東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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箱庭で素敵なお散歩

 

 この競技、ロードエメスでは、競技者による魔法の使用が大きく制限されている。

 まず、魔法使い達は基本的に、三本の柱が立つ自陣から動くことはできない。

 定められた線の外側へと出る事は禁止されており、破れば即失格となってしまう。

 また、自陣内でも相手のゴーレムに影響を及ぼすような強力な魔法を使う事は許されていないし、自陣内の地形を操ることもできない。魔法使いに許された地形操作やゴーレム生成の材料は、自陣の前方を除いた外側だけに限られている。魔法で相手のゴーレムを攻撃することも、壁などを作って妨害することさえできないのだ。

 その上、魔法使いは自陣の中であっても、浮遊系魔法を使う事は許されていない。歯がゆいことに、この競技では厳しい移動制限がかけられた上に、満足に戦況を俯瞰することさえ困難なのである。

 

 ただし、これらの厳しいルールはゴーレムには当てはまらない。

 

 自らが生成したゴーレムであれば、自陣に防衛戦を築くのもよし、前方に防護壁を作るのもよし、また攻城兵器で突撃させても良しと、わりとなんだって許されているのである。

 やる人はあまりいないけれど、ゴーレムと視界共有を行うことで、戦況を別視点で見ることだって可能だ。斥候を放って相手の隙を見破り、一気にそこを叩いて逆転することも不可能ではない。

 

 だからこの競技では、ゴーレムの作成スピードと、ゴーレムの操作練度こそがモノを言う。

 逆にこの二つがなっていなければ、たとえ何万年も生きた熟練の魔法使いであろうとも、決して勝つ事はできないだろう。

 

 私は、この競技に熱中していた。

 

 

 

「羅馬人形で巨大な防壁を作り相手の視界を奪ってから、それを壊しに来た破城槌を壁に隠したゴーレムで奪取、そのまま逆に利用して一気に叩く……うん。鮮やかだったわね」

「ふふ……これからは魔界のアウグストゥスと呼んでも良いんですよ」

「アリスって、わりとすぐに調子に乗るわよね。まぁ、自分の能力を正当に誇るのは悪くはないけれど」

 

 今日も私は、クステイアの競技場で大勝を納めた。

 相手は大量のゴーレムで素早く破城槌を構築し、なかなかの速さで突貫を仕掛けてきたけれど……一度壁で勢いをそぎ落としてやれば、その隙を羅馬人形の大群で無力化する事はあまりにも容易だった。

 相手もなかなか工事能力に長けていたけれど、私の羅馬人形は地形改善と工作に特化しているのだ。後手に回るつもりで動いていれば、相手の攻撃を真正面から受け止めることも難しくはない。

 何より、私のゴーレム達は全て私が手動で操作している。

 ゴーレムの操作だけならば、自陣圏外であっても許されている。離れれば離れるほど手動は困難になるけれど、その分機転がきくし、素早く正確な動きが可能だ。

 競技者のほとんどが一定パターンか自動動作のゴーレムを愛用する中、手動一筋でやっている私はある意味……いや、確実にゴーレム上級者と呼べるだろう。

 ゴーレム・マエストロの名を欲しいままにする日もそう遠くはない。

 自分の才能が恐ろしくなるわ……。

 

「はいはい、格好つけてないで、ご飯食べにいきましょう?」

「は、はーい……別に、格好つけてるわけじゃ……」

「わかってるわかってる」

「……わかってるのかしら、ルイズさん……」

 

 

 

 ゴーレム競技を楽しむ今現在の私は、およそ…300歳くらいになる。

 私はもう、おばあちゃんとも呼べないほどの年齢になってしまった。

 けれど体は15歳程度のままで成長をやめているし、腰も曲がってないし歯もしっかり生え揃っている。

 魔法の腕前と知識だけが成長し続ける日々は、とても和やかでいて、知的で、満足できるものであった。こうして生活する中で、何度魔法使いという存在に感謝したことかわからない。

 

 あれは……そう。

 そうね、確か……ウントインゲさんだった。

 

 あの人と出会っていなければ、私はきっと……いいえ、絶対にあの山の中で死んでいたに違いない。

 魔法を知ることもなく、そればかりか、人間らしいわずかな生を謳歌することもなく、虫けらのように息絶えていたのだ。

 ……魔法使いになれてよかった。

 心から、本当にそう思っている。

 

 

 

「そろそろパンデモニウムも近くに来るし、アリスはどうかしら。行ってみるつもりはない?」

「えー……私はあまり、気がすすまないです。だって、悪魔が大勢いるのでしょう?」

「ふふ、そうね……珍しい品は多いけれど、危険なことに変わりはないわね。夢幻姉妹も復活したという噂は、本当だったらしいし……」

「……ルイズさんが行きたいなら、ついて行きますけど」

「ああ、私は別にいいのよ。アリスがどうかなって思っただけ」

 

 クステイアのオープンカフェで、ハーブティーを飲みながら軽食をつまむ。

 既に食物でさえも摂取する必要の無くなった私やルイズさんにとっては、あまり意味のない食事ではあるけれど……ルイズさんが言うには、食べることもまた生きる楽しみなのだとか。私も、その考えには同意である。美味しいものは何年経ったって、美味しいままなのだから。

 

 魔法のゴーレムホースが大きな馬車を引き、大量の魔法植物を束にして運んでいる。行き先は隣の魔界都市だろう。こういったちょっとした光景にも、長く住んでいる内にすっかりと馴染んでしまった。

 

「……ねえ、アリス」

「はい?」

「魔界の暮らしはどうかしら」

「な、なんですか、改まって」

「ふふ」

 

 ルイズさんは薄く笑って、質問の意図を明かさない。

 私の返答を待っているようだった。

 

「……もちろん、楽しいですよ。旅をするのも、競技に出るのも、魔法を使うのも」

「飽きたり、してない?」

「飽きっ……飽きるわけないです。楽しいです、本当ですよ?」

 

 そう、これは本心だ。二度尋ねられても、自分の感情を疑う余地はない。私は本当にこの生活を楽しんでいるし、魔界を素晴らしいと思っていた。

 何故ルイズさんは、そのようなことを訊ねたのだろうか?

