東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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最初はただただ手繰る糸

 

「ゆゆっ! あなた、しんがおね!」

「……」

「ゆっ! ここはしんきのゆっくりぷれいすよ! あおいふくのにんげんさんはでなおしてきな!」

「……」

「ゆっ!? おそらをとんでるみたい!?」

「えいっ」

「ゆんやぁぁああー……」

 

 なんとなく神綺様に似ているけど、明らかにそうではなさそうな変な生き物が足元に擦り寄ってきたので、ほとんど本能的に放り投げてしまった。

 へんてこな生首生物は情けない叫び声を上げながら、空の彼方へと消えてゆく。

 ……どうやらあれは、途中で羽ばたいていったようだ。

 

 

 

 ルイズさんと一緒にクステイアを歩きまわって、五日目になる。

 宿に止まったり、市場を見たり、そこでいろいろな魔人の人達と触れ合って……私は思いの外、この街を楽しんでいた。

 クステイアは広くて都会的だけれど、その反面時間はゆっくり動いているかのようで、誰もせかせかしていない。

 広い道には汽車どころか、馬車でさえ走っていない。大きな街の中を、魔人達は少しも焦らず、ゆっくりと歩いているのだ。

 

 緩やかに流れる時間と、きままに行われる魔法のお話。

 ルイズさんと過ごす時間は、私の心を和やかにしてくれる。

 

「アリス、戻ったわよー」

「あ、ルイズさん!」

 

 へんてこ生物が飛び去っていった魔界の空をぼけーっと眺めていると、釣りに出ていたルイズさんが戻ってきたようだ。

 手には鈍色の、でこぼこしたバケツが握られており、おそらくはそこに何か獲物が入っているのかもしれない。

 

 ……けど、随分と早いわ。

 魚って、そんなに早く捕まえられるものなのかしら?

 

「はい、これ今日のお昼ごはんよ!」

「わあ……すごい……まだ五分くらいしか経ってないのに……」

「ふふふ、コツさえ掴めば簡単なのよ」

 

 バケツの中に入っていたのはたっぷりの水と、そこを泳ぐ二匹の魚だった。

 これといった特徴はないが、なんとなく鱗の一つ一つが大きくて、くすんだ色をしている。

 色合いからはあまり食欲をそそられないけれど、大きさは十二分。きっとこれを一匹食べただけで、私の小さなお腹はいっぱいになるだろう。

 

「……でも、ルイズさん。釣り竿も網もないのに、一体どうやって……?」

「ああ、それはね……簡単よ、これを使ったの」

 

 ルイズさんは私の疑問に、帽子をまさぐって答えてみせた。

 

「……釣り針?」

 

 ルイズさんの手に握られていたのは、一本の銀色の釣り針だった。大きさは結構なもので、太さもそれなりにあるように見える。

 それをどこから取り出したのかというと、なんとルイズさんの被っているつば広帽のリボンに挟まっていたものらしい。曲がった鋭い針がむき出しのまま帽子にくっついているなんて、なんだかすごく危なそう……。

 

「でも、針だけ……?」

「ふふ。ええ、けどもちろん、これに糸だって付けるのよ」

「……?」

 

 針。それはわかるけど、釣りをするためには糸だって必要なはず。

 私はルイズさんの帽子をじっと見つめ、何か他に隠しているものがあるのではないかと注意深く観察する。

 

「あははっ、もう何も無いわよ?」

「え、でも糸とか……」

「ふふ。魔法使いはね、糸くらい自前で用意するものなのよ」

 

 ルイズさんは得意気にそう言うと、釣り針の端を指で擦り、それをゆっくりと引き伸ばし、離してゆく。

 

「わぁ……」

 

 すると、どうだろうか。

 銀色の釣り針に、魔力で出来たか細い糸が繋がれたではないか。

 

「魔法使いの魚釣りは、針だけあれば十分よ。腕前を上げれば針だって必要なくなるけど……ま、針くらいはどこにでもしまえるからね?」

「す、すごい……こんな使い方もあるの……」

 

 ルイズさんの指から伸びる魔力の糸が、大きな釣り針をぷらぷらと揺らす。

 時々、糸はルイズさんの呼び声に応えるかのように形を変え、針をぐいーんと高く持ち上げたり、チロチロと小刻みに揺らしている。

 

 ……私は今まで、物を取ったり置いたり、適当に動かしたりしか使っていなかったけれど……そっか、こういう使い方だって、有りなのよね……。

 

「……ル、ルイズさん! その針、貸してもらっても良いですか?」

「うん、良いわよ。はい」

 

 私はルイズさんから釣り針を貸してもらい、じっと見つめる。

 

 何の変哲もない針だった。魔法がかけられているわけでもないし、特別な細工が施されているわけでもない。

 ルイズさんは確かに、これを自分の魔法だけで動かしてみせたのだろう。

 

 ……でも、物を動かすだけだったら。

 今の私にも、十分にできるはず……!

