東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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それから少しして

 

 魔界は広い。

 まだ魔界の全てを見て回っていない私が言うのも可笑しいかもしれないけれど、ここは確かに広い世界だった。

 

 私が魔界に来てから、二百年が経過した。

 故郷のブラショブやウントインゲさんと過ごしたブクレシュティを、まだ朧気に覚えてはいるけれど……思い出そうとしても、顔まではなかなか出てこない。

 それほどまでに、私は記憶の上塗りを続けてしまったのだろう。

 

 それでも微かな記憶を探れば、確かに私がいた世界も広かったように思う。

 癲狂院を飛び出した無謀な旅路も、ブラショブ育ちの私を驚嘆させたブクレシュティの威容も。それらは確かに広大であったはずだ。

 

 ……でも、きっと魔界には敵わない。

 この世界の広さは、地球を平面に広げたとしても足りやしないだろう。

 

 私とルイズさんは、それだけのものを見て回り、旅を続けてきたのだ。

 

 

 

 草原を歩き、山を越え、谷を跨ぎ、砂漠を凌いだ。

 

 十の都市と出会えば、十の文化があった。

 百の人と語らえば、百の心と触れ合えた。

 

 魔界は広いけれど、都市の一つ一つには由緒ある歴史があって、そこには古来より受け継がれた命が息づいている。

 林立する群塔には人々の祈りが込められていたし、大いなる窪地にも悲しい伝説が遺されていた。

 

 世界は広い。けど、薄っぺらなものなどは何一つとして存在しなかった。

 歩けば歩くほどに旅が好きになってゆくし、私は新たな出会いと発見に触れ、新鮮な感動に心を震わせる。

 

 旅を続けていくうちに……かつて私の視界を頻繁に掠めていた幻は減り、小さくなっていったけれど……もはや今の私は、幻に依存しなくとも十分に美しい世界を堪能している。

 少しだけ物哀しい気持ちを覚えたこともあったけれど、十数年もすればささやかな哀愁などはどこかへ消えてしまう。

 私は旅の魅力に呑まれるように、魔界を流離う生活を続けていくのだった。

 

 

 

 

「羅馬人形、整列!」

 

 旅は続けられる。

 けれど、ルイズさんは定期的にクステイアに戻ることを善しとした。

 私としても思い入れのある最初の街に戻ることは良い気分転換になるので、帰郷の提案は結構ありがたい。

 

 そして私はクステイアに戻る度に、巨大なコロッセオ……“ロードエメス”の競技場に飛び込んで、ゴーレムの腕前を披露するのだった。

 

「羅馬人形、出撃!」

 

 大観衆に見守られる闘技場に、今私は立っている。

 向かい側の遠方には、試合の相手となる魔法使いの姿が伺える。あちらも私と同じで呪文を紡いでいるようだが、魔法の発動は私の方に分があったようだ。

 

「いけ! 道を切り開いて!」

 

 石材によって作られる、等身大の兵隊ゴーレム。その名も“羅馬(ローマ)人形”。

 幾度と無く見たこの競技と、ゴーレム作成の魔法を猛勉強した末に身につけた、私の得意魔法である。

 

 この魔法を発動すれば、私は瓦礫の山から簡単にゴーレムを作成することができる。

 作成されたゴーレムはローマ時代の兵隊さんのような姿をしており、私の命令を忠実にこなしてくれる。

 

 ……いや、忠実にこなしてくれる、というのはあまり正確ではないだろう。

 なにせ、このゴーレム達はたとえ離れていようとも、私の指先から伸びる魔力の糸で繋がっているのだ。

 魔力さえ繋がっていれば、命令を出すのはそう難しいことではない。

 

「きゃーまた来た! 壊しても壊しても出て来るし……もー! 迂回よ、新手を蹴散らしなさい!」

 

 ゴーレムを使ったこの競技にも、色々な戦略はあるけれど……私が採用したものは至ってシンプルだ。とにかくゴーレムを作り、精密に操作して突破する、である。

 

「迎撃! 盾を構えて時間を稼ぐ! 分隊はそのまま正面から!」

「あ、ちょっと!?」

 

 とはいえ、私のゴーレム操作はほとんど手動のようなものだ。

 離れていても命令を出すことに苦労はないし、相手が対応してもいくらでも修正が利く。

 相手を翻弄し突き崩し、翻弄し突き崩す。闘いはその繰り返しだ。

 

「いけっ!」

「あーっ!? やだーまけたー!」

 

 そして今日もまた、私の羅馬人形が勝利に終わったようである。

 

 ……五十年前に編み出したこの戦法も、あまり変わらないわね。

 

 

 


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