 

「そう……まぁ、そうね。まだまだ、アリスは魔界に来たばかりだものね」

「……」

 

 300年も暮らしてきた。私はそう言いかけて、口籠る。

 この魔界における300年なんて、大したものではないのだ。

 ただの娯楽でしかないゴーレムの競技だって、規模やルールによっては何ヶ月も続けられることだってある。

 たった300年で魔界を知ったような気になるのは、多分……いや、絶対に早いのだろう。

 

「……ルイズさんは、魔界に飽きてしまったんですか?」

「……」

 

 ルイズさんは答えないが、その沈黙こそが正直な答えのようだった。

 

 私はルイズさんが、どれほどの時を生きてきたのか知らない。

 けれどルイズさんは魔界のあらゆる場所や物事に詳しいし、魔法だって私よりも格段に強かった。一度ロードエメスで闘ってくれるようにお願いした時、こてんぱんに敗北したことは今でも鮮烈に記憶に残っている。

 何より、ルイズさんは昔から旅の本を出している、有名人でもあるのだ。私でさえ、彼女がそこらへんの魔人よりもずっと長く生きてきたことは、なんとなくわかる。

 

「……飽きたの、かしらね? どうなのかな……」

 

 ルイズさんは考え込み、曖昧に微笑んだ。

 私には彼女が何を考えているのかわからなかったけれど、それでも私は、今ここで、彼女に言わなければならないような気がした。

 

「あの、ルイズさん」

「……ん? なに?」

「私、ルイズさんと一緒に旅ができて、凄く楽しいですよ」

 

 それも私の本心だった。

 隠していたわけでもない、何度か言ったこともある、珍しくもない感謝の言葉だった。

 けれど、私はこの言葉を陳腐だとか思ったことはないし、使い回すつもりで言ったことはない。

 

「私、ルイズさんと一緒に旅に出るのは凄く楽しいです。知らない魔界都市を訪れるのも、名所に観光へ行くのも大好きです。ここ、クステイアでお散歩するのだって……」

 

 確かに、飽きることだってあるのかもしれない。私にはその気持ちは、よくわからないけれど。

 それでも、だとしても、この魔界の魅力が失われたわけではない。ルイズさんと一緒に過ごした300年間がつまらないものだったとは思えない。

 

「ルイズさんは、私と一緒に旅をするの……退屈でした?」

「そんなこと!」

 

 ルイズさんは咄嗟に声を大きくして、否定してくれた。

 

「……そんなこと、あるわけないでしょう?」

「なら……良かったです」

 

 ルイズさんは嫌々私に付き合ってくれたわけではなかった。そうわかっただけで、私は随分とホッとできた。

 

「アリスとの旅は私だって楽しかったわ……一緒に色々なものを見て、遊んで……お話しして……」

 

 そう。色々な場所にお出かけした。

 お話もしたし、よく一緒にお風呂にも入った。

 

「……ごめんなさい、アリス。なんだか私、貴女を不安にさせるようなことを言ってしまったわね」

「ちょ、ちょっとルイズさん、頭撫でないで! 私もうおばあちゃんなんだから!」

「ふふっ。……そうよね、嫌いになるわけがないわ。ここはとっても、美しい場所なんですもの」

 

 ひとしきり私の頭を撫でたルイズさんは、私に意地悪して満足したのか、小さなトランクケースから小さな手帳を取り出した。

 旅の途中、ルイズさんがよく書き込んでいるものである。

 

「……ルイズさん?」

「ん? ……ああ、これはただの……本の下書きのようなものよ。思ったことを書き込んで、大事に残しておくの」

「……私の頭を撫でたことは書いてないですね?」

「ふふっ、どうかしら……?」

 

 む……怪しい。

 やっぱりルイズさんは、とっても意地悪だ……。

 

 

 

「やあ、サリエルの言った通りだ。二人ともここにいたか」

 

 ふと、低く恐ろしげな声が後ろから響いてきた。

 

 悪魔かしら?

 そう思って振り向いてみると……そこには、背の高い……ミイラが立っていた。

 手には木を編んで作ったような籠がある。何故籠なのだろう。

 

「え……悪魔……」

「いきなり悪魔ときたか。ちょっとしてこんな見てくれにも慣れたかと思ったのだが」

「ライオネル? どうしてここに?」

「おお、ルイズ。久しぶり。もちろん、アリスも」

「ライオネル……」

 

 そういえば……この人がルイズさんとの出会いを取り持ってくれたんだっけ。

 顔はこんなんじゃなかった気がするけれど、なんとなく覚えている。

 

「まぁ、今日はちょっと様子を見に来てね」

 

 ……ああ、この低い声、思い出したわ。

 

 あの難しいお話の人ね。


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