東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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クステイアで優雅なお散歩

 私はアリス・マーガトロイド。

 生まれはブラショブ。育ちは……きっとブクレシュティ。

 けれど私は、これからしばらくの間、魔界で暮らしてゆくことになる。

 

 きっと、長くなると思う。

 けど、私がもと居た時代がやってくるまでに立派な魔法使いになってやると決めたのだ。

 未来への寂しさはあるけれど、きっと大丈夫。頑張って頑張って……そして、認めてもらうんだ。

 

 ……それにしても。

 

 魔法使いって、本当にそんなに長生きできるのかしら……?

 

 

 

 私はルイズさんと共に生活することになった。

 場所は魔界都市クステイア……という所らしい。

 大きな海があって、建物もすごく立派で……悔しいけれど、今はまだずっと昔のはずなのに、ブクレシュティよりもずっと都会な感じがする。

 

 景色はとても綺麗だし、初めて目にする幻じゃない海も、とっても迫力があった。

 空が赤いのはちょっと不気味だけれど……夕焼け空だと思えば、なんてことはないかもしれない。きっとすぐに慣れるはず……。

 

「ここが私の家よ」

「わー」

 

 クステイアの賑やかな通りをいくつか通りすぎ、ちょっと閑散とした住宅街に入ると、そこにルイズさんのお家があった。

 お屋敷である。大きさは……思っていたほどでもない、くらい。そんなに大きすぎるということもないし、小さすぎることもない。家族が4、5人だったら丁度いいくらいの、ごくごく普通のお屋敷といった感じだった。

 ……大きな声じゃ言えないけれど、あまり綺麗ではない。なんというか……古い感じがする。

 

「殺風景だけど、後で家財も入れておくから」

「えっ、あ、はい」

 

 家財。そう聞いて、私はこれからここで暮らすんだということを再認識する。

 ……そう、今日から私はここで暮らすことになるのだ。

 他人事じゃない。行儀よく、お利口にしていかないと……。

 

「ここが私の部屋……兼、書斎。というか、私はここしか使ってないんだけどね」

 

 ルイズさんはお屋敷の中を一つずつ見せてくれたが、ルイズさんの部屋を含め、どこも小ざっぱりとしていて生活感はなかった。

 ご家族は皆、随分と遠い昔に亡くなってしまったらしい。

 けれど、ルイズさんはそれを“おみやげを買って帰る理由が減っちゃってねー”くらいに笑っていて、あまり気にした風もなかった。……ような気がする。

 

「部屋はどこでも、好きなところを使ってもいいわよ。ああ、シーツは洗濯しておかないといけないかしら」

「……洗濯、しましょうか?」

「ううん? それは私が……」

 

 そこまで言って、ルイズさんは言葉をはたりと止めた。

 どこを見ているかもわからない糸目が宙に向けられ、暫し沈黙が訪れる。

 

「……そうね。どうせならここの家事、全部アリスにやってもらおうかしら」

「えっ!?」

 

 全部? そんなの……できるのかしら。

 私の不安をよそに、ルイズさんはどこか妖しげに、大人っぽく微笑んでいた。

 

 

 

 

「魔法使いになりたいってことだものね。アリスにはまず、身の回りのことを全て魔法でできるようになってもらうわよ」

 

 どうやら、家事を全て任せるというのはそういうことだったらしい。

 日常の様々な仕草を魔法によって行う。それは言葉で言えば簡単だけれど、やろうとすると……いえ、考えただけでも、かなり面倒なことのように思えてしまった。

 

 動きたくない時などは、私も魔法で横着することはある。

 だからといって、魔法を使えば必ずしも全てが楽になるというわけではないのだ。

 

 魔法だって使えば疲れるし、やりすぎれば頭がぽーっとする。酷い時には、ちょっとした吐き気だってこみ上げてくる。

 一日中ずっと魔法を使おうなんてことになれば、日が暮れる頃にはバテバテになっていても可笑しくはないはずだ。

 

「む、難しいかも……」

「アリス、魔法は慣れと経験よ。最初はかなり戸惑うかもしれないけれど、日常的に何度も使っているうちに、アリスの魔法の才能はどんどん磨かれていくと思うわ」

「才能……」

 

 才能。私の魔法の才能。

 そう言われると、私はなんだかルイズさんに自分のことを認められているような気がして、ちょっと照れくさくなった。

 もちろん、悪い気は全然しないけど。

 

「うーん。でもまぁ、いきなりやれっていうのは酷かもしれないわね? だから最初の一週間は、クステイアのお散歩とアリスが使える魔法の確認から始めていきましょう」

「! はい!」

 

 一週間。そう聞くと、以前ライオネル……さんから教わった……とても難しくてつまらない勉強のことが頭を過ぎってしまう。

 けど、ルイズさんだったらそんなこともないだろう。なんとなくだけど、私はそんな予感がした。

 実際のところ、ルイズさんはとっても教え上手だったのだけれど。

 

 

 

 クステイアは大きかった。お散歩といっても、まるで小山を登るくらい足が疲れるし、息があがってしまう。

 でも、歩いても歩いても目に映る景色や人々の営みは新鮮で、飽きることはなかった。

 幻の世界でもなかなか見ることもないような不思議な動物や植物もいるし、街の人はルイズさんと私を見ると、にこやかに挨拶してくれる。

 

 何より、この街の人達は全然急いでいない。せかせかしていない、って言えばいいのかしら。

 ブクレシュティの人達寄りというよりは、ブラショブ寄り……っていうのかな……?

 

 まぁ、街はそんなところだった。

 それと平行して、色々なお店や休憩場所でルイズさんとお話する度に、私の知っている魔法についても説明する。

 意外なことに、私が説明する魔法の知識は、ルイズさんにとってなかなか目新しいものだったらしい。まぁ、そこは未来から来たのだし、当然だろう。

 といっても、ほとんどがウントインゲさんからの受け売りなので、偉そうに言えたわけではないのだけど……。

 

 一週間は、あっという間に過ぎていった。

 美味しいご飯。不思議な生き物。緩やかな街の営み。

 

 何に急かされるわけでもない魔界での暮らしは、何故だか私に、ブラショブでの暮らしを思い出させてくれた。

 

 


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