東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 本を一箇所にまとめて置いておいたら、いつの間にかそれら全てが消えていた。

 おそらく、同じ場所に置いたせいで周囲の魔力を取り合い、全ての本が魔力低下に陥ってしまったのだろう。

 彼らはそれぞれどこか別の場所へと自動転移し、よろしくやっているはずだ。

 傷ひとつ付かない仕組みになっているので、マグマの中に落ちたとしても大丈夫だけど、長年あの本達の制作に携わってきた私からすると、それでもちょっと不安になる。

 

 またどこかで偶然、ばったりと出会えたら良いな。

 地球上で旅を続けていれば、きっと巡り会うこともあるだろう。

 

 

 

 

「ですがライオネル、本当にあの本を読めるような生き物が、外界に現れるのですか?」

 

 馬乗りになった神綺は上下にゆっくりと浮き沈みしながら、怪訝そうに言った。

 

「ああ、今はまだ、虫とか魚くらいのものだけど……私にはわかるよ。きっと将来、私達のように手足を持った生物が地球上に現れるはずさ」

 

 仰向けになった私は、同じくゆったりと上下に動きながら言う。

 

「じゃあ、この虫は繁栄しないのですか?」

 

 神綺が自分の真下を指さす。

 

「うーん……ちょっと、生き残るにしては……大きすぎるからねえ」

 

 虫。それは今、私達が“乗っている”巨大生物のことである。

 全長2~3メートルはあろう、巨大ムカデだ。

 ムカデといっても甲殻がダンゴムシのような造りなので、一見するとムカデには見えないが、裏側を見るとわりとムカデな感じである。

 

 実は、ちょっと前からこのムカデのように、地球上からいくつかの生物を拝借し、魔界に住まわせている。

 

 原初の力を用いれば、それっぽい山岳もそれっぽい海も思いのままに創れるので、環境を整えるのはそう難しくはない。

 ただ、植物などは原初の力であっても作ることはできなかったので(その時も神綺はまたよくわからない銀色の謎生物を作り出していた)、地球から苗を持ってきて一から栽培している。

 山を作って一から植林するだなんて、人間からしてみれば一大どころでない無謀なプロジェクトだけど、植物の寿命などうたたね程度のノリで待っていられる私達の気長さをもってすれば、全く大したものではない。

 

 そんなこんなで、海や山を創り出し、大渓谷の周囲を自然豊かな世界に変えたのである。

 地球と魔界を何度も往復したおかげで、魔界の扉を開く作業にも随分と慣れてしまった。

 

「ライオネル、体が大きいと生き残れないんですか?」

「あー、うーん、そういうわけじゃないんだけど……」

 

 神綺の問いに、私は言葉を詰まらせる。

 

 私も専門家ではないので、詳しいことを知っているわけじゃない。

 ただ、マンモス然り、恐竜然り、巨大生物というのはほとんど古代特有のものである。

 哺乳類にせよ爬虫類(双弓類?)にせよ、巨大なものは淘汰されてしまい、現代に残るのはサイズを小さく変えた者達ばかりだ。

 

 ただ、その理由は定かでない。一説には酸素濃度が薄いからだとか、重力が変わったからだとか、気候の変動に弱いからだとか……様々な説がある。

 

 言うに困って、私は神綺が一番納得しやすそうな説を唱えることにした。

 

「ほら、身体が大きいと、食べる部分が多いじゃない。だから色々な生き物から狙われてしまうんだよ」

「なるほど!」

 

 わあ、神綺さん純粋だあ。

 

 

 

 

 魔界の酸素だとか、太陽の有無だとか、様々な疑問は私の中で尽きないが、大渓谷の周囲に広がる森林は、果てしなく広がっている。

 海に生きる十メートルくらいの巨大貝や、山林に住まう巨大サソリや巨大ムカデも元気そうなので、環境の違いについては、今のところ心配する必要はなさそうだ。

 ビオトープにしては広すぎる感じもあるけど、概ねこの魔界の庭も、地上と同じ形を保っている。

 

 最初に昆虫を持ち込んだ時などは、神綺も初めて目にする生物達にいたく感激していたようなので、魔界の動植物と地上の動植物の進化に違いが出てきた時などは、逐次地上からアブダクションしてもいいかもしれない。

 

「しかし、魔界の“住人”と呼ぶには、まだまだ知性が足りないよなぁ……」

 

 生物自体は、膨大にその数を増やしている。

 しかし、私と神綺が作った彫刻の都に住まわせるには、彼らにはちょっとばかし頭が足りない。

 生物の移転と同時に研究も行ってはいるものの、哺乳類のホの字の影も見られない現状では、知性ある生物を生み出すという課題は難題であった。

 

「でもライオネル」

「はい?」

「私、こういう生き物がいるだけでも、すごく楽しいですよ」

 

 巨大ムカデに揺られながら、神綺は微笑んだ。

 

「……喜んでもらえたなら、何よりだよ」

 

 まぁ、彼女が喜んでくれるなら、別に良いか。

 どうせ地球上では、数億年後ともなれば勝手に霊長が蔓延るのだ。

 それまでの間、こうしてゆったりと待っているというのも、悪くはない。

 

 そんなこんなで、私と神綺は、魔界でののんびりした時を過ごしてゆく。

 

 


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