズならば、外の世界についても聞いているだろう。

 

 その上で、外の世界に憧れるのだ。

 であれば、私はその選択肢を差し伸べることも吝かではない。

 

 


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