 

「ん……」

 

 針に魔力を込め、定着させる。同時に、つなげた場所から細い一本の繋がりを残すようにして、魔力をするすると引き伸ばしてゆく。

 

「! あら……」

「んんん……」

 

 ぐーっと少しずつ腕を広げると、どうにか長い一本の魔力の糸が出来上がった。

 

 ……繋がりはある。

 糸をこれ以上伸びないように注意して、それと繋がりを絶やさないようにすれば……。

 

「で、できた!」

「わあ! すごいじゃない!」

 

 なんと、私にもできてしまった!

 

 指から伸びる魔力の糸に繋がれた、大きな釣り針。

 それがみょいんみょいんと飛び跳ねながら、私の足元近くで踊っている。

 

 ……うん、コツを掴めば難しくはない。

 いつもの物を動かす魔法に、魔力で作った固い繋がりを加えるだけである。

 

 この釣りだったら私にも、できるかも!

 

「まさか、今のアリスにできちゃうなんてね……」

「……えへへ」

 

 私は前からこれだけは得意だった。……というよりも、これしか知らないんだけど。

 物を運ぶのだって、人形を動かすのだって、私にかかれば慣れたものである。

 

「……じゃあ。どう、アリス? それで一度、釣りに挑戦してみない?」

「! やる! ……ます!」

「ふふ、やる気は十分ね? それじゃ、岩場で適当な餌をつけて、やってみましょうか!」

「はい!」

 

 こうして、私達は釣った魚そっちのけで、しばらくの間魔法の釣りに没頭するのであった。

 

 ……けど、私が釣った魚の数はゼロ。

 釣り針はちゃんとつながってるし、動かせていると思うんだけど……ルイズさんとはやっぱり、全然腕前が違うみたい。

 

 ……ちょっと自信を失くしちゃったけど……次があれば、今度は絶対に釣ってみせるわ……!

 

 

 

 

「んー! おいひい!」

「ふふ、良かった。それって見た目は地味だけど、塩焼きはなかなか美味しいのよね」

 

 ルイズさんが釣った魚を、見晴らしの良い小丘の上で食べている。

 丘からはクステイアの波の強い海岸と、反対側にはクステイアの整った町並みがざっと見て取れた。

 それを眺めながら、ルイズさんの出した炎で調理した魚を頬張る。

 ふわふわしてて、とっても美味しかった。

 

「クステイアといえば、やっぱり見る所は海になるわね。近頃は街のほうで色々な施設も増えてきてるみたいだけど、そっちは私、あまり詳しくないから……」

「もぐ……ん? ルイズさん、街のことすっごく詳しいように見えるけど……?」

「ふふふ……私、長くクステイアから離れていたから。案内できなくてごめんなさいね? アリス」

 

 そう言って、ルイズさんは私の頭を優しくなでてくれた。

 

 褒めてくれたり。優しくしてくれたり。

 ルイズさんから感じる温かさは、どこかお母さんのようでもあって……ウントインゲさんのようでもあった。

 

 ……お母さん。ウントインゲさん。

 ……今、この時代にはまだ……二人は、生まれてもいないの……よね。

 

 

 

「……!」

 

 私の心が深く沈み込もうとしたその時、どこか遠くの方から、何かが壊れるような音が響いてきた。

 それは、きっと石が砕け散るような音。

 

 ……静かで緩やかなクステイアには似合わない、突拍子もない破壊音だった。

 

「……ああ、そうだ。アリスにひとつだけ、クステイアで紹介できる場所が残っていたわね」

「紹介できる……場所?」

「そう」

 

 私は首を傾げるが、ルイズさんはどこか面白そうに、糸目で微笑むばかり。

 

 ……ルイズさんは一体、どんなことを思いついたのだろうか……?

 